2009/11/23
ジャイアンツ優勝パレード! スポーツ
昨日11月22日は、読売ジャイアンツの優勝パレードに参加した。朝から小雨が降る中やや戦意喪失しそうになったのだが、何とパレードが始まる朝10時15分前には雨もあがり、準備は万全となった。
パレードは、大手町の読売新聞本社から銀座の博品館までの3キロ程度。中央通りを時速6キロでジャイアンツの選手を乗せた3台のバスがゆっくりと進む。このバスは2階建てバスで、2階部分も幌の屋根がオープンになる仕掛け。選手は2階から沿道のファンに手を振るのだ。

家の近くに住む、同じくジャイアンツファンの友人家族と共に車で大手町に向ったが、10時15分スタートの少し前である9時40分くらいにスタート地点の大手町に到着。フジサンケイビルの地下駐車場にすんなりと車を止めて地上に上がると、既に沿道には読売新聞社の旗を持った多くのファンで埋め尽くされていたが、恐らく日本橋や銀座前に比べればかなり空いている。また、道幅もやや狭いので、バスの選手も近くに見える。
時間通り、10時15分にパレードは歓喜の中スタート。まず先頭の1号車には最前列に原監督の姿が。ちょうどこちら側を向いており、間近で原監督を見ることが出来たのは感動的であった。

反対側には坂本選手や篠塚バッティングコーチ、阿部選手がいたらしいが残念ながら見ることは出来なかったが、他にこちら側を向いていた選手には、松本選手、小笠原選手、谷選手などは見ることが出来た。



意外とあっけなくパレードは終わったが、それでも初めての優勝パレードの参加、しかも当然日本一にならないと行われないので、パレードへの参加は貴重で良い思い出になった。どうやら沿道には34万人のファンがパレードに集まったらしい。
優勝パレードの模様は、テレビ放映もされていたが、こちらも一応録画しておいた。帰宅してから見てみたが、何とパレードを見に行った我々家族がちらっとながらもテレビに映っており、これにも思わず興奮してしまった。ちょうどジャイアンツカラーのオレンジ色のiPhoneカバーケースを着けて写真を撮っていたので、テレビでも目印になってわかりやすかったのだ。
パレード終了後も、読売新聞社前では多くのファンが集まって写真などを撮っていたが、優勝記念グッズなども販売しており、興奮は続いていた。また来年もジャイアンツのリーグ優勝、そして日本一に期待したい。そしてまたパレードに参加したいものである。

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パレードは、大手町の読売新聞本社から銀座の博品館までの3キロ程度。中央通りを時速6キロでジャイアンツの選手を乗せた3台のバスがゆっくりと進む。このバスは2階建てバスで、2階部分も幌の屋根がオープンになる仕掛け。選手は2階から沿道のファンに手を振るのだ。

家の近くに住む、同じくジャイアンツファンの友人家族と共に車で大手町に向ったが、10時15分スタートの少し前である9時40分くらいにスタート地点の大手町に到着。フジサンケイビルの地下駐車場にすんなりと車を止めて地上に上がると、既に沿道には読売新聞社の旗を持った多くのファンで埋め尽くされていたが、恐らく日本橋や銀座前に比べればかなり空いている。また、道幅もやや狭いので、バスの選手も近くに見える。
時間通り、10時15分にパレードは歓喜の中スタート。まず先頭の1号車には最前列に原監督の姿が。ちょうどこちら側を向いており、間近で原監督を見ることが出来たのは感動的であった。

反対側には坂本選手や篠塚バッティングコーチ、阿部選手がいたらしいが残念ながら見ることは出来なかったが、他にこちら側を向いていた選手には、松本選手、小笠原選手、谷選手などは見ることが出来た。



意外とあっけなくパレードは終わったが、それでも初めての優勝パレードの参加、しかも当然日本一にならないと行われないので、パレードへの参加は貴重で良い思い出になった。どうやら沿道には34万人のファンがパレードに集まったらしい。
優勝パレードの模様は、テレビ放映もされていたが、こちらも一応録画しておいた。帰宅してから見てみたが、何とパレードを見に行った我々家族がちらっとながらもテレビに映っており、これにも思わず興奮してしまった。ちょうどジャイアンツカラーのオレンジ色のiPhoneカバーケースを着けて写真を撮っていたので、テレビでも目印になってわかりやすかったのだ。
パレード終了後も、読売新聞社前では多くのファンが集まって写真などを撮っていたが、優勝記念グッズなども販売しており、興奮は続いていた。また来年もジャイアンツのリーグ優勝、そして日本一に期待したい。そしてまたパレードに参加したいものである。

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2009/11/22
久々のテキサス州オースティン トラベル
今回の出張で、テキサス州の州都でもあるオースティンを訪れた。オースティンは本当に久しぶりで、恐らく9年くらいは訪問していなかった町だ。昔は半導体の大手Texas Instruments社をパソコン関連のビジネスを行っていた際にオースティンは頻繁に訪れていたが、2000年頃にオープンした新空港になってからは訪問していない。
テキサスと言えばすぐにカウボーイやだだっ広く埃っぽい大地、気温も暑いというような印象だが、そんなテキサスの中にあってオースティンは比較的緑も多く、起伏のある土地で、テキサス州の中では最も人気の高い町である。テキサス大学(UT)があることでも有名だが、何と言ってもオースティンと言えばロックやジャズのライブミュージックのメッカであるということ。オースティンの中心に近いダウンタウンの6th Streetには、ライブハウス、ショップ、レストランなどが軒を連ね、魅力的な町になっている。オースティン空港のバゲージクレームには大きなギターのオブジェが幾つも展示されているのが如何にもオースティンらしくて面白い。

今回、オースティンの中心街は訪れず、郊外にある客先を訪問したのみの短い滞在だったが、チェーン系ホテルであるDoubletree Hotelに宿泊。さすが郊外型のチェーンホテル、ゆったりしている作りで、内装もスペイン/メキシコ系リゾート風でいかにもテキサス。

郊外型のせいか宿泊費は100ドル程度と異常に安い。中庭にはプールもあって、長期滞在も楽しそうなホテルであった。

チェックインした際に、フロントで暖かいチョコレートチップクッキーをくれるのはちょっと気の利いたサービスである。このクッキーが結構美味しい。

テキサスと言えばやはり”ステーキ”ということで、夕飯は近くにあったテキサスステーキのお店、Texas Land & Cattleでとることにした。

ここで注文した人気メニューの8オンスのステーキは比較的小さめで日本人にも良心的なサイズなのが嬉しい。黒胡椒だけで味付けされたミディアムレアのステーキはとても美味しかった。また、付け合せがオプションの中から2点選べるが、僕はゆでたブロッコリーとメキシカン風ライスを注文。これがステーキとも良くマッチして実に美味しかった。

今後オースティンとの客先と仕事が出来る可能性もあるので、またオースティンを訪れる可能性も高い。次回はぜひダウンタウンの6th Streetなども訪れて更にオースティンの町を楽しんでみたいと思う。
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テキサスと言えばすぐにカウボーイやだだっ広く埃っぽい大地、気温も暑いというような印象だが、そんなテキサスの中にあってオースティンは比較的緑も多く、起伏のある土地で、テキサス州の中では最も人気の高い町である。テキサス大学(UT)があることでも有名だが、何と言ってもオースティンと言えばロックやジャズのライブミュージックのメッカであるということ。オースティンの中心に近いダウンタウンの6th Streetには、ライブハウス、ショップ、レストランなどが軒を連ね、魅力的な町になっている。オースティン空港のバゲージクレームには大きなギターのオブジェが幾つも展示されているのが如何にもオースティンらしくて面白い。

今回、オースティンの中心街は訪れず、郊外にある客先を訪問したのみの短い滞在だったが、チェーン系ホテルであるDoubletree Hotelに宿泊。さすが郊外型のチェーンホテル、ゆったりしている作りで、内装もスペイン/メキシコ系リゾート風でいかにもテキサス。

