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    <title>綾見由宇也＊こころ、添う。</title>
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    <description>深遠なる文学の聖地へ。綾見由宇也、そこに添う。</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
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    <title>断罪する、文士。</title>
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    <description>　[画像] 　『なんでもないさ。
俺を一番苦しめるのは、あの一般的な考えというやつだ。』…アルベール・カミュ 
　カミュは、そう断罪している。断罪？そう、己を、である。この場合の一般的、とは素直に常識、と考えて良い、らしいのだけれど、そのカミュ自身がまた書いた、「作家として最も学ばねばならない事柄とは、つまり、自分が想うことを、伝えたい場で想っている通りに、表現出来うる技量である」という精神に通じていようとも、想える。
　常識は、作家を殺す・・・。だが、その常識なるものの支配下で普段、蠢いている私た...</description>
    <dc:date>2007-05-27T11:05:34+09:00</dc:date>
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    <title>哀しみばかりを語るんじゃないよ。</title>
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    <description>　＊「彼が懐かしき出来事を、語ってくれたよ。」
　　美城丈二・コラムサイト拠り。
　　＊『綾』サイトへ転載。　

　「哀しみばかりを語るんじゃないよ。苦しみばかりを語るんじゃないよ。愉しみばかりを書いたって誰も振り向きはしないものだよ。いいかい！？心で語りなさい。喜怒哀楽、ひとの心には誰しもに、その心なるものが根ざしている。あなたには、その心を見通せる技量が既に備わっておりますよ。ゆっくり、自身を見つめることです。それが、あなたの明日を創るのですよ。」それが、僕が２０代前半の頃に、さる、師から賜...</description>
    <dc:date>2006-10-04T19:48:44+09:00</dc:date>
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    <title>狂おしいほどに。</title>
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    <description>　狂おしいほどに観念的な小説をものしたい、と想ったのは２０代以前。次第に剣呑な日々を経ているうちに、僕はやがてこれでもかこれでもかと言わんばかりの狂おしいほどに甘い恋愛小説なるものをものするようになった。流転し、ああでもないこうでもないとのた打ち回る最中、僕は僕自身の２０代以前の理屈を捨て、いまや、またしても狂おしいほどに軟い恋愛小説をものしている？・・・判り易いと読み易いはけっして同義語ではない、と悟っていてもやはりどこか僕の中で鼻につきますね、いややはり言葉なるものには意味があり、読みが...</description>
    <dc:date>2006-09-25T21:47:53+09:00</dc:date>
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    <title>その節は誠に有り難く。</title>
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    <description>　我が、実父の逝去から早、まもなく一年、その節は誠に多くの方々から数々の弔問、並びにご香典を賜り、また暖かいご声援を頂き、当ＨＰ上ではございますが、御礼の想い、ここに述べさせていただこうかと想います。本当に心より有難うございました。ＨＰ上での繋がりとは申せ、ご声援のお心づくしは感に堪えぬほど嬉しきもので、その後の私の生き様に投影されるが如し、大変、ちから強きものでございました。実父の影を追えど、いまその影は無く・・・、されど今後も自分らしく、初志邁進致したき所存でございますので今後共、どうぞ...</description>
    <dc:date>2006-06-05T11:15:54+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blue.ap.teacup.com/ayamiyuuya/51.html">
    <title>詩の世界にのめりこむ。</title>
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    <description>[画像]
　少女は物心をついた頃から、詩情の世界に溶け込むことが好き、だった。あからさまに口について吐けない感情も、詩に重ねれば物憂さに付託して一時（いっとき）は消える。自身でも詩を編んだ。ゲーテには薔薇（ばら）の花弁を委ねられる想いがした。アポリネールには自然の風雅な森林を訪ねるかのような、安息観を。プーシキンには慈しみをヴェルレーヌには失望をマラルメには知を、そうしてランボーには砂塵の荒野をさ迷い歩く孤独な詩情の綾を教わった。石川啄木も宮沢賢治も室生犀星も萩原朔太郎も、きっときっと悲嘆の境地...</description>
    <dc:date>2006-06-04T09:13:22+09:00</dc:date>
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    <title>この書に還る-『神曲』</title>
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    <description>[画像]

