たとえばこんなお薬の話し。ハルシオン・・・ものを書く人間、といっても一般にも広く知られた、ベンゾジアゼピン系睡眠導入剤。かの太宰は、この睡眠剤の大量搾取で、比較的副作用の低いとされていた同剤において、意識混濁、妄想のたぐいが頻発し、極度の精神錯乱を起こし、一時、廃人まがいの生活を余儀なくされた、という。
眠れない夜は、誰しもに付きまとう。私も10代のある時期、この薬の世話になり、常用をついには避けられるようになったから良いようなものの、やはり薬なるものはたとえどのような効能のものでさえ、服用しないで済むならば、そうであってほしいものだ。

だが、幾分、そうして多分に他者よりも平坦に生きてこれなかったであろうと振り返らざるを得ない私の半生において、やはり精神に関る錠剤、眠剤、安定剤のたぐいは悲しいかな、いまだに私の、すぐ懐手にある。残念ながら、不定期的にこの手の薬を服用せざるを得なくて、やはり本当の私は心、弱いのだなとちょっと虚しいような気分に、陥ることがある。一般でも常用なさる方もおられるだろうけれど、恐ろしきは自身を自身で把握できなくなる事態にもしや陥った時。物書きの精神を説くにおいて、いくつかのキーワードなるものが浮かび上がる時、実は密接に関係しているであろう、精神安定に通じるさまざまな薬の併用。
ひとはそれでも書く、のだ。眠れぬ夜を、一個の薬を用いずとも、書くという行為によって、眠らぬ夜と成す、為に。