郊外型のせいか宿泊費は100ドル程度と異常に安い。中庭にはプールもあって、長期滞在も楽しそうなホテルであった。

チェックインした際に、フロントで暖かいチョコレートチップクッキーをくれるのはちょっと気の利いたサービスである。このクッキーが結構美味しい。

テキサスと言えばやはり”ステーキ”ということで、夕飯は近くにあったテキサスステーキのお店、Texas Land & Cattleでとることにした。

ここで注文した人気メニューの8オンスのステーキは比較的小さめで日本人にも良心的なサイズなのが嬉しい。黒胡椒だけで味付けされたミディアムレアのステーキはとても美味しかった。また、付け合せがオプションの中から2点選べるが、僕はゆでたブロッコリーとメキシカン風ライスを注文。これがステーキとも良くマッチして実に美味しかった。

今後オースティンとの客先と仕事が出来る可能性もあるので、またオースティンを訪れる可能性も高い。次回はぜひダウンタウンの6th Streetなども訪れて更にオースティンの町を楽しんでみたいと思う。
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2009/11/21
アメリカの定番朝食、Eggs Benedictを求めて マイグルメ
僕は昔からEggs Benedictが大好きだ。日本ではあまり馴染みの無いメニューだが、アメリカでは朝食の定番で、僕はホテルなどに宿泊した時は、朝食で必ず各地のEggs Benedictを注文するのだ。アメリカ料理と言えば、ステーキとかハンバーガーとかしかあまり頭に浮かばないものだが、僕にとっては、このEggs Benedictとシーザーサラダがアメリカ料理の定番だ。
Eggs Benedictとは、半分に割ったイングリッシュマフィンの上に、カナディアンベーコン又はスモークハム、更にその上にポーチドエッグを乗せ、仕上げにHollandaiseソースという魔法のソースをかける。トマトなどを乗せることもある。このHollandaiseソースがEggs Benedictには欠かせないが、この作り方や中にどのような調味料を混ぜるかでEggs Benedictの味が大きく変わってくる。以前LAのHyatt Rgencyに入っているホテルで食べたEggs Benedictは、Hollandaiseソースに唐辛子が少し混ぜて有り、これはこれでピリ辛な感じがとても美味しかったのを良く覚えている。Hollandaiseソースは、マヨネーズのような感じでもあるが、本来は卵の黄身をバターと混ぜて、レモンと塩を加えて作る。
Eggs Benedictの作り方:
http://cookpad.com/recipe/302645
Eggs Benedictの名前の由来についてはいろいろな説があるようだが、どうやら独立戦争(1775-1783)の時にイギリスに寝返ったアメリカの将軍で、アメリカ最大の裏切り者言われているArnold Benedict (1741-1801)にちなんだ名前だという説が有力。つまり、イギリスのイングリッシュマフィンなどを用いて作った邪道なアメリカ料理という皮肉を込めたもののようだが、由来は別としてEggs Benedictは文句無しにうまい。
今回NY、Austin (テキサス)、LAに出張で訪れたが、AustinとLAでEggs Benedictを食べた。やはりレストランによって同じEggs Benedictと言っても見た目や味がかなり違う。
AustinのDoubletreeホテルで食べたEggs Benedictは見た目には結構華やかであったが、正直味は今ひとつ。恐らくHollandaiseソースがちょっとチープな味がしたからだろう。しかし、付け合せのポテトはかなり好きなパターンである (苺やフルーツが付け合せとなることも多い)。

一方、LAのAvalon Hotelのプールサイドで食べたEggs Benedictは見た目にシンプルながらかなり美味しかった。Hollandaiseソースも、あまりソースっぽくなく、黄身がそのままかかっているようなソースでこの黄身の味付けが絶妙であった。

この前の米国出張でサンノゼのValencia Hotelで食べたEggs Benedictもかなり美味しかった。

旅先で色々なEggs Benedictを食べ比べるのが出張の楽しみの一つになっているが、これからも究極のEggs Benedictを求めて食べ続けたいと思う(今度自分で作ってみることにもチャレンジしようかと)。
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Eggs Benedictとは、半分に割ったイングリッシュマフィンの上に、カナディアンベーコン又はスモークハム、更にその上にポーチドエッグを乗せ、仕上げにHollandaiseソースという魔法のソースをかける。トマトなどを乗せることもある。このHollandaiseソースがEggs Benedictには欠かせないが、この作り方や中にどのような調味料を混ぜるかでEggs Benedictの味が大きく変わってくる。以前LAのHyatt Rgencyに入っているホテルで食べたEggs Benedictは、Hollandaiseソースに唐辛子が少し混ぜて有り、これはこれでピリ辛な感じがとても美味しかったのを良く覚えている。Hollandaiseソースは、マヨネーズのような感じでもあるが、本来は卵の黄身をバターと混ぜて、レモンと塩を加えて作る。
Eggs Benedictの作り方:
http://cookpad.com/recipe/302645
Eggs Benedictの名前の由来についてはいろいろな説があるようだが、どうやら独立戦争(1775-1783)の時にイギリスに寝返ったアメリカの将軍で、アメリカ最大の裏切り者言われているArnold Benedict (1741-1801)にちなんだ名前だという説が有力。つまり、イギリスのイングリッシュマフィンなどを用いて作った邪道なアメリカ料理という皮肉を込めたもののようだが、由来は別としてEggs Benedictは文句無しにうまい。
今回NY、Austin (テキサス)、LAに出張で訪れたが、AustinとLAでEggs Benedictを食べた。やはりレストランによって同じEggs Benedictと言っても見た目や味がかなり違う。
AustinのDoubletreeホテルで食べたEggs Benedictは見た目には結構華やかであったが、正直味は今ひとつ。恐らくHollandaiseソースがちょっとチープな味がしたからだろう。しかし、付け合せのポテトはかなり好きなパターンである (苺やフルーツが付け合せとなることも多い)。

一方、LAのAvalon Hotelのプールサイドで食べたEggs Benedictは見た目にシンプルながらかなり美味しかった。Hollandaiseソースも、あまりソースっぽくなく、黄身がそのままかかっているようなソースでこの黄身の味付けが絶妙であった。

この前の米国出張でサンノゼのValencia Hotelで食べたEggs Benedictもかなり美味しかった。

旅先で色々なEggs Benedictを食べ比べるのが出張の楽しみの一つになっているが、これからも究極のEggs Benedictを求めて食べ続けたいと思う(今度自分で作ってみることにもチャレンジしようかと)。
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2009/11/15
安土城築城の熱血映画、「火天の城」 日本の城
今週は9月以来の米国出張に出掛けている。そして今回のNY行きのJAL機内で映画「火天の城」を見た。これは9月12日から劇場公開されている映画で、あの織田信長の幻の名城「安土城」を築城した天才名工、岡部又右衛門の物語。戦国時代や織田信長をテーマにした歴史物語はかなり多いが、戦のシーンが全く出てこない物語は極めて珍しいのでは無いかと思うが、その意味で着眼点が新鮮な映画である。

僕は特にお城が大好きなので、そもそもお城をテーマにしたこの映画は前から興味があったが、神秘的で謎の多い「安土城」を取り上げているのも面白い。安土城は織田信長が権力の象徴として1576年に琵琶湖の畔に築城した城だが、当時としては六角の天守や豪華絢爛で斬新な装飾/デザイン、そしてこれまた当時では前例の無い、5層7階建てという巨大な天守閣を持つ城ということで、安土城は天下人織田信長にふさわしいスケール感のある城であった。しかし、織田信長が本能寺の変で暗殺され、安土城も築城から3年後に落雷を受けて消失してしまった為、多くが謎となっている幻の名城なのだ。この安土城を題材にしたこの映画には自然と大きな興味が沸いた。

この映画に込められたそのメッセージはかなり熱い。織田信長の強烈な個性に正面から命懸けでぶつかり、自分の信念を貫いて安土城を3年で作り上げた名工/棟梁、岡部又右衛門とその仲間たちの、城に賭ける熱い物語となっている。奈良の東大寺を建設した建築家や、その他日本を代表する建築家での安土城指図(設計図)アイディアによるコンペで織田信長が岡部又右衛門の設計に決める過程は現代のゼネコン/設計士のコンペを見ているようで実に面白いし、他のコンペに打ち勝つ岡部の姿が実に感動的で、思わず胸が熱くなった。また、安土城を支える為に必要な樹齢2000年以上の巨大な檜を求めて、織田信長の敵であった武田信玄領地である木曾まで探しに出る物語も感動的であった。

