2016/7/3

心の友  

 私の趣味は…海外旅行と読書である。
旅行はお金が掛かるので、そう度々行くわけにはいかず…。過去の旅の思い出に浸ったり、この次に行きたい旅先の情報を入手しては、妄想旅行に浸っている。これも、なかなか楽しいものである。
 そして、もう一つの楽しみが…読書である。
これは、特に好きな本のジャンルは決まっていないが、旅行が好きなので、その方面の本を読むことが多い。殆どはインターネットで本を購入しているが、一度に30冊から40冊位を購入してしまう。勿論、中古本である。
 そんな中、最近読んだ本の中で、時に心に響いた本が『独酌余滴⇒多田富雄 著書』と『スピティの谷へ⇒謝孝浩 著書』である。
この2冊は、日頃、気付かないで当たり前に思っている事を、改めて自身の幸福感などを知らされる想いがした。そして、この2冊は大切な本として本棚へ入れた。
 旅もそうであるが…、本の中の世界は今まで知らない事を教えてくれるワクワク感があり、ちょっと日頃の生活感からの解放であり、明日への力となり、私の心の友である。
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2016/7/3

2粒  

 私は、常々、食した食べ物(果物や野菜)の種を土に埋める癖がある。
食べた物の種で、元々の姿が見られるものならば…とワクワク感がある。今までに様々な種を埋めて、見事に生育したものが、なんとも不思議にメロンである。
しかし、種を埋めた事をすっかり忘れて…何やらニョキニョキ芽が出てきた時には、『いったい こりゃ何だろう?』と無責任な私であるが、あれよあれよと成長してくると、本来の姿となったくる。今までに成長した種類は、柑橘類とスイカとメロン・柿である。
そうそう私が土に埋めているのは鉢植えで、元来のサイズには程遠い小さな成長であるが、メロンが実っていく過程は、小さな黄色い花が咲き、徐々にツルがが伸びていき、鉢からはみ出し、結局ベランダの柵に絡み、健気に頑張って遂には手のひらに乗る直径10cm程の可愛らしいメロンが完成?した。味も、しっかりとメロンであり、プチ農家的な感動を味わった。
 そして、今年、鑑賞植物化となっていた『柿の木』に小さな柿の実が2粒実っているのを発見した。嬉しかった〜!だって、桃栗三年柿八年って言うでしょ。ほんと、いつ植えたかも忘れていたくらいだ。多分、渋柿ではないよねぇ〜と思いながら、成長を楽しみにしていたが、悲しいかな日々の猛暑に水遣りが足りなかったようで、残念ながら枯れてしまった。せっかくの柿の実に申し訳ないと思った。ご主人様の気持ちに応えようと実ってくれた2粒。もしも来年も実ってくれたら、手厚く手厚く水を上げたいと思う。
 そうそう、木の実は何故か?最初は『2粒』が成るようである。近年、私が小さな小さなネットショップを運営しているが、そのネーミング『オリーブ2粒』は、我が家に植えたオリーブの木に初めて実ったのが2粒であった事からショップ名にした。小さいショップにも関わらず、多くの方々が来店して下さり、お顔を知らないお客様に感謝の気持ちでいっぱいである。その後、なかなか新たな実り(粒)を見せてくれないオリーブだが…、少しずつで良いから1粒2粒3粒と実ってくれる事を願っている。
 オリーブは平和の象徴でもあるものね!
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2016/5/23

野畑  

 私がパートで勤めている職場は、山間の中間地のあり周囲は様々な木々や植物に囲まれている。
3月は土筆が顔を出し、何十年ぶりに『土筆摘み』をして卵とじにして食べた。素朴な味で幼かった頃に母が作ってくれた味を思い出した。
 その後、竹林からニョキニョキと竹の子が顔を出し、家庭的な社長がスタッフの為に毎日毎日せっせと掘り起こし持ち帰らせて下さった。さすがに、この竹の子には和風・中華にと変化しおかずに困らない日々だった。
 その後もタラの芽や蕗・ミツ葉と切れ間なく自然の恵みに食卓が華やぎ、これ程までに天然の食材を戴いたことは無かったと思う。誰の手も借りずに勝手に?生えてきた無農薬である。
そして、先日の帰り道には野イチゴを見付けて夢中で摘み取り童心に返った。
 おまけに、野生の猿の親子が職場の庭に訪れたらしく、私のお休みの日で残念であったが、自然環境に恵まれた職場に仕事の疲れも癒されている。
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2016/4/6

