2017/6/16

八幡太郎の痕跡 5  東京の景観

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前九年の戦いの奥州清原氏征伐のとき 父の頼義がここに陣を敷いた
もちろん息子の義家も一緒だった
この戦いで関東の坂東平氏、秩父平氏、相馬平氏ら一族は源氏の棟梁に従って冬の寒く厳しい戦いを生き抜き、朝廷からの恩賞や開墾した土地の所有権をもぎ取った
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東東京では珍しい時宗、一遍上人の像が建つ

2017/6/10

八幡太郎の痕跡 4  東京の景観

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一茶が呼んだ俳句や蛙に関した俳句が多く読まれているので記念に蛙がたくさん池にいます
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すぐとなりには義家が勧進した八幡社があります
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義家が源氏の白旗を架けた松、何代目かの松、今も元気です
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2017/5/30

八幡太郎の痕跡 3  東京の景観

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江戸中期建立の石の鳥居 享和時代なので8代将軍吉宗の孫の松平定信の寛政の改革の後、11代家斉の時代に作られた
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足立区の保存樹林にもなっている古木たち、平安後期の義家の本陣も見つめてきた木
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続いて炎天寺
阿倍氏の征伐へ行く途中このあたりで野武士に襲われ、義家は八幡様に祈祷、これを撃退した
奥州からの帰りの途中この地に寄って八幡神社を建てて、戦没者を弔った、8月(旧暦6月)で炎天下の中での事件のため炎天寺と称し、この地を六月(むつき)と呼ぶようになった
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2017/5/26

八幡太郎の痕跡 2  東京の景観

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周囲の堀(池)の真ん中には古墳があって(円墳) その中心に社がある
ここに源氏の白旗を立てたのでしょう
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記念として埴輪が多数設置されています
このほか3.4基の古墳がありましたが宅地整備されて今はここだけ、お墓だったので祟りを恐れて誰も近ずかなったのが幸いでした
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続いて足立の 島根村にある鷲・わし・神社(おおとり神社) 浅草裏竜泉にあるおおとり神社の本宮です
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縄文時代の海進によりこの周辺は海岸線で古代の神々が舟で着岸した伝説があります。
江戸時代には周囲の神社が合祀されて、ヤマチタケル、ホンダワケ、スサノオウ、アマテラス等が祭神
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前九年の役の奥州征伐の頼義、義家父子の本陣にもなりました



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