2009/2/14
「隆一と有紀」 第3章
・・・・ 隆一「夜の宴会は、2階の宴会場『有馬』に午後6時半集合ということで、それまでは各自自由行動とする」
「オーケー」
「了解ー」
みんな身軽な服装に着替えて、カップルで出掛けるもの、カップルでもグループで出掛けるもの、それぞれだ。
隆一は、有紀と2人だけでホテルを出た。
残されたのは、アブさんこと杉山だけである。
(外に出てガールハントでもしようか。おっと待て待て、その前に女性10人の追加費用を、親父と交渉しなくちゃいけなかったんだ・・・)
杉山には、頭の痛い話だ。しかし、覚悟を決めて父親の会社に電話した。
杉山社長「予算の増額?そんなに人数が多いとは訊いてなかったぞ。ダメだダメだ」
杉山社長としては、はやく息子に自分の会社を継がせたい。
だが、風来坊の杉山は、まだまだ自由に生活を満喫したい。
恋もしたいし、父親が気に入ったら、その女性と結婚してから会社を継いでも遅くないと考えている。
父親はまだ元気でピンピンしているし、杉山も今のところ、ジャズ喫茶のマスターの生活が気に入っているのだった。
ピシャリと予算増額を跳ねつけられた杉山は、
「いいよ、もう頼まねぇーよ」ふくれっ面で、電話を切った。
(・・・だけど、今回の費用は全部オレが出すって言っちゃったしなぁ、今さら、みんなに半分出してくれなんて、言えないし困ったなぁ・・・え〜い、こうなったらどうにでもなれだ。宴会のとき幹事役の隆一君に相談してみよう。彼は人に頼まれると嫌と言えない性格だし、きっとなんとかしてくれるだろう)
杉山がこんなに楽観的なのにはわけがあった。隆一とは、同じ大学のOBと現役、部活も同じで、先輩・後輩以上の間柄なのである。
・・・・ 杉山は、そう考えると何事もなかったかのように、昼間から浴衣の上にカーデガンを羽織った格好でホテルを出ていこうとした。
そのとき、ホテルに入ってきた金髪の若い女性数人とその世話役とおもわれる男女数人らと、ちょうど鉢合わせになった。
金髪の若い女性たちは、こぼれるような笑顔で、ちょうどすれ違う杉山の浴衣姿がよほど珍しかったのか、ワッと驚き口々に何かしゃべりながら、ロビーのフロントのほうに向かった。
杉山は、明るい雰囲気を漂わせながらフロントに向かう1団を振り返って、
(ラッキー、彼女たちの中の誰かと知り合いになって、デート出来るかも知れない・・・)
と、またいつもの想像癖を膨らませながら、フロントの彼女たちの姿に見とれていた。
そこへ、さらに玄関から入ってきた日本人客とぶつかりそうになった。
杉山は、さきほどの想像も醒めやらぬまま、
「アイム・ソ〜リ〜」
と片言の英語で詫びながら、ホテルから出ていった。
・・・・ ホテルを出た杉山は、あてもなく歩いていた。そして、懐かしい道を見下ろせる場所に出た。
眼下には、箱根駅伝レースが行われるコースが見えた。
そして、杉山の頭の中に、大学当時の思い出がよみがえってきた。
杉山が関東大付属高校に入ったとき、かれの父親は、息子の非力な体力を鍛えるため”体育系”の部活に入ることを強く勧めた。そして杉山が選んだのは、”体育系”のなかでは比較的《シゴキ》が少ないといわれた「陸上部」だった。
体力に自信のない杉山は、短距離の瞬発力も、長距離を走るスタミナもなかったので、自分から中距離走を希望した。
コーチも、杉山の痩せた体を見て、まずは体型の改良から始める必要があるとみて了承した。
杉山は、関東大附属高校からエスカレーター式に関東大に入ったが、その時も、部活は陸上部を選んだ。
高校時代から陸上部に所属していたおかげで、杉山の体力は着実にあがっていった。ただし、やればやるほど、中距離レースに必要なペース配分やハイレベルな駆け引きが、自分には不向きだとも感じ始めていた。
そこで大学の陸上部では、いろいろな事を想像しながら走れそうな長距離走のほうが”想像癖のある”自分には向いているかもしれないと判断して、転向したのである。・・・・
長距離走に転向した杉山は、箱根駅伝レースには特別の思い入れがあった。
といっても、当時「箱根駅伝レース」に正選手として走った経験は、一度もない。
いつも、颯爽と走る仲間を応援する”補欠選手”の1人でしかなかった。だから一度は、正選手として走ってみたいと夢みて、あこがれていたコースだったのである。
・・・・ 勉強が苦手な杉山が、大学まで進めたのは、建設会社の社長である父親のおかげであった。成績が悪くて各学年で留年しながらも、ぎりぎりの8年でなんとか卒業することができた。
関東大を卒業後、父親の会社に就職もせず、数年ブラブラしたのち2年前にジャズ喫茶「アブサン」を、これも父親の資金で開店させたのだった。
隆一がジャズ喫茶「アブサン」の常連客になったのも、マスターの杉山が同じ大学の同じ部活の先輩だったからである。
杉山が、その林道をさらに行くと、下界の街を見下ろせる観光客のための小さな公園があり、ベンチがいくつかあった。若いカップルの姿が見える。
杉山は、葉が繁る高い樹木の並木道をゆっくりと進み、背後からその男女の声が聞こえる場所までやって来た。
ベンチに腰かけて話し合っているのは、隆一と有紀であった。

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