少女  

 今年のお正月に、いつかは行きたいと思っていた『インド』へ行ってきた。
インドと言えば、お馴染みのタージマハルへ行き、かの有名なガンジーのお墓も訪れる事が出来た。しかし、私は特別な感動も沸いてくる事も無く『あ〜やっぱり観光地だよね。』と静かに思うだけだった。
 それが…予定の観光も終盤の頃に、ジャイプールの水上宮殿跡の湖の前を歩いている時、2人の幼い兄妹が同行の現地通訳の男性に何やらヒソヒソ話をして、いつまでも付きまとっている。後ろを歩いていた私には、やり取りされている内容は全く解らないものの、伝わってくる雰囲気が楽しそうである。
通訳氏に訳を聞くと、2人の兄妹は『大道芸人』で観光客相手にマジックをすると言うので、兄妹の1人のどちらかにマジック(商売)をさせて欲しいと交渉してたのである。結局、通訳氏のコイン裏表占いで妹の商売交渉が成立し、私達のバスに乗り込んで来た。
少女は、袋の中から幾つかの玉と棒を取り出し、手の平に隠したりするマジック?を見せてくれたが…どうにもこうにも吹出してしまいそうになる位の可愛らしいマジックであった。
あっと言う間に終わってしまったマジックであったが、少女の健気な姿にバスの中のツアー客全員の感動を呼んだのは間違いなかった。
通訳氏は、そっと少女に100ルピー札を支払っていたが、日本円に換算すると200円である。この金額が、少女にとって高いのか安いのかは不明であるが、きっと稼いだ100ルピーは家族の元へ持って帰るのだろう。
 鮮やかな民族衣装に身を包み、ナチュラルな笑顔で写真に応じてくれた少女は、幼いながらも堂々としていた姿が印象に残った。
 インドは物乞いが多い中、通訳氏が『幼くても、自分の力でお金を稼いでいるので、それだけでも偉いと思います。』と話され胸に響いた。
そして、私の子供や日本の子供たちの事を思うと…いったい本当の幸せは何なのだろうか?と考えてしまった。

 私のインドの旅は、少女との出会いが一番の思い出となった。

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2009/2/22

仏様  

  ついに、姑(義母)が天国へ旅立った。 実に、静かな最期だった。 病院へ見舞うと、姑は決まって「痛くも、痒くも、何とも無いのにねぇ〜。」と話し、辛そうな訴えや我が侭を一切言わず、帰りぎわには、必ず「ありがとう。」を欠かさず言ってくれた。 
 息を引き取る最期の最期は、身近な家族が来ていたにも関わらず、その瞬間は、何故だか?長男の嫁である私だけが看取った。
 ほんとうは、今まで一度も離れて暮らした事の無い、長男(主人)に最期を看取って欲しいと思ったし、姑もきっと望んでいたに違いない。
 しかし、静かな最期は私の見せた姑。 何かのメッセージなんだろううか?
 私は、俗に言う嫁姑の問題には煩わされることも無く、穏やかな嫁と姑の関係だった。 それは、誰が偉かったかは‥、姑の優しさしかありえない。 
 それを思うと、最期に瞬間を私に見せてくれたのは、私を嫁としてではなく、身近な家族として認めてくれたのではないかと勝手に思っている。
 今頃、天国の祖父ちゃんと楽しく話しでもしていると思う。
 心優しい姑は、仏様となって私たち家族を見守ってくれていると思う。
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