この映画は、豪華な俳優陣も魅力だ。岡部又右衛門役には西田敏行、岡部の妻には大竹しのぶ。2人のベテランを中心に迎えて骨太な物語が展開。娘役には若手女優の福田沙紀を起用。全身全霊で城作りに取り組む夫を常に笑顔で支え続ける献身的な妻との夫婦愛、そしてそんな父の姿を見つめる娘との親子愛などが丁寧に描かれている。

織田信長には椎名桔平、この他夏八木勲、山本太郎、渡辺いっけい、西岡徳馬、緒方直人、寺島進、水野美紀、熊谷真実など多くの実力派俳優陣が固め、物語を引き締める。


城を設計段階から建設過程が見れるドラマという観点でも面白い映画だが、全体的には熱い感動的なシーンも多く、エンターテインメント性の高い映画として素晴らしい出来栄えと言えるが、あえて言うなら、巨大な岩をみんなで城のある本丸まで引き上げようとするスペクタクルシーンで織田信長の暗殺を企てるグループのくだりはかなり唐突だったし、映画のエンディングがやや物足りない感じだったのが少々残念であった。
しかし、この映画を見て、安土城址も一度訪れてみたくなってしまった。ぜひいつか天守閣を復元してほしいものである。
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僕は特にお城が大好きなので、そもそもお城をテーマにしたこの映画は前から興味があったが、神秘的で謎の多い「安土城」を取り上げているのも面白い。安土城は織田信長が権力の象徴として1576年に琵琶湖の畔に築城した城だが、当時としては六角の天守や豪華絢爛で斬新な装飾/デザイン、そしてこれまた当時では前例の無い、5層7階建てという巨大な天守閣を持つ城ということで、安土城は天下人織田信長にふさわしいスケール感のある城であった。しかし、織田信長が本能寺の変で暗殺され、安土城も築城から3年後に落雷を受けて消失してしまった為、多くが謎となっている幻の名城なのだ。この安土城を題材にしたこの映画には自然と大きな興味が沸いた。

この映画に込められたそのメッセージはかなり熱い。織田信長の強烈な個性に正面から命懸けでぶつかり、自分の信念を貫いて安土城を3年で作り上げた名工/棟梁、岡部又右衛門とその仲間たちの、城に賭ける熱い物語となっている。奈良の東大寺を建設した建築家や、その他日本を代表する建築家での安土城指図(設計図)アイディアによるコンペで織田信長が岡部又右衛門の設計に決める過程は現代のゼネコン/設計士のコンペを見ているようで実に面白いし、他のコンペに打ち勝つ岡部の姿が実に感動的で、思わず胸が熱くなった。また、安土城を支える為に必要な樹齢2000年以上の巨大な檜を求めて、織田信長の敵であった武田信玄領地である木曾まで探しに出る物語も感動的であった。

この映画は、豪華な俳優陣も魅力だ。岡部又右衛門役には西田敏行、岡部の妻には大竹しのぶ。2人のベテランを中心に迎えて骨太な物語が展開。娘役には若手女優の福田沙紀を起用。全身全霊で城作りに取り組む夫を常に笑顔で支え続ける献身的な妻との夫婦愛、そしてそんな父の姿を見つめる娘との親子愛などが丁寧に描かれている。

織田信長には椎名桔平、この他夏八木勲、山本太郎、渡辺いっけい、西岡徳馬、緒方直人、寺島進、水野美紀、熊谷真実など多くの実力派俳優陣が固め、物語を引き締める。


城を設計段階から建設過程が見れるドラマという観点でも面白い映画だが、全体的には熱い感動的なシーンも多く、エンターテインメント性の高い映画として素晴らしい出来栄えと言えるが、あえて言うなら、巨大な岩をみんなで城のある本丸まで引き上げようとするスペクタクルシーンで織田信長の暗殺を企てるグループのくだりはかなり唐突だったし、映画のエンディングがやや物足りない感じだったのが少々残念であった。
しかし、この映画を見て、安土城址も一度訪れてみたくなってしまった。ぜひいつか天守閣を復元してほしいものである。

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2009/11/11
「ユニクロ」というブランドについて考えてみる ファッション
ユニクロの快進撃が続いている。不況下のアパレル業界でただ1社業績好調を維持しているが、その理由について自分なりに考えてみた。
ユニクロの元は山口県で開業したお店だが、ユニクロとしては1984年の広島に1号店を構えて開始している。その後数年で近所に郊外型のユニクロ店舗を見かけるようになったが、当初はお世辞にも良いブランドとの印象は無く、そのロゴも何だかさえないものだった。

ずいぶんとチープなイメージもあって、田舎くさい感じもどこか感じられたものだ。西友やイトーヨーカドーなどの洋服売り場で売っていたようなノーブランドものの洋服と同列的な位置付けであったと言える。どうしても”安物ブランド”イメージがあったせいか、インナーやルームウェアなど普段着として使うのは良いが、ユニクロを着ていることを他の人に知られたくないような、そんなブランドであった。
しかし、Gapと同じ製造型小売業 (SPA)へと事業転換し、全国にその店舗数を増やし、カラーバリエーションの豊富さと1988年に、フリースを年間2600万枚売り上げるなど驚異的な「フリース旋風」を巻き起こし、次第にユニクロというブランドが広く知られるようになった。一時期やや低迷した時期もあったが、M&Aなども繰り返し、ここ数年は「ヒートテック」などに代表されるその高い技術力と、決して品質を犠牲にしていない日本ならではのその材質/裁縫の良さがすっかり定着し、単なるカッコ悪い安物ブランドから完全に脱皮したと言えるだろう。つまり、ユニクロを着ることがもはや恥ずかしいことでは無くなってきており、むしろ高級ブランドで身を固めることの方がカッコ悪い時代になってきたことを感じさせる。

良いブランドイメージを定着させる為の巧みなマーケティング戦略も見逃せない。店舗設計も統一されたブランディングで纏め、ロゴもシンプルにわかりやすいもので統一。2000年頃には松任谷由実をCMに起用し、アップルのiPhoneを思わせるような洗練されたCMが注目を集める。最近でも藤原紀香、大沢たかお、松山ケンイチ、そして最近では美人バイオリニストの宮本笑里など人気タレントも多く採用し、マーケティングの観点からもユニクロの新しいブランドイメージを完全に決定付けさせた。現在では日本全国に750店舗、海外に40店舗などを展開し、世界的に知られるジャパニーズブランドとして定着した。


またフリース等のカジュアルなアウターは別として、普段着ではない、おしゃれなアウターにユニクロを着ることの抵抗はこれまで残っていたように思うが、最近ではブランドイメージの転換も手伝って、状況が大きく変わりつつある。またこの動きを加速させられるかという意味で個人的に最も動向を注目しているのが、今年から新たにユニクロが投入したサブブランド、+J (プラスJ)である。これはユニクロが何とあの高級ブランドジル・サンダーと提携したコラボブランド。ユニクロ銀座店や一部大型店舗で+Jコーナーを設けて販売を開始しており、特にレディースラインアップが充実している。

このコラボをジル・サンダーが承諾したこと自体にも驚いたが、ユニクロ柳井社長の目の付け所にも驚いた。まさにユニクロが品質重視のブランドであることを世界が認めた象徴でもある。+Jはジル・サンダーのテイストをふんだんに取り入れ、シンプルで洗練されたカジュアルラインを展開。先日ジャケットやシャツなどを幾つか購入したが、価格はウールジャケット等で12,800円と、ユニクロの定番品よりはかなり高め。しかしジル・サンダーデザインでの価格としては破格であり、ユニクロユーザーにも手が届くレンジである。この辺りのブランドライン設定が実にうまい。余談だが、+Jのロゴもなかなかうまくデザインされている。これは+とJを組み合わせることで、ユニクロを意味する「U」にも見える仕掛けになっているのはさすがである。

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ユニクロの元は山口県で開業したお店だが、ユニクロとしては1984年の広島に1号店を構えて開始している。その後数年で近所に郊外型のユニクロ店舗を見かけるようになったが、当初はお世辞にも良いブランドとの印象は無く、そのロゴも何だかさえないものだった。

