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2009/5/6

御題 I-10  エドロイ

「いいの?これで」
 背後からかかった声に振り向いた動作に見慣れた金の房の流れはない。
「何をだよ」

 それどころか、短くなった髪ははあの美しい金の色すら無くして夜の闇のような漆黒に染まっていた。
「だからさぁ、これでいいのかってこと」
 そういって肩をすくめる自分も、記憶の彼方の母のような亜麻色に髪を変えていたのだが。
「いいんだよ」
 さも当たり前、と言った声で足を止めた彼の人は息をつく。
「オレといたって幸せになれる訳ねぇし、オレとなれ合ってたら足下掬われる。こうでもしなきゃあ皆で一緒に共倒れ決定、だ」
「……あー、やっぱり」
 最初のは幼なじみに対してだろう。随分前に酷いすったもんだの末に『お前には欲情しないから幼なじみ以上になれるわけない』等とかなり失礼な事を言い放ってから冷戦状態にあった幼なじみの美しい彼女が風の噂で婚約したと聞いたのはほんの少し前の話だ。そしてもう一つの言葉に当たるのは、彼のひとの所有物であるあの、面白い玩具になりそうだった今ではこの国の頂点にまで上り詰めたあの男の事。
「どっちも置き去りか」
「うるせぇ、一緒に来てる奴がそれ言うな」
 はいはい、と答えると留まっていた歩を進め出したその傍らに走りより顔を覗き込む。
「それに」
 ふいに、こればかりは変える事のなかった琥珀の瞳が高く澄んだ空を見上げた。
「大総統の椅子をとるまでって約束だったし、な」
「そんな約束してたんだ?」
「一方的にな。あいつは納得してなかったけどさ」
「って…納得させて来なかったの?!」
 うわぁ、と上げた声に、がしがしと髪を掻き回すと合わせていた視線が逸らされた。
「何も言わずに手紙置いて出てきたからなぁ、今頃蜂の巣つついてんじゃねぇの一人で。まあ皆は知ってるから余計酷い事になってそうな気もしないでもないが」
「全く…」
 縁、というものを大切にする反面、こうやって切り離さなければならない時は冷酷なまでにそれを速やかに行う事を知ってはいたが、まさか本気で捨て置いてきたとは。
「あの人は納得してないとなると色々苦労しそうなんだけど」
「ボケ、何の為に危ない橋まで渉って偽造パスとか色々作ったとおもってんだ。暫くは悠々自適にさせてもらうさ。それに」
 オレがいたんじゃ色々と面倒だからな。
 そういって空を仰いだ兄は、すっかり達観した男の顔をしていた。
 二十歳を超えたばかりだというのに、手に入れた相手が悪かったのか付き合った大人達が悪いのか、それとも元々の性根なのかはもう判らないのだが。それが兄であるという事は、側にいる自分が一番良く知っているし、それを理解するのは自分だけでいいとおもっている。
 それが弟という立場にいる自分の特権。
「本当に、不器用だよなぁ」
「うっせぇよ。それより急ぐぞ、汽車が出る」
 駅は人でごった返し、誰も自分たちを気に留めるような事はない。
 確かに自分たちの捜索は出ているようだが、憲兵達の様子を見る限り暫くは誤摩化し切れるようだ。
「うん、そうだね」
 トランク二つ、たったそれだけを持ち出して向かうはこの国の何処か。
「十年してまだあの椅子に座ってたら、顔でも拝みに行ってあげようか」
「そうだな」
 にやりと、確かに兄が笑みを結ぶ。
「その時は、またオレに溺れさせてやってもいいかも、な」
 この国を救った男のそれとは思えない形に唇を歪ませて。
 金色を隠した二人は、誕生の焔に沸き立つ首都をあとに、した。






御題 I-10『手に入れるために捨ててきたんだ』
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