(長月壱日 朔) 加藤和彦  音楽

「あの素晴らしい愛をもう一度」は私のカラオケの定番だったが、学校の音楽の教科書にも取り入れられていると聞いてから辞めてしまったのはなぜだったのだろうか。教科書という体制への反感とか、そういったものではなく、なんとなく北山修と加藤和彦が遠くなったような感覚だった。

その加藤和彦が軽井沢のホテルで自殺したという。呆然自失というのは今の心境である。日曜でTVでは若さ溢れる石川遼がトップ争いをしているゴルフの日本オープンを見ながらも上の空だった。なぜ彼が死ななければならないのか、死にたいくらいなのは私なのに。自分の能力が並外れたものであればあるほど、現状の仕事との距離に対して躁鬱になってしまったのだろうか。音楽プロデューサーと名乗る人は多いが、所詮は売名と功利の何者でもない。挙句に詐欺など起こした小室など典型的だろう。

しかし、一般人はあのようにいとも簡単に音を操る魔術師に憧れるものである。誰もが若かりし頃ギターを奏で、ギタリストに憧れたのではないか。アイドルのちゃらちゃらしたラブソングに肌が合わなかったためか、フォークの世界で学生生活を送っていた。下宿の隣の学生がセミプロだったので、コンサートのチケットを融通してもらったことも多かった。

加藤和彦はそういう私の青春時代を飾った人だった。最近では大腸がんの啓蒙CMで弾き語りが様になっていたのに、なぜ自ら命を絶ったのだろう。過去の自分が偉大であれば、そのギャップに苛まされたということだろうか。過去に特に実績の無い自分はまだ自殺の資格も無いということかな。                   
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