ずいぶんとチープなイメージもあって、田舎くさい感じもどこか感じられたものだ。西友やイトーヨーカドーなどの洋服売り場で売っていたようなノーブランドものの洋服と同列的な位置付けであったと言える。どうしても”安物ブランド”イメージがあったせいか、インナーやルームウェアなど普段着として使うのは良いが、ユニクロを着ていることを他の人に知られたくないような、そんなブランドであった。
しかし、Gapと同じ製造型小売業 (SPA)へと事業転換し、全国にその店舗数を増やし、カラーバリエーションの豊富さと1988年に、フリースを年間2600万枚売り上げるなど驚異的な「フリース旋風」を巻き起こし、次第にユニクロというブランドが広く知られるようになった。一時期やや低迷した時期もあったが、M&Aなども繰り返し、ここ数年は「ヒートテック」などに代表されるその高い技術力と、決して品質を犠牲にしていない日本ならではのその材質/裁縫の良さがすっかり定着し、単なるカッコ悪い安物ブランドから完全に脱皮したと言えるだろう。つまり、ユニクロを着ることがもはや恥ずかしいことでは無くなってきており、むしろ高級ブランドで身を固めることの方がカッコ悪い時代になってきたことを感じさせる。

良いブランドイメージを定着させる為の巧みなマーケティング戦略も見逃せない。店舗設計も統一されたブランディングで纏め、ロゴもシンプルにわかりやすいもので統一。2000年頃には松任谷由実をCMに起用し、アップルのiPhoneを思わせるような洗練されたCMが注目を集める。最近でも藤原紀香、大沢たかお、松山ケンイチ、そして最近では美人バイオリニストの宮本笑里など人気タレントも多く採用し、マーケティングの観点からもユニクロの新しいブランドイメージを完全に決定付けさせた。現在では日本全国に750店舗、海外に40店舗などを展開し、世界的に知られるジャパニーズブランドとして定着した。


またフリース等のカジュアルなアウターは別として、普段着ではない、おしゃれなアウターにユニクロを着ることの抵抗はこれまで残っていたように思うが、最近ではブランドイメージの転換も手伝って、状況が大きく変わりつつある。またこの動きを加速させられるかという意味で個人的に最も動向を注目しているのが、今年から新たにユニクロが投入したサブブランド、+J (プラスJ)である。これはユニクロが何とあの高級ブランドジル・サンダーと提携したコラボブランド。ユニクロ銀座店や一部大型店舗で+Jコーナーを設けて販売を開始しており、特にレディースラインアップが充実している。

このコラボをジル・サンダーが承諾したこと自体にも驚いたが、ユニクロ柳井社長の目の付け所にも驚いた。まさにユニクロが品質重視のブランドであることを世界が認めた象徴でもある。+Jはジル・サンダーのテイストをふんだんに取り入れ、シンプルで洗練されたカジュアルラインを展開。先日ジャケットやシャツなどを幾つか購入したが、価格はウールジャケット等で12,800円と、ユニクロの定番品よりはかなり高め。しかしジル・サンダーデザインでの価格としては破格であり、ユニクロユーザーにも手が届くレンジである。この辺りのブランドライン設定が実にうまい。余談だが、+Jのロゴもなかなかうまくデザインされている。これは+とJを組み合わせることで、ユニクロを意味する「U」にも見える仕掛けになっているのはさすがである。

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2009/11/9
祝!! 原ジャイアンツ、日本一おめでとう! スポーツ
ついにジャイアンツがやった! 日本ハムを4勝2敗で退け、7年ぶり21回目の日本一に輝いた。日本シリーズではMVPに輝いた阿部慎之助の言葉通り、まさに「最高です!」の一言に尽きる。昔から巨人ファンの僕としては最高のフィナーレで今シーズンを終了することが出来、感無量である。ジャイアンツは本当に強いチームに育った。

思えば今年春のワールドベースボールクラシックス (WBC)で原監督率いる侍ジャパンが優勝するという華々しい形で原監督の1年はスタートしたが、レギュラーシーズンでも原監督率いる巨人の快進撃は続き、89勝でリーグ制覇。クライマックスシリーズでは中日に貫禄を見せ付けて撃破。そして満を持して挑んだ日本シリーズでもその選手層の厚さと見事な采配でついに日本一を7年ぶりに奪回したのだ。これ以上に最高のシーズンは原監督にとって、そして巨人ファンにとって無いのではないかというような、素晴らしい1年であった。

それにしても巨人は生え抜きの若手選手が実に良く成長している。今後巨人の黄金時代を背負って立つような魅力・実力のある選手が確実に成長を見せている。もちろん今でも4番級の大物スラッガーは何名かいるのだが、昔のように金に物を言わせて4番打者だけを揃えるようなチームでは無く、各人がそれぞれの持ち場で味のあるプレーが発揮出来る生え抜きの選手が揃ってきている。そして何よりもその選手層の厚さがやはり他の球団とは一味違う強さの源泉になっている。誰かが故障しても直ぐにその穴埋めが出来る選手が現れる。そして、原監督の見事な采配にまた選手が答える。選手も素晴らしいが、選手起用で見事なマネジメント能力を発揮する原監督が本当に素晴らしいと思う。巨人の歴代監督の中でもまさに最高の名将と言えるかもしれない。

正直、理想的な野球とは、完投出来る先発ローテーション投手が3-4人いて、ある程度勝ちが計算出来、その上で優秀な中継ぎ、そして決定的な安定感のあるストッパーがいることである。バッティングはやはり水物なところもあるので、ピッチャー陣が安定している方がしっかりチームを作り上げることが出来るだろう。ここ数年の原ジャイアンツには先発完投型の投手が揃っていないような気がしていて、正直不安に思っていた。昔で言えば、桑田、斉藤、槙原、或いは更に昔で言えば、江川、西本のような存在だ。日本シリーズが始まる前ですら不安を抱いていたのだ。日本ハムのダルビッシュが怪我などで本調子では無いものの、やはりダルビッシュや、楽天の岩隈/田中、ダイエー杉内のような柱となる先発投手がいると安心出来るものである。しかし、巨人は日本人勢の内海が今年今一つ調子の波が有り、結局9勝止まり。高橋尚も既に旬が過ぎており、安定感にはどうも欠ける。昨年柱として活躍したグライジンガーも今年CSと日本シリーズを棒にふってしまった。ゴンザレスとオビスポという外人が2人出てきたのはさすが選手層の厚さだが、やはり信頼感で一抹の不安があることは否めなかった。

しかし、蓋を開けてみると、日本シリーズではこの外人2人がそれぞれ確実に勝利を挙げ、そして層の厚い中継ぎ陣が安定感を見せた。まさに日本シリーズもレギュラーシーズンと同じパターンを守り、強力で安定感のある中継ぎ陣がフル回転の働きを見せた。先発投手に成長してきた東野、そして越智、豊田、山口は本当に素晴らしい実力の持ち主であることを今シーズン改めて実感した。またクルーンは荒削りではあるが、今年は抜群の安定感を見せ、日本シリーズの最後もしっかりと締めくくったのはさすがである。この先発完投型に頼らない勝ちパターンは巨人の新しい常勝パターンと言えるかもしれないが、いずれにしても、どういう状態でも勝ちを狙えるという形はまさに他の球団が羨む”選手層の厚さ”が成せる技である。
当然、打撃陣は大砲の小笠原、ラミレス、イースンヨブ、そして成長した生え抜きの坂本、松本の1-2番、更にはホームランが狙える亀井と阿部。相変わらず打撃陣はどこからでも点が取れる強力な布陣であり、これは巨人らしいホームラン量産体制が常に出来上がっているが、この打撃陣と強力な中継ぎ陣が見事なゲームメイキングをしているのだということを今シーズン実感した。

ジャイアンツの皆さん、日本一おめでとう! そして1年間お疲れ様!
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思えば今年春のワールドベースボールクラシックス (WBC)で原監督率いる侍ジャパンが優勝するという華々しい形で原監督の1年はスタートしたが、レギュラーシーズンでも原監督率いる巨人の快進撃は続き、89勝でリーグ制覇。クライマックスシリーズでは中日に貫禄を見せ付けて撃破。そして満を持して挑んだ日本シリーズでもその選手層の厚さと見事な采配でついに日本一を7年ぶりに奪回したのだ。これ以上に最高のシーズンは原監督にとって、そして巨人ファンにとって無いのではないかというような、素晴らしい1年であった。

