
*青年は、この書物と一夜を共にする。H『桜の森の満開の下』
***代沢の桜の木の下で、ひとり***
代沢の桜木の下でひとり、腕組みして見つめていたら、はらりと散って花弁が僕に添うてきた。かなたを想い、かのひともここでこの桜を見たろうか、とふと、そう想った僕に「おう、そうとも、ここでおまえと同じように見上げたものさ」と、どこからか声が聞こえてきた。はっとした僕はけれど現実の往来のひとの賑わいに押されて、そんなことなどあるわけないさと、ひとりごちした。
東京は、代沢。最寄り駅は、あの下北沢。10代の若者達が集う街が、原宿・渋谷だと仮定するならば、演劇の街としても知られた下北沢は、20代、それも夢多きひとびとが三々五々、集った街と言えなくも無い。とにかく恒に活気に溢れ、なのに古着屋なんぞが点在し、アンティークなカフェがあり、おいしい酒をのませてくれる街でもありました。
僕は、在京時代、20代中ごろから30代前半まで、この下北沢の駅から程近い代沢5丁目というところに棲んでいました。仮の棲家とは名ばかりの木造建築の古びたアパートでしたが、駅から5分とかからぬ点、そして渋谷・新宿・吉祥寺と行き来に至便な点、そして何より演劇仲間を数多く有していたので、この地に棲みつくようになったのです。
安吾が、この地にかつて棲んでいたことは、当時知ってはいましたけれど、引っ越してきたばかりの僕は、やはりとても賑やかなそうして憧れていたこの地に棲めたことの方が満足に感じられて、文学探訪の気運など、なんのその(笑)、自身の将来に対する期待感で胸いっぱいといったところでした。
そんな僕が安吾を想うようになったのは、やはり想うように生きられない、そんな焦躁感から、募ったものだったのでしょうかね?、苦しいというよりも想うように生きられない、自身への哀れみ、寂しさ・・・、様々な友を得て、そうして無くした場所でもありましたね。
そんな僕にとって忘れようにも忘れられない懐かしい場所、を紹介なさる、レィルセブンさんと名乗られる方から、再び安吾に関する過去投稿記事へのコメントを頂きました。この方のサイトに赴かせていただくと、ほんとなんと懐かしい場所場所場所、想いはつと20代に立ち返るのでした。
安吾・過去投稿記事より。
坂口安吾は、本来、女性が持っている可憐さ、清純さ、そのような清楚な美しさを残虐性という名の狂気にくるんで、小説化した。「桜の森の満開の下」有名な作品です。「堕落論」では戦争に負けたのだから、日本人は堕ちよ、と言い、当時、不文律とされた、天皇制をも切り込んで、復興ままならぬ、戦後間もない若者達に自身の観念を訴えかけました。
私は、ある時期を境に、思想的には彼の観念から離れていったくちなのですが、やはり戦中、戦後の作家、その代表されるひとりとして、忸怩たる想いは、いまでも持ち合わせています。
彼は新潟の出で、同時代に活躍した太宰治などと同じ括られ方を、文壇的にはされているようですが、太宰の書いたものに比べると、かなり思想的に気高い、エネルギッシュに人を描いたような気がします。そんな彼を思想的に、そして上梓するものに対し、最も激賞したのはかの壇一雄です。「火宅の人」で著名な、この作家がある雑誌に、安吾を批評した記事を載せているのを、いつだったか見たことがある。普段から親交のあった二人とはいえ、これほど一人の作家を激賞した批評を、私はあとにもさきにも見たことがない。今、ここでその激文を公に出来ない無礼を、ご容赦願いたいのですが、それほどまでに激評される作家とは、一体何者なのか?、激評する方もする方だけれど、される方も、更に鮮烈。私の記憶に深く留まったのでした。
時代は変わり、平成の世になって、安吾の熱烈な思想論も、遠く闇に葬られようとしています。「白痴」で見せた人間のおかしみ、むなしさ、そして無頼と評された価値観も、今の時代の若者達には、馬の耳に念仏かな?、ひとつだけ、面白い逸話を。太宰、壇、坂口、三者が連れ立って、かの詩人、中原中也の宿を訪れた際、例のごとく、中原が、酒に酔って毒づき始めた。絡みの対象は太宰で、「いつもいつも女々しい、女のけつを追いかけてるような小説ばかり書きやがって!!何が流行作家だ!!」。太宰は、もうおろおろするばかり。反論どころか怖気づいている。そんな太宰を小突いた中原に、止めに入ったのが壇、「女々しい小説を書いて何が悪い!!、あれもりっぱな文学だ」と、そこでそれまで、一人黙々と酒を飲んでいた坂口が、一言、中原に詰め寄った。「およしなさい。君の書く詩も、太宰の書く小説も、僕の書く論文だって、きっとあれは、みんな同じようなものさ」。アンチ安吾派に、窮屈で、反体制的な思想だと批判された安吾の、以外に懐の深さを感じさせる逸話だと、私は想います。
代沢は、安吾を語るには、また格別の地だったのかもしれません。演劇仲間に、文芸の友たちに、そうして僕が当時、好きだった女の子に、安吾のことを語った記憶があります。レィルセブンさん、僕の青春のかの地、代沢のお話し、今後も楽しみにしております。そうして僕は、今、本当の古里、九州は霧島で、安吾のことを旧友に語ったりもしているのです、よ。