
*青年は、この書物と一夜を共にする。F『友情』
南九州は日向、宮崎の地に、実篤が創始した「新しき村」がある。かつて以前、この地に訪れた際にふれた、実篤の作品群。分けても『友情』はあまりにも有名ですね。文学の初歩的手引きとして、この作品を推す識者も多いのですけれど、思想的に第一義に掲げられる識者がほとんど居ないのは、何故なのでしょう?
『友情』に実篤が紡ぎ込んだ観念は、どこか大人になるにつれ言わば青臭くなり、もっと人生には大切なことがあるのだよ、とでも言いたげな感覚を感じます。『友情』の中で演じられる恋愛観念は、あまりにも至高的純愛観念と言えなくもなく、よって様々な苦悩を抱えて生きていかねばならぬ青年期に達すると、かなたに追われる感情かもしれない。
今回、読み返してみて、私はそんな感慨を抱きました。読みやすさ、そして大の大人が真摯に恋情を語るには、もってこいの作品なのかな、とも。忘れかけている、何かを掘り起こしてくれる、作品だなと、私は素直に感じました。
青年は、この書物を枕辺において、一夜を眠るのが、よろしい、かと。汚れていく自身と、きちんと向き合うことができます、よ。