
*青年は、この書物と一夜を共にする。E『蜜柑』
「私はこの時始めて、云ひやうのない疲労と倦怠とを、さうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅に忘れる事が出来たのである。」
龍之介の『蜜柑』、この最後文、云ひやうのない疲労と倦怠とはいかなる境地なのか、不可解な、下等な、退屈な人生とはどういった心持ちなのだろう、10代の頃の私は、ひじょうに考えあぐねたものでした。
『蜜柑』は大正8年、発表当時、文壇で高評価された、龍之介の名文のひとつです。奉公に出ようかと、汽車に揺られる途上、踏み切りで見送りに来た弟達一群に懐の蜜柑を取り出し、窓越しにそれを投げる娘、これを受けて主人公であるらしき龍之介が、ひじょうな感銘を受け、「私はこの時始めて、云ひやうのない疲労と倦怠とを、さうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅に忘れる事が出来たのである。」と述べています。
この当時、すでに龍之介の心は病んでおり、死への只中をまっしぐらに突き進んでいたと想像にかたくはないけれど、人生を透徹に鑑みてみれば、否応無く、この人間というものは、性悪説よろしく、なんとかこうとか自身を取り繕いながら生きているわけで、自らの命を絶った龍之介は、これ以上の生への執着は、否、望まなかったわけです。
文筆家、様々居れど、芥川龍之介ほどの名品を編んだ、稀代の精神論者もそうそう、他にはいますまい。私は私の人生を考えるとき、何がしかの愁傷感が沸き立ってくるのを覚え、背筋が寒くなるような時があります。その時は迷わず芥川龍之介の作を読むのです。龍之介の背負った業を想えば、私なんぞのそれは、まだひよっこの部類なのでしょうから。
青年は、龍之介の書作を枕辺に一夜を共にするが、よろしいかと。龍之介は幼き頃から、現在においても私にとっては、大いなる文学界の先人、心の師ともいうべき存在、です。