それにしても巨人は生え抜きの若手選手が実に良く成長している。今後巨人の黄金時代を背負って立つような魅力・実力のある選手が確実に成長を見せている。もちろん今でも4番級の大物スラッガーは何名かいるのだが、昔のように金に物を言わせて4番打者だけを揃えるようなチームでは無く、各人がそれぞれの持ち場で味のあるプレーが発揮出来る生え抜きの選手が揃ってきている。そして何よりもその選手層の厚さがやはり他の球団とは一味違う強さの源泉になっている。誰かが故障しても直ぐにその穴埋めが出来る選手が現れる。そして、原監督の見事な采配にまた選手が答える。選手も素晴らしいが、選手起用で見事なマネジメント能力を発揮する原監督が本当に素晴らしいと思う。巨人の歴代監督の中でもまさに最高の名将と言えるかもしれない。

正直、理想的な野球とは、完投出来る先発ローテーション投手が3-4人いて、ある程度勝ちが計算出来、その上で優秀な中継ぎ、そして決定的な安定感のあるストッパーがいることである。バッティングはやはり水物なところもあるので、ピッチャー陣が安定している方がしっかりチームを作り上げることが出来るだろう。ここ数年の原ジャイアンツには先発完投型の投手が揃っていないような気がしていて、正直不安に思っていた。昔で言えば、桑田、斉藤、槙原、或いは更に昔で言えば、江川、西本のような存在だ。日本シリーズが始まる前ですら不安を抱いていたのだ。日本ハムのダルビッシュが怪我などで本調子では無いものの、やはりダルビッシュや、楽天の岩隈/田中、ダイエー杉内のような柱となる先発投手がいると安心出来るものである。しかし、巨人は日本人勢の内海が今年今一つ調子の波が有り、結局9勝止まり。高橋尚も既に旬が過ぎており、安定感にはどうも欠ける。昨年柱として活躍したグライジンガーも今年CSと日本シリーズを棒にふってしまった。ゴンザレスとオビスポという外人が2人出てきたのはさすが選手層の厚さだが、やはり信頼感で一抹の不安があることは否めなかった。

しかし、蓋を開けてみると、日本シリーズではこの外人2人がそれぞれ確実に勝利を挙げ、そして層の厚い中継ぎ陣が安定感を見せた。まさに日本シリーズもレギュラーシーズンと同じパターンを守り、強力で安定感のある中継ぎ陣がフル回転の働きを見せた。先発投手に成長してきた東野、そして越智、豊田、山口は本当に素晴らしい実力の持ち主であることを今シーズン改めて実感した。またクルーンは荒削りではあるが、今年は抜群の安定感を見せ、日本シリーズの最後もしっかりと締めくくったのはさすがである。この先発完投型に頼らない勝ちパターンは巨人の新しい常勝パターンと言えるかもしれないが、いずれにしても、どういう状態でも勝ちを狙えるという形はまさに他の球団が羨む”選手層の厚さ”が成せる技である。
当然、打撃陣は大砲の小笠原、ラミレス、イースンヨブ、そして成長した生え抜きの坂本、松本の1-2番、更にはホームランが狙える亀井と阿部。相変わらず打撃陣はどこからでも点が取れる強力な布陣であり、これは巨人らしいホームラン量産体制が常に出来上がっているが、この打撃陣と強力な中継ぎ陣が見事なゲームメイキングをしているのだということを今シーズン実感した。

ジャイアンツの皆さん、日本一おめでとう! そして1年間お疲れ様!

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2009/11/2
ハリウッド版「ATOM」の感動! 漫画/アニメ
先日、待ちに待ったハリウッド版「ATOM」をようやく映画館に見に行った。「ASTRO BOY」のタイトルで公開される本国アメリカでの公開に先立ち、日本では既に10月10日より劇場公開が始まっている。最新のCGで描かれている映像は美しい仕上がりで有り、またオリジナルの物語設定や世界観をある程度踏襲しながらも若干新たな設定を盛り込んでいる点で、古くからのアトムファン、そして初めてアトムに接する人にとっても、かなり満足の行く、無難な出来栄えであったと思う。

僕がアトムの物語に昔から惹かれてしまうのは、小さなアトムが背負うその何とも切ない「運命」にある。天馬博士の息子トビーが事故で亡くなり、悲しみに打ちひしがれた天馬博士が作り上げた人間型ロボットこそがアトムなのである。10万馬力ながら人間の心を持つアトムは、その力を正義の為、人間の為に役立たせようと活躍するが、ロボットと人間の間で揺り動かされるそのアイデンティティーに苦悩し、また父である天馬博士も、息子とそっくりで完璧なロボットであるアトムを作るが、やはりロボットには本当の息子の代わりは務まらないと苦悩するのである。この父と子、そして人間とロボットの関係が何とも切ないテーマを多くはらんでいるのだ。

また高度文明化した人間世界での様々な社会問題をも刻銘に映し出しており、今見ても実に考えされられるテーマが多い。しかし、このような人間型ロボットや、物語のテーマ設定を60年近くも前から世に送り出しているVisionaryとしての手塚治虫には改めて敬服する。

今回のハリウッド版ATOMは、米国LAと香港に制作スタジオを持つIMAGI Animation Studio社が手掛けており、見事に米国とアジアの感性がブレンドされている中で制作されている点で、今後益々増えそうなコンテンツ製作形態である。しかし、僕のようなコアな手塚治虫/鉄腕アトムファンにとって一番嬉しかったのは、色々な設定が比較的原作に忠実に描かれている点だ。それもその筈、手塚治虫の長男で、クリエイター/手塚作品の監修などを務める手塚眞氏がコンサルタントとして映画製作に関与しているのだ。よって、原作のカラーをある程度忠実に保ちながらも、新しいアトム像を完成させることが出来たと言える。

アトムの顔ややや原作よりもスレンダーになって、特徴であったほっぺの膨らみが無くなったが、それでも純粋な少年らしい可愛いアトム像が保たれていると感じた。天馬博士や御茶ノ水博士、そして手塚作品には欠かせないヒゲオヤジやハムエッグなどお馴染みの手塚キャラが登場。また手塚治虫自身も、ヒッチコックさながら劇中にチョイ役で登場している点も注目だ。また物語が展開されるメトロシティーは、日本の富士山とその周りの巨大都市(東京?)だけが宇宙に飛び出したかのような空中都市として描かれており、こういう細部に、日本、そして手塚治虫への敬愛を感じる作品となっている点でファンには嬉しい仕上がりとなっている。一方で、リーダー役の女の子コーラや、心優しい大型ロボットのZOGなど新しいキャラも登場しており、ハリウッド版ならではの設定も見逃せない。

今回の日本語吹き替え版でアトムの声を担当するのは上戸彩。少年のような声にはぴったりである。また、渋い声の天馬博士には役所広司。米国版オリジナルでの天馬博士はあのニコラス・ケイジが担当しているが、どちらもなかなかのはまり役である。
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僕がアトムの物語に昔から惹かれてしまうのは、小さなアトムが背負うその何とも切ない「運命」にある。天馬博士の息子トビーが事故で亡くなり、悲しみに打ちひしがれた天馬博士が作り上げた人間型ロボットこそがアトムなのである。10万馬力ながら人間の心を持つアトムは、その力を正義の為、人間の為に役立たせようと活躍するが、ロボットと人間の間で揺り動かされるそのアイデンティティーに苦悩し、また父である天馬博士も、息子とそっくりで完璧なロボットであるアトムを作るが、やはりロボットには本当の息子の代わりは務まらないと苦悩するのである。この父と子、そして人間とロボットの関係が何とも切ないテーマを多くはらんでいるのだ。

また高度文明化した人間世界での様々な社会問題をも刻銘に映し出しており、今見ても実に考えされられるテーマが多い。しかし、このような人間型ロボットや、物語のテーマ設定を60年近くも前から世に送り出しているVisionaryとしての手塚治虫には改めて敬服する。

今回のハリウッド版ATOMは、米国LAと香港に制作スタジオを持つIMAGI Animation Studio社が手掛けており、見事に米国とアジアの感性がブレンドされている中で制作されている点で、今後益々増えそうなコンテンツ製作形態である。しかし、僕のようなコアな手塚治虫/鉄腕アトムファンにとって一番嬉しかったのは、色々な設定が比較的原作に忠実に描かれている点だ。それもその筈、手塚治虫の長男で、クリエイター/手塚作品の監修などを務める手塚眞氏がコンサルタントとして映画製作に関与しているのだ。よって、原作のカラーをある程度忠実に保ちながらも、新しいアトム像を完成させることが出来たと言える。

