●「パレスチナ・ニュースソース」のブログが出来ました  イスラエルとパレスチナ、中東

「パレスチナ・ニュースソース」のブログが出来ました。
パレスチナ、レバノン関連ニュースを集めていますので、よろしくです。

パレスチナ・ニュースソース
http://star.ap.teacup.com/palestinia/
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2017/3/18

●2017年3月18日、『食卓の肖像』福岡上映会のお知らせ  映画

2017年3月18日(土) カネミ油症ドキュメンタリー「食卓の肖像」福岡上映会決定!

「食卓の肖像」福岡上映会のお知らせ
2017年3月18日(土) ふくふくプラザ視聴覚室
@14:00受付14:30上映開始
出演者によるトーク16:30〜17:30
A18:00受付18:30上映開始
料金1000円

ふくふくプラザのアクセス
http://www.fukufukuplaza.jp/info/access.html
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2017/3/15

●カネミ油症ドキュメンタリー『食卓の肖像』上映会 開催を考えている方へ  映画

もし、拙作『食卓の肖像』のDVDを借りて、上映会を行ないたいという方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。
もちろん、まず見ないことには判断がつかないかと思いますので、必要なら、サンプルのDVDをお送りし、見て頂き、上映会を行なうか、否かを検討して頂くことも可能です。
とにかく、関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

金子サトシ
携帯 090ー1793ー6627
メール n3946062@yacht.ocn.ne.jp

『食卓の肖像』(DV作品、103分)
取材・構成:金子サトシ
撮影:内野敏郎 金子サトシ 福本淳
スーパーバイザー:土屋豊 OurPlanet-TV

1968年に発覚した戦後最大の食品公害、カネミ油症。40年以上たった現在もその影響下に生きる被害者の人たちを見つめたドキュメンタリー。結婚、出産など、それぞれの人生から今も続く被害の実態が浮かび上がってくる。

*『食卓の肖像』は2011年度キネマ旬報文化映画ベストテンで第10位に選出されました。

(以下、補足)
カネミ油症事件とは
概要  
1968年に、福岡、長崎、広島、山口、佐賀など西日本一帯で発覚した戦後最大の食品公害事件。福岡県北九州市にあるカネミ倉庫株式会社が販売していた食用油、カネミライスオイルを食した人々が健康被害を訴え、翌年までに約1万4千人が保健所などに届け出た。
顔面などへの色素沈着や塩素挫瘡(クロルアクネ)など肌の異常、頭痛、肝機能障害などを引き起こした。また、被害者の母親から皮膚に色素が沈着した状態の赤ちゃんが産まれ、「黒い赤ちゃん」としてニュースで騒がれた。

●映画に寄せられた感想、批評より

「この作品には、女の人って強いんだなあという改めての感動があった。
女の人は周囲のことを丹念に毎日仕切りながら、被害者で身体に障害があっても、私などより本当に生きようという気持ちで生きている。その姿が明るく見える。その明るさは、日常から逃げずに日々を生きていることからくるのだろう。こういう人たちがいて助けあって行く姿、その自然なありようが、私に訴えて来た。

テーマとしては深刻だが、登場する人たちのユーモアを感じる。生活の様子やしゃべっている言葉にユーモアがある。そういうことは重大なことだと思う。

私自身が励まされる楽しさのようなものを感じた。
良い映画だった。」
小野耕世さん(映画批評家)

「「体にいい」もの、「健康に良い」ことが大好きな私たち。
だからこそ、知っておかなくてはならない人々のこと。
今を生きるために、こういう事実は広めないと。」
襟川クロさん(映画パーソナリティー)

「事件は風化する。でも傷は残る。人は苦しみ続ける。ところが需要に応えることが最優先とされるマスメディアは風化に抗わない。ある意味で仕方がない。だからこそドキュメンタリーの意味がある。とても静かな映画だ。耳を澄ませてほしい。声を聴いてほしい。そこにはマスメディアが伝えられない大切なことが息づいている。」
森達也さん(作家・映画監督)

「今も続く戦後最大の食品公害「カネミ油症事件」の実態、命を脅かされた被害者達の食への拘りや生き様にスポットを当てる、渾身の記録映画。被害認定、賠償、差別、偏見、分断…。現況に通じる、近代日本の宿痾を見るようだ。力強く生きる被害者達の希望に満ち溢れた笑顔が印象的。これを書いている今も、福島の小児甲状腺がんのニュースが入る…。今こそ多くの人々に観られるべき映画!」
中川敬さん(ミュージシャン/ソウル・フラワー・ユニオン)

「『食卓の肖像』には、『沈黙の春』のようにデータの提示はない。それにもかかわらずこの映画が確かな説得力を持つのは、被害に遇いつつも必死に現在を生きる人たちの心中の声から真実性が伝わってくるからである。そして生命を脅かすほどの危険な要素が実は食用油という市民生活のかなり身近なところに潜んでいる。その日常生活の危険性を当事者たちの証言から明らかにしたことがこの映画の価値であると思う。」
渡部実さん(映画評論家)

「1事件の「被害者」という以上に「その後の人生を生きる人間」としての側面に興味をもっておられるのだなあ、と独自の視点に感心しました。「告発モノ」でない、静かな映画ですね。」
藤岡朝子さん(山形国際ドキュメンタリー映画祭)

「夫の矢野忠義さんが亡き妻について次のように語るのである。カネミ油症問題の奥の深さに誰よりも先に気づいたのは妻だった。矢野トヨコは私の先輩であり、先生であった、と。ここまで見て私たちは気づくことになる。カネミ