西 大志の田舎バンザイ!!

北海道苫前郡苫前町字古丹別
昭和50年12月13日生まれ (36歳)
既婚:(妻・子供3人男の子・女の子・女の子)
趣味:サーフィン・野球・下の句かるた
苫前町議会議員(3期目)

 
自分たちの住んでいる町が住みやすい・・・なんてことはいえなくなってきてる今、持続していくには何が必要か!?そんな探求の道は遠く。でもやっぱり田舎は最高ー!だよね^^

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投稿者:daishi
>あえて今日名乗らんさま
はじめまして。お会いしているのでしょうが。
松原さんのお人柄が偲ばれます。
私も、同様に共に酒を飲み交わし、一緒にスポーツを楽しみ、一緒に同じ課題に向かい、そして、色んなことを受け止め、たくさん教えてくれました。

そういう人でした。
投稿者:あえて今日名乗らん
【個人的な話なので申し訳ありませんが】
実は、昨日 連絡があり、ある人の家に 朝 急行しました
職場の人の だんなさんが・・・
救急隊の方が・・・必死の救命も・・・
よる 伺いました 親戚の方 町内会の方 職場の方・・・
彼は おれがこの町で7ヶ月過ごしているなかで 酒を飲み
kitanoの 莫迦な暴言に付き合い  
この街で暮らす自分と関わってくれた 数少ない人物でした

【   合 掌   】19.12.6 自分のブログコピー

投稿者:daishi
>A.sasakiさま
松原さんとAさんと私の大・中・小のアンバランスのようでバランスのとれた関係がなんとも居心地良くもあり、得体の知れない緊張感というか何と言うか、好きでした。

体の大きい兄さんがちょっと中年の兄さんをからかいゲラ笑いをしている姿をみながら、ちっちぇー小僧がそれを見て笑いながら突っ込むと、突っ込み返される。「いい加減にしてくださいよ!」「はっきし言って・・」ってな具合で。

そんな関係は、いつまでも僕の中で存在しています。でも、松原さんもいつまでも俺に頼るんじゃなく教えることは教えてきた。後はお前がしっかり自分自身でよく考えやっていけよということを言ってるのかな!?まだまだ未熟者ですが、その松原イズムを活かすのも、これ以上ない試練というか課題なんだなと思います。

本当に最後まで勉強させてくれますね。

松原さんに教わったこの10年ちょと、私の人生の大きなページであるし、このあとの年月はこの10年を活かすことで松原さんへの恩返しと思い、頑張っていきます。

といっても、いつも頼りにしていた人を失ったことで、おいそれと明日から僕自身、人が変わらないと思いますが、もう一人の頼りどころのAさん、これからいつまで?かわかりませんが少しでいいので頼らせてください。

よろしくお願いします。

4日間、一緒に行動させもらいましたが、Aさんと松原さんの絆の深さを改めて感じていました。

たまに、古丹別にも来て下さいね。
そのときまた、やりましょうね。玄関脇からのスタートでテレビの前の奥に向かって。

頑張って、乗り越えます。
ありがとうございました。
投稿者:daishi
>元職員さま
本当に涙が止まりませんよね。
昨日も、ふと独りで車を運転している時、いつもこの道を通って、職場に行ったり、息子さんの野球の応援に出かけたりしていたんだろうなと思うと・・・本当にいたままれない気持ちでいっぱいです。

昨日は昼から、議会の特別委員会でしてしばらく、役場に詰めておりました。
時折、1階に降りることもあり、松原さんの机に目を向けながらも、職員の皆さんがいっぱいいる中でしょぼくれた顔するわけにはいかないと思いながらこらえていました。

お気持ちお察しいたします。
共にご冥福を祈りましょうね。

投稿者:A.SASAKI
木曜日から日曜日まで、四日間、ほとんどの行動を共にしましたね。
辛かったですね。
damageから立ち直るには時間がかかるとは思いますが、どうか乗り越えて下さい。
弔辞に「ご苦労様、ありがとう」とありましたね。
私も同じく思います。
私の場合は「ごめんなさい」を加えてですが。
彼と親しい方々は、誰もがみな自責の念にかられているのだと思います。
松原チルドレンのあなたのこれからの言動が、みなさんを励ますことに繋がるのかもしれません。
私は無責任にも去っていった人間、とやかく言う資格はないで、お願いするだけです。
どうか乗り越えて「松原イズム」を活かしてください。

投稿者:元職員
今回の出来事は、未だに信じられません。
あまりにも突然過ぎて、受け入れることができません。

お通夜に参列しましたが、町長の弔辞にはがっかりしました。
故人を惜しむ方ばかりが参列しているのに、あのような口調で読まれては、余計に腹立たしく感じました。
事務的に淡々と弔辞を読むくらいなら、町長に読んでほしくなかったです。

この場でこのような事を書くのはイヤでしたが、書かずにいられませんでした。
松原さんのような有能な職員を亡くされているのですから、町側としても、もっと重く受け止めてほしいです。
他に参列した方々も同じような事を言っていたので、私だけが感じた事ではないと思います。

今回の出来事はただただ悔しいです。

松原さん、戻って来てください。
毎日毎日涙が止まりません。。。
投稿者:daishi
>同級生さま
はじめまして。
同窓会の準備などの話もよく聞いていました。また、先輩の同級生はここに残っている方が特に多く、また、個性的なみなさんで私から見ても本当に頼りになる年代のみなさんです。

誰よりも、このふるさとを案じていた先輩です。面倒見が良く、私は最たるものです。
悲しみにくれているこの数日間です。お気持ちお察しいたします。

葬儀参列なされたかどうか存じ上げませんが、非常に多い弔問の方々に先輩の人柄が偲ばれます。私が言うのはおかしな話でしょうが、帰郷の際は寄ってあげてください。よろしくお願いします。
投稿者:daishi
>おかにゃんさま
本当に大きな存在でした。私にとっても、この町にとっても・・・。

もう少ししたら、更に先輩がいないことの大きな痛手を感じるときが来ると思います。

そのとき、おっしゃられたようにしっかりと前へ進みたいし、進まなくてはいけないと思います。今の私があるのも、先輩の教えや共にこのまちのために自分が出来ることをするということの共感の中で沢山のことを勉強させていただきました。

くよくよしていてもどうしようも無いのは十分わかっているんですが、今ひと時、先輩のこと偲びながらいたいというのが本心です。

先輩はいつもおかにゃんさんのコメントを見てくださっていて、「大事にしろよ」と言ってくださっていました。これからも、どうか頼りない自分ですが、よろしくお願いいたします。
投稿者:同級生
今年の夏同級生が亡くなって集まるのは辛いって中学校のクラス会を開いたとき幹事を務めてくれてありがとう。
まさかこんな形で再会するとは思ってもいませんでした。
呑みながらいろいろな話をしたことが頭をよぎります。「今度帰った時にまた連絡するから一緒に呑もうよ」って約束したことがもう叶わないかと思うと涙が止まりません。

友達として淋しすぎるよ。こんなに悲しい思いをさせるなよ。
投稿者:おかにゃん
こんばんは。
本当に偉大な先輩だったようですね。それだけに私も残念でならない気持ちでいっぱいになってきました。
ただ,この先輩のためにも,立ち止まらずにがんばっていこうではありませんか。きっとこの先輩もそれを望んでいるはずです。

欲を言えば,自分自身が,このような先輩のような人間になれればよいのですが(これは自戒をこめて!!)。

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