2017/4/24

将門くん4  平の将門

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続いて砦の近くにある井戸の跡です 井戸はないですね
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記念碑が建ってます 馬の練習で喉が渇いているときに翁が現れて水を出してくれたと伝説になってます
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遠景、田んぼの中にあります、なだらかな丘のヘリにあり、地下水が流れる水脈に当たる土地です
当時はここの水脈から溜池を作って各田んぼに水路を作っていたのでしょう、1.000年も経つと
もう跡形もなくなります
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その丘には翁を祀る神社があります


2017/4/18

将門くん4  平の将門

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延命寺 先の国王神社の別当の寺で将門とその娘を祀っています
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山門だけ火災から逃れて残っています 萱吹きの重厚な門、国王神社と同じつくりです
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地元では医療の神様、薬師様として霊験あらたかです
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山門をくぐると池の名残りがあります その昔は庭園があってにぎわっていたようです
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火災の後は再建されるも小規模になってしまいました
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境内や縄張りは広く、居城の前線、前哨としても役立つように配置、配備されているのが当時の将門軍の習慣です

2017/4/14

将門くん3  平の将門

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つづいて将門くんの居城、砦 の地、ここだけ島のように盛り上がっていて広い山 の「島広山」
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こんな感じの岩が記念碑的にありますが・・・
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確かに下から望むと約30mくらいの高低差がある微高地です、この平野の中では突先の砦としての適地です
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この辺が将門くんの家だったんだ・・・感慨深いなぁ・・・ここから東日本を、農民を、藤原の中央政治を打破しようと戦ったんだ・・・

2017/4/8

将門くん2  平の将門

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続いて国王神社へ 将門の三女が仏門に入り如蔵尼と名乗って33回忌に開きました
彼女の刻んだ坐像が御神体です
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総茅葺の立派な社殿です 普通は玉垣がないのですがここは一周作られています
いかに大切にされているか分かります
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将門くんのヒストリーが書かれている板碑です
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こちらは神社の縁起です
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雷に打たれても生きている御神木、生命力の強さは将門くんパワー?
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九曜紋と将門くんの奉納されたイラスト 九曜紋は将門くん家のマーク、家紋ですね
北斗七星の星と太陽と月の合体のマーク、9個の星(生命体)に守られている、と言う象徴ですね
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日本三大怨霊と言われてますが、実は藤原政治の圧政に反乱し市民(当事はほぼ農民)を開放した
英雄で、関東の(当事は福島県白河以北はアイヌ、蝦夷、えみし、の土地だったので実際は東日本と言うべきだが)盟主として新政権、新国家を樹立してようした、偉い人だったわけです
新天皇の意味で 新皇 と称して軍馬を調練して各地を蹴散らかしていた痛快な人だったわけです



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