
あるひとと青島に行った。祭日、黄金週間、中日、子供の日、ゆえか高速の道路は想いのほか空いていたというのに、子供の国の駐車場、その入り口への道路はかなりの渋滞を生んでいた。当たり前と言えばそれまで、でしょうけれど、僕は易々とその混雑をやり過ごせた。あるひとが僕の気安いひとだから。ふたり、連れ立って出歩くのも久し振りなものだから、僕は安穏と構えていた、までです。青島はこちら、という案内板から一時間後、僕らは青島へと連れ立って歩んでいった。橋を渡る。曇りがちだった空はいつのまにか晴れ渡っており、南国特有の蘇鉄の下、僕達はふたり、遅い昼ごはんをほおばった。風が心地良い。暑くも無い。まして寒くも無い。思い思いのカップルが僕らの傍らを通り過ぎていく。高波が、突出した洗濯岩に飛沫をあげて打ち寄せている。遠くの方では夏が待ちきれないとばかりに、若い男女の一組、二組が裾をあげ、そんな波間とじゃれている。近くの岩場では潮干狩りの年配のおふたり。寝転んだ。いいもの、です。潮の香りが涼しげな早夏の装いを連れてくる。おや、ここにも、と取り上げたのはちいさなちいさな貝殻。
・・・僕は想ったものです。まったく素直に、塩らしく。「この憂いのままでずっと過せるものならば・・・」と。
青島の僕らが腰を下ろしていた植物の中からは藪うぐいすの鳴き音が聞こえておりました。こんな日も僕には必要、です。
一体、何故にひとはあんな澄み渡るかのような風景に出逢うと、その心地、癒されるかのような気分に陥ってしまうのか?、いやもうもう、そんなことを考えることさえも厭になる、麗らかな厳かなぼんやりと過した、きょうこの一日、なのでした。