
*青年は、この書物と一夜を共にする。G『在りし日の歌』
私の中の偶像的詩人、それはまさしく中原中也、です。異国の詩人ではなく中也を掲げたいところに、私なりの日本文賛歌が、あるのだと想います。
おまえは何をしてきたのだと、吹きくる風が私に云う・・・私のハンドルネームは、ここから起こしました。ほらほら、これが私の骨だ、生きていた時のほんに汚らわしい・・・当時、自身を客観視して詩作に没頭する詩人は少なかった。
夭折の詩人は、己を客観視することで、自らの汚れていく精神をこれでもかこれでもかと攻撃し続け、ついには30前半で神に召された。自殺ではなく、病死したことに、神が綾織る、ひとの運命を感じる。汚れていく自身をもはや見たくは無いという観念と、それを承知した神の御選択。中也はいまだに私に語りかける。嗚呼、汚れちまつた悲しみは・・・と。
青年は、中也の詩本を胸に一夜を眠るがよろしい、のかと。苦悩の只中にあるひとの、求める言葉が、その詩文の中にはきっとあります、よ。