　　我が門を過ぎるもの
　　一切の希望を捨てよ　　
　　　　『神曲』拠り。
　
　ひとは恒に何かを慾し、何かに縋り、生きている。僕も生来、そういう人間でちっとも他人と変わりはしない。ただ、易々とこの生を謳歌できぬ性格を有しているということ、だけです。一切の希望を捨て去ることが出来うるものならば、ひとはなんと安楽で愉しき生き物であろう、とは想います。

　</description>
    <dc:date>2006-05-19T21:36:05+09:00</dc:date>
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    <title>中也は、この時、誰を想い、そう、憂えたのだろうか？</title>
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    <description>[画像]
　　
　　　湖　上

　　ポッカリ月が出ましたら、
　　舟を浮べて出掛けませう。
　　波はヒタヒタ打つでせう、
　　風も少しはあるでせう。

　　沖に出たらば暗いでせう、
　　櫂から滴垂る水の音は
　　昵懇しいものに聞こえませう、
　　――あなたの言葉の杜切れ間を。

　　月は聴き耳立てるでせう、
　　すこしは降りても来るでせう、
　　われら接唇する時に
　　月は頭上にあるでせう。

　　あなたはなほも、語るでせう、
　　よしないことや拗言や、
　　洩らさず私は聴くでせう、
　　――けれど漕ぐ手はやめない...</description>
    <dc:date>2006-05-17T22:04:45+09:00</dc:date>
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    <title>有り得ない、物語。</title>
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    <description>[画像]
　現実の生活と物語の世界は、通常、関連性を帯びない。物語のように人は生きれない、生きていないということです。だからこそ、作家としての腕の見せ所、なのでしょうけれど、だが、往々にして価値概念までは現実の生活からは逃れられないので、ここに作家としての苦悩は生まれる。有り得ないことを、さも有り得たこととして書く、ことこそが作家としての領分だとしたら、やはり物を書くという行為は、なんと創意に満ちた世界だろうかとは想う。だが、言うは易し。僕も、日々、有り得ないことをさも有り得たこととして、空想し...</description>
    <dc:date>2006-05-14T06:58:10+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blue.ap.teacup.com/ayamiyuuya/8.html">
    <title>時代の寄る辺</title>
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    <description>[画像]
　  聞くともなしに或る編集者に聞いた話しに拠れば、いまだに定期的に版を重ねている昭和初期の文学者は、かの太宰治ばかりらしいのです。つまり、太宰の作はその文章に普遍性が伴っていたということになり、それは太宰愛好家諸氏にとっては、胸のすく事実、かもしれません。あの三島が、太宰本人を前にして、「あなたの書く文章は文学では無い。」と言い放った出来事はいまやあまりにも有名な日本文壇史の一事柄、なのでしょうけれど、それにしても太宰は読まれております。その何が、ああも時代を超え、人々を魅了して止まぬ...</description>
    <dc:date>2006-05-12T09:14:24+09:00</dc:date>
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    <title>早夏、青島。</title>
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    <description>[画像]
　  あるひとと青島に行った。祭日、黄金週間、中日、子供の日、ゆえか高速の道路は想いのほか空いていたというのに、子供の国の駐車場、その入り口への道路はかなりの渋滞を生んでいた。当たり前と言えばそれまで、でしょうけれど、僕は易々とその混雑をやり過ごせた。あるひとが僕の気安いひとだから。ふたり、連れ立って出歩くのも久し振りなものだから、僕は安穏と構えていた、までです。青島はこちら、という案内板から一時間後、僕らは青島へと連れ立って歩んでいった。橋を渡る。曇りがちだった空はいつのまにか晴れ渡っ...</description>
    <dc:date>2006-05-05T20:05:26+09:00</dc:date>
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