アトムの顔ややや原作よりもスレンダーになって、特徴であったほっぺの膨らみが無くなったが、それでも純粋な少年らしい可愛いアトム像が保たれていると感じた。天馬博士や御茶ノ水博士、そして手塚作品には欠かせないヒゲオヤジやハムエッグなどお馴染みの手塚キャラが登場。また手塚治虫自身も、ヒッチコックさながら劇中にチョイ役で登場している点も注目だ。また物語が展開されるメトロシティーは、日本の富士山とその周りの巨大都市(東京?)だけが宇宙に飛び出したかのような空中都市として描かれており、こういう細部に、日本、そして手塚治虫への敬愛を感じる作品となっている点でファンには嬉しい仕上がりとなっている。一方で、リーダー役の女の子コーラや、心優しい大型ロボットのZOGなど新しいキャラも登場しており、ハリウッド版ならではの設定も見逃せない。

今回の日本語吹き替え版でアトムの声を担当するのは上戸彩。少年のような声にはぴったりである。また、渋い声の天馬博士には役所広司。米国版オリジナルでの天馬博士はあのニコラス・ケイジが担当しているが、どちらもなかなかのはまり役である。

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2009/10/29
魂のリハーサル映像、マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」公開! 音楽
7月にロンドン公演が予定されていた、マイケル・ジャクソンのライブ「THIS IS IT」。マイケル最後のライブツアーとして企画された本公演は、全50回にも及ぶ予定であった。入念なリハーサルに取り組んでいたマイケルだが、公演開始直前の6月25日に突然と天国に旅立ってしまったのである。以前ブログでも書いたが、あの日はちょうど出張でLAに滞在しており、一生忘れられない悲しい日となってしまった。

そしてあれから4ヶ月。話題になっていたリハーサル映像が早くも映画となって我々の前に現れたのだ。昨日10月28日から2週間限定の世界同時公開が始まったが、マイケルファンの僕は早速初日に映画館に見に行った。

「THIS IS IT」はマイケル・ジャクソン財団(the Estate of Michael Jackson)の完全協力を得て製作、クオリティの高いデジタル・サウンドとハイ・ディフィニション画像で収録された、ロンドンでの実施予定コンサート・ツアーのための、何百時間にも及ぶリハーサルと舞台裏映像を使用した劇場映画となっている。ロンドン公演の総監督をしていたケニー・オルテガが映画の監督にも当たっている。映画に登場するマイケルはなんともエネルギッシュで、とても死ぬ前とは思えない。そして、このリハーサルの模様から、いかにマイケルがクリエイティブで、アーティスティックで、絶対無二の天才であったかがわかる内容となっており、50歳になってもその歌唱力とキレのあるダンス、そしてリズミカルな感性は全く衰えていないことを改めて思い知らされた。きっとこの「THIS IS IT」公演が実現していたら、これまでで最高級のステージが堪能出来たことだろう。本当に悔やまれて仕方ない。

リハーサルということで、やはりマイケルも歌、ダンス共に100%全力というわけでは無く、他のダンサーやリズムとの間合いを確認しながら、その感性を研ぎ澄ましながら行っていることがわかるのだが、ステージに賭ける情熱、細部に至るまでの徹底したプロフェッショナリズム、そしてスタッフやファンに対する深く大きな愛情が映像からひしひしと伝わってきた。参加しているダンサーやスタッフは誰もがマイケルの存在感、オーラに驚いていたようだが、この辺りも映像から垣間見ることが出来る。

マイケルはこの「THIS IS IT」を最後のライブツアーと最初から位置づけていた。もちろん50歳になったマイケルとしては、体力を極端に消耗するライブ活動はそう長く続けられないという意識はあったのかもしれないが、映像を見る限り衰えた感覚は全く無かったし、大々的な公演でなければ今後も恐らくその勇姿を見ることが出来た筈である。生きてさえいれば。しかし、皮肉にも本当に最後の勇姿となってしまったこの映像。もうこの世にはいないマイケルを思いながらこの魂のこもった本作を見ると、何とも胸が絞めつけられる。

映画の公開にあわせて、サントラ的なニューアルバム「THIS IS IT」が発売となり、こちらも即買した。ロンドン公演で歌う予定であった曲目を中心としたコンピレーションアルバムに近いが、最後に現在ラジオでも良く耳にする新曲「THIS IS IT」が収録されており、”新曲”が世界のファンに届けられたことは「感動」の一言に尽きる。しかし、どうやらこのロンドン公演の為に書き下ろされた新曲というわけでは無く、「Off The Wall」の頃の未発表音源にちょうど同タイトルの曲があったらしい。しかし、この曲に新たにマイケルの兄弟たち(ジャクソンズ)がコーラスを加えており、アレンジされているのだ。曲風はちょっと懐かしい、ジャクソン5時代のナンバーと言ってもおかしくないほっとするような曲で、晩年のエッジが効いたマイケルの曲とは明らかに違うが、この曲は、世界中のマスコミから精神的に追い詰められてしまう前の純粋無垢なマイケルがいるような気がして最高に好きな1曲となった。以前「Thriller」の25周年記念アルバムが出た時のブログにも書いたが、あのタイミングでも未発表曲が2曲リリースされていたが、またまた新曲に出会えたことは感無量である。

この映画のDVDが発売になったらぜひ買って、もう一度じっくりマイケルの最後の勇姿、そして音楽にかけるその情熱を噛締めたいと思う。マイケルファンのみならず、その姿には心を動かされることだろう。
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そしてあれから4ヶ月。話題になっていたリハーサル映像が早くも映画となって我々の前に現れたのだ。昨日10月28日から2週間限定の世界同時公開が始まったが、マイケルファンの僕は早速初日に映画館に見に行った。

「THIS IS IT」はマイケル・ジャクソン財団(the Estate of Michael Jackson)の完全協力を得て製作、クオリティの高いデジタル・サウンドとハイ・ディフィニション画像で収録された、ロンドンでの実施予定コンサート・ツアーのための、何百時間にも及ぶリハーサルと舞台裏映像を使用した劇場映画となっている。ロンドン公演の総監督をしていたケニー・オルテガが映画の監督にも当たっている。映画に登場するマイケルはなんともエネルギッシュで、とても死ぬ前とは思えない。そして、このリハーサルの模様から、いかにマイケルがクリエイティブで、アーティスティックで、絶対無二の天才であったかがわかる内容となっており、50歳になってもその歌唱力とキレのあるダンス、そしてリズミカルな感性は全く衰えていないことを改めて思い知らされた。きっとこの「THIS IS IT」公演が実現していたら、これまでで最高級のステージが堪能出来たことだろう。本当に悔やまれて仕方ない。

リハーサルということで、やはりマイケルも歌、ダンス共に100%全力というわけでは無く、他のダンサーやリズムとの間合いを確認しながら、その感性を研ぎ澄ましながら行っていることがわかるのだが、ステージに賭ける情熱、細部に至るまでの徹底したプロフェッショナリズム、そしてスタッフやファンに対する深く大きな愛情が映像からひしひしと伝わってきた。参加しているダンサーやスタッフは誰もがマイケルの存在感、オーラに驚いていたようだが、この辺りも映像から垣間見ることが出来る。

マイケルはこの「THIS IS IT」を最後のライブツアーと最初から位置づけていた。もちろん50歳になったマイケルとしては、体力を極端に消耗するライブ活動はそう長く続けられないという意識はあったのかもしれないが、映像を見る限り衰えた感覚は全く無かったし、大々的な公演でなければ今後も恐らくその勇姿を見ることが出来た筈である。生きてさえいれば。しかし、皮肉にも本当に最後の勇姿となってしまったこの映像。もうこの世にはいないマイケルを思いながらこの魂のこもった本作を見ると、何とも胸が絞めつけられる。

