
*青年は、千夜の夢にこころ、添う。@『容疑者Xの献身』
一夜シリーズが、主に10代の頃に読み継いだ作品の、私なりの恣意的感慨を述べる場、だとするならば、千夜シリーズは言わば綾見由宇也版「現代文学いざない」主に新刊本、ここ2・3年作の書物を取り上げようかと想います。なにぶん、主観入り混じる、読みがたい文体で綴る(笑)、私なりの感情流布な文章ですので、ちょっとそれは違うんじゃねえのと想われる方もおられるとは想いますけれど・・・・。その節はどうぞ、ご容赦くださいませ。片意地、張らず、楽に参りましょう。その一回目は東野圭吾氏の『容疑者Xの献身』です。
帝都大学物理学科第13研究室主事、物理学者湯川学シリーズの最新作にして、最も新しい直木賞・第134回受賞作。単行本化の折り、当初、発表されていた『容疑者X』なるタイトルを『容疑者Xの献身』と改題、なされた。ゆえに主軸の、殺人事件の犯人役まで買って出る、容疑者のそれこそ大いなる献身ぶりに読み手がこころを砕こうとせねば、著者がきっとこの作品を通して訴えかけたかったであろう、観念は上手に紐解けないことでしょう、ね。アパートの隣人、そこに暮らす母娘、その母を愛した聡明な頭脳を擁する男の、けれど朴訥な性格に反するかのような盲目的な献身ぶりは、なにがしか現代社会の上滑りな、なあなあな、いまだけ付き合えばいいじゃないか、みたようなお気軽感を暗に揶揄しているかのようで、読んでいて透き通るかのような繊細さをその奥に感じる。
文章は至って、平易。読み易さは抜群でどなたでもすらすらと読め継げることでしょう。と、いうことはその物語の間口が広い、ということであり、翻って僕なんぞが書く、わざと「在る特定の階層」を遮断しているかのような文体(笑)、比喩の多投、同じ感覚を違う表現で列記する、みたような「遠まわしな表現」(笑)は、ほとんどない為、その物語世界にも入り込み易いという利点は、甚だしく感じる。ただ、物書きも様々、その文学に対する処し方も様々で、僕はそう、したい、そういう(ああいう)文章でなければ困る、みたいな拘りがあってそう(ああ)しているまでですので、だからといって氏の綴られる文章を、これらアプローチから非難、すべきだみたいな感覚は全くありません。読み易さ、という点では至極。あっという間に読み継げる作品、ではあろうかとは想います。
「石神の叫びは続いた。魂を吐き出しているように草薙には見えた。」主人公と呼んでも差し支えなかろうと想われる石神の、容疑者としての自白に至る経緯がやや唐突な感を受けなくもないのですけれど、この最後の一文に、この物語がただの読み物ではない拡がりを与えているような、気も致します。いまだ読まれておられない方も多数、いらっしゃるだろうから、その筋は省略致しますけれど、一度読み継いだあとにもう一度、間を置かずに読んでみたくなる、書。当代、人気作家の中では私の好きな世界観を提示なさるお方だと畏敬、致しております。
青年は、千夜の夢にこころ、添う。純愛、とはかくも何がしかの犠牲を払うものなのか。その真摯な心根に、私は惹かれます。