映画の公開にあわせて、サントラ的なニューアルバム「THIS IS IT」が発売となり、こちらも即買した。ロンドン公演で歌う予定であった曲目を中心としたコンピレーションアルバムに近いが、最後に現在ラジオでも良く耳にする新曲「THIS IS IT」が収録されており、”新曲”が世界のファンに届けられたことは「感動」の一言に尽きる。しかし、どうやらこのロンドン公演の為に書き下ろされた新曲というわけでは無く、「Off The Wall」の頃の未発表音源にちょうど同タイトルの曲があったらしい。しかし、この曲に新たにマイケルの兄弟たち(ジャクソンズ)がコーラスを加えており、アレンジされているのだ。曲風はちょっと懐かしい、ジャクソン5時代のナンバーと言ってもおかしくないほっとするような曲で、晩年のエッジが効いたマイケルの曲とは明らかに違うが、この曲は、世界中のマスコミから精神的に追い詰められてしまう前の純粋無垢なマイケルがいるような気がして最高に好きな1曲となった。以前「Thriller」の25周年記念アルバムが出た時のブログにも書いたが、あのタイミングでも未発表曲が2曲リリースされていたが、またまた新曲に出会えたことは感無量である。

この映画のDVDが発売になったらぜひ買って、もう一度じっくりマイケルの最後の勇姿、そして音楽にかけるその情熱を噛締めたいと思う。マイケルファンのみならず、その姿には心を動かされることだろう。
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2009/10/26
「梅蘭」の焼きそばは見事な食感 マイグルメ
僕は横浜中華街に店を構える人気店、「梅蘭」のやきそばが大好きである。それにしても、普通の焼きそばとは見た目にかなり違う。外側を香ばしくカラッと揚げた感じになっているが、中はとろみがたっぷりでこの外と中の食感の違いが絶妙で独特な焼きそばを作りだしている。味も濃すぎず、薄すぎず、丁度良い味付けである。
横浜中華街に2店舗あり、中華街ではかなりの老舗らしいが、今では店舗数も拡大しており、横浜中華街本店以外にも、横浜ららぽーとのフードコートや、港北センター北のモザイクモール隣にあるあいたいビルにお店を出しているが、比較的近くで梅蘭の焼きそばが楽しめるようになったのが最高である。東京にも六本木、渋谷、大崎などに出店している。我が家では、本店でも食べたことがあるが、一番多いのは場所的にも家から近いららぽーと横浜。買い物に行く際には、たいていららぽーとで梅蘭の焼きそばを食べて帰ることが多いのだ。

梅蘭 (横浜中華街)
神奈川県横浜市中区山下町133-10
TEL:045-651-6695
http://www.bairan.jp/pc/index.html

先日港北センター北店も行ってみたが、何故かららぽーと店の焼きそばの方が美味しい気がしたが、店舗によって若干味も変わるのだろう。その意味では横浜中華街の本店でまずは食べることをお薦めしたい。
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横浜中華街に2店舗あり、中華街ではかなりの老舗らしいが、今では店舗数も拡大しており、横浜中華街本店以外にも、横浜ららぽーとのフードコートや、港北センター北のモザイクモール隣にあるあいたいビルにお店を出しているが、比較的近くで梅蘭の焼きそばが楽しめるようになったのが最高である。東京にも六本木、渋谷、大崎などに出店している。我が家では、本店でも食べたことがあるが、一番多いのは場所的にも家から近いららぽーと横浜。買い物に行く際には、たいていららぽーとで梅蘭の焼きそばを食べて帰ることが多いのだ。

梅蘭 (横浜中華街)
神奈川県横浜市中区山下町133-10
TEL:045-651-6695
http://www.bairan.jp/pc/index.html

先日港北センター北店も行ってみたが、何故かららぽーと店の焼きそばの方が美味しい気がしたが、店舗によって若干味も変わるのだろう。その意味では横浜中華街の本店でまずは食べることをお薦めしたい。
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2009/10/15
姫路・神戸の超マニアックな旅 (後編) 漫画/アニメ
<Day 2>
2日目は、朝6時に起床。ホテルで朝食を食べてから8時過ぎにチェックアウトし、姫路駅からJRで三宮へ。三宮からは阪急電鉄に乗り、西宮北口駅で阪急今津線に乗り換えて、宝塚南口駅に向った。電車で姫路から約1時間15分の旅だ。宝塚歌劇団の劇場があることでも有名な宝塚はもっと都会なのかと思っていたが、行ってみると近くには川も流れ、実に爽やかな”郊外”という雰囲気でかなり意外であった。
宝塚劇場の隣には今回訪問の目的である「手塚治虫記念館」がある。宝塚は手塚治虫の生まれ育った町だが、彼は宝塚劇場にも頻繁に足を運び、ショーを見るのが大好きだったようで、作品にも宝塚は頻繁に登場する。

手塚治虫記念館はそう大きな建物では無いが、入り口にはハリウッドMann’s Chinese Theaterさながら、ヒゲオヤジ、お茶ノ水博士、アトム、ウランちゃんなど手塚作品でお馴染みの人気キャラクターの足型が敷き詰められていて面白い。館内に入ると天井には手塚キャラのステンドグラスが迎えてくれる。そして手塚治虫が小学生や中学生の頃に描いた昆虫の絵(これが実に精密に描かれており、中学生がペンで描いたとは思えない完成度!)、自画像など、幼い頃から非凡な才能の持ち主であったことを窺わせる展示物が並ぶ。そして、初期手塚作品として有名な漫画の原本なども多く展示されていた。また、館内の小劇場では、手塚関連短編アニメの上映会が行われていた。今回上映されていたのは、「都会のブッチー」という作品で、手塚治虫によく似ている、絵の上手な少年ブッチーと、華やかなショーの世界に生きるマーガレットとの出会いと交流をコミカルに描いたファンタジー。13分の短編ながら、まさに手塚治虫の宝塚への憧れを描いた作品あった。

手塚治虫は鉄腕アトムや、リボンの騎士、ジャングル大帝、ブラックジャックなどのアニメ作品で特に有名だが、僕は彼の初期3部作で、漫画界の最高傑作とされている「ロストワールド」、「メトロポリス」、「来るべき世界」が大好きで、昔夢中になって読んだのを覚えている。この3作品の貴重な原本などが展示されていたのは実に嬉しかった。また、同じく彼の初期傑作とされる「新宝島」も多くの原画が展示されており、手塚ファンには鼻血が出るほどたまらないコレクションである。10月10日からハリウッド版の鉄腕アトムである「ATOM」(英語タイトルはASTRO BOY)がついに劇場公開されたことを受けて、この手塚治虫記念館も盛り上がりを見せていた。

宝塚市立 手塚治虫記念館
兵庫県宝塚市武庫川町7-65
0797-81-2970
http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/Tezuka/
妻と娘も手塚治虫記念館で塗り絵やプリクラ、アニメ製作体験など色々と楽しんだ後、後ろ髪を引かれつつ手塚治虫記念館を後にして、再び電車で三宮近くの南京町へと向った。南京町とは神戸の中華街。横浜の中華街に比べるとエリアとしては小さかったが、むしろ密集している分観光客で大変な賑わいを見せていた。ここでのお目当ては「空龍(コンロン)」という、ブルース・リー関連グッズを売っているお店を訪れる為だ。ブルース・リーグッズと言っても、どちらかというとマニア向けの本格的なグッズでは無く、一般観光客向けにブルース・リーをもじったお土産品など軽めのものを売っており、単純に見ていて楽しいお店だ。

店頭には等身大のブルース・リーの像が出迎えてくれ(全く顔は似てないのだが)、店内にはヌンチャクやもうすっかり有名な「死亡遊戯」でブルース・リーが着ていた黄色いトラックスーツが子供用、大人用などたくさん取り揃えていた。映画「キルビル」や、CMなどでも頻繁に登場する為、すっかり有名になったが、これが結構売れるらしい。

神戸南京町 空龍 (コンロン)
神戸市中央区栄町通2-9-11
TEL 078-332-5060
http://www.nankinmachi.or.jp/phpshop/shop_hp_type_a.php?no=26
南京町を後にして、ついに今回の旅最後のメインイベント、あの巨大な鉄人28号モニュメントを見る為、神戸・新長田駅に向う。長田地区は阪神大震災で最も被害を受けた場所の一つ。今は再開発が進んですっかり新しい町になったが、鉄人28号の原作者、横山光輝はここ長田の出身でも有り、阪神大震災復興のシンボルとして市民からの寄付を集めてこの巨大鉄人28号モニュメントが作られたのである。場所は、JR新長田駅から徒歩2分。大丸の隣の広場にそびえ立つ。漫画での設定通り、全長18メートルで、実際に間近で見ると度肝を抜かれる大迫力で、今にも動き出しそうである。 周りには写真を撮る多くのファンや観光客で賑わっており、鉄人28号ファンとしては感動的であった。


それにしても、こんな巨大な鉄人28号を作ってしまうとは凄い。お台場に登場したガンダムもそうだが、着工から完成まで1年くらいかけて製作されているようだが、本当に夢のある企画であり、ファンとしては嬉しい限りだ。既に他界されている原作者の横山先生が見ることが出来なかったのは残念だが、こうして今後も鉄人28号は受け継がれていくのである。

隣の大丸では「鉄人28号と昭和のくらし展」をちょうど開催していて、こちらにも人間と同じサイズの鉄人28号が展示され、昭和のグッズなどが多く展示販売されていた。また目玉の一つは、鉄人28号のブリキのおもちゃが多く飾られており、中には数百万もするような希少価値の高いモデルも有って、マニアにはたまらない展示である。



そして、新長田駅の近くには、「鉄人案内所」と書かれた看板のある写真屋さんを発見。良く見ると、ここでも鉄人28号オリジナルT-シャツ(敷島重工デザインなど)や、鉄人28号グッズが少し売られており、僕も思わずTシャツを購入してしまった。


また大丸の外の外灯は、鉄人28号の頭部の形をしたものになっており、こちらも粋な計らいである。それにしても観光地では無い、ごく普通のこの町が、町ぐるみで鉄人28号を盛り上げており、いたる所で市民の熱い思いが感じられた。

これでめでたく今回旅の目的であった日程全てをこなし、神戸空港から東京へと帰路についた。それにしても今回の旅行は、僕の好きな「お城」、「手塚治虫」、「ブルース・リー」、「鉄人28号」全てを2日間で網羅したものとなり、本当に最高の思い出となった。このあまりにもマニアックなツアーに、快く付き合ってくれた家族に改めて感謝したい。
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2日目は、朝6時に起床。ホテルで朝食を食べてから8時過ぎにチェックアウトし、姫路駅からJRで三宮へ。三宮からは阪急電鉄に乗り、西宮北口駅で阪急今津線に乗り換えて、宝塚南口駅に向った。電車で姫路から約1時間15分の旅だ。宝塚歌劇団の劇場があることでも有名な宝塚はもっと都会なのかと思っていたが、行ってみると近くには川も流れ、実に爽やかな”郊外”という雰囲気でかなり意外であった。
宝塚劇場の隣には今回訪問の目的である「手塚治虫記念館」がある。宝塚は手塚治虫の生まれ育った町だが、彼は宝塚劇場にも頻繁に足を運び、ショーを見るのが大好きだったようで、作品にも宝塚は頻繁に登場する。

手塚治虫記念館はそう大きな建物では無いが、入り口にはハリウッドMann’s Chinese Theaterさながら、ヒゲオヤジ、お茶ノ水博士、アトム、ウランちゃんなど手塚作品でお馴染みの人気キャラクターの足型が敷き詰められていて面白い。館内に入ると天井には手塚キャラのステンドグラスが迎えてくれる。そして手塚治虫が小学生や中学生の頃に描いた昆虫の絵(これが実に精密に描かれており、中学生がペンで描いたとは思えない完成度!)、自画像など、幼い頃から非凡な才能の持ち主であったことを窺わせる展示物が並ぶ。そして、初期手塚作品として有名な漫画の原本なども多く展示されていた。また、館内の小劇場では、手塚関連短編アニメの上映会が行われていた。今回上映されていたのは、「都会のブッチー」という作品で、手塚治虫によく似ている、絵の上手な少年ブッチーと、華やかなショーの世界に生きるマーガレットとの出会いと交流をコミカルに描いたファンタジー。13分の短編ながら、まさに手塚治虫の宝塚への憧れを描いた作品あった。

手塚治虫は鉄腕アトムや、リボンの騎士、ジャングル大帝、ブラックジャックなどのアニメ作品で特に有名だが、僕は彼の初期3部作で、漫画界の最高傑作とされている「ロストワールド」、「メトロポリス」、「来るべき世界」が大好きで、昔夢中になって読んだのを覚えている。この3作品の貴重な原本などが展示されていたのは実に嬉しかった。また、同じく彼の初期傑作とされる「新宝島」も多くの原画が展示されており、手塚ファンには鼻血が出るほどたまらないコレクションである。10月10日からハリウッド版の鉄腕アトムである「ATOM」(英語タイトルはASTRO BOY)がついに劇場公開されたことを受けて、この手塚治虫記念館も盛り上がりを見せていた。

宝塚市立 手塚治虫記念館
兵庫県宝塚市武庫川町7-65
0797-81-2970
http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/Tezuka/
妻と娘も手塚治虫記念館で塗り絵やプリクラ、アニメ製作体験など色々と楽しんだ後、後ろ髪を引かれつつ手塚治虫記念館を後にして、再び電車で三宮近くの南京町へと向った。南京町とは神戸の中華街。横浜の中華街に比べるとエリアとしては小さかったが、むしろ密集している分観光客で大変な賑わいを見せていた。ここでのお目当ては「空龍(コンロン)」という、ブルース・リー関連グッズを売っているお店を訪れる為だ。ブルース・リーグッズと言っても、どちらかというとマニア向けの本格的なグッズでは無く、一般観光客向けにブルース・リーをもじったお土産品など軽めのものを売っており、単純に見ていて楽しいお店だ。

店頭には等身大のブルース・リーの像が出迎えてくれ(全く顔は似てないのだが)、店内にはヌンチャクやもうすっかり有名な「死亡遊戯」でブルース・リーが着ていた黄色いトラックスーツが子供用、大人用などたくさん取り揃えていた。映画「キルビル」や、CMなどでも頻繁に登場する為、すっかり有名になったが、これが結構売れるらしい。

神戸南京町 空龍 (コンロン)
神戸市中央区栄町通2-9-11
TEL 078-332-5060
http://www.nankinmachi.or.jp/phpshop/shop_hp_type_a.php?no=26
南京町を後にして、ついに今回の旅最後のメインイベント、あの巨大な鉄人28号モニュメントを見る為、神戸・新長田駅に向う。長田地区は阪神大震災で最も被害を受けた場所の一つ。今は再開発が進んですっかり新しい町になったが、鉄人28号の原作者、横山光輝はここ長田の出身でも有り、阪神大震災復興のシンボルとして市民からの寄付を集めてこの巨大鉄人28号モニュメントが作られたのである。場所は、JR新長田駅から徒歩2分。大丸の隣の広場にそびえ立つ。漫画での設定通り、全長18メートルで、実際に間近で見ると度肝を抜かれる大迫力で、今にも動き出しそうである。 周りには写真を撮る多くのファンや観光客で賑わっており、鉄人28号ファンとしては感動的であった。


それにしても、こんな巨大な鉄人28号を作ってしまうとは凄い。お台場に登場したガンダムもそうだが、着工から完成まで1年くらいかけて製作されているようだが、本当に夢のある企画であり、ファンとしては嬉しい限りだ。既に他界されている原作者の横山先生が見ることが出来なかったのは残念だが、こうして今後も鉄人28号は受け継がれていくのである。

隣の大丸では「鉄人28号と昭和のくらし展」をちょうど開催していて、こちらにも人間と同じサイズの鉄人28号が展示され、昭和のグッズなどが多く展示販売されていた。また目玉の一つは、鉄人28号のブリキのおもちゃが多く飾られており、中には数百万もするような希少価値の高いモデルも有って、マニアにはたまらない展示である。



そして、新長田駅の近くには、「鉄人案内所」と書かれた看板のある写真屋さんを発見。良く見ると、ここでも鉄人28号オリジナルT-シャツ(敷島重工デザインなど)や、鉄人28号グッズが少し売られており、僕も思わずTシャツを購入してしまった。


また大丸の外の外灯は、鉄人28号の頭部の形をしたものになっており、こちらも粋な計らいである。それにしても観光地では無い、ごく普通のこの町が、町ぐるみで鉄人28号を盛り上げており、いたる所で市民の熱い思いが感じられた。

これでめでたく今回旅の目的であった日程全てをこなし、神戸空港から東京へと帰路についた。それにしても今回の旅行は、僕の好きな「お城」、「手塚治虫」、「ブルース・リー」、「鉄人28号」全てを2日間で網羅したものとなり、本当に最高の思い出となった。このあまりにもマニアックなツアーに、快く付き合ってくれた家族に改めて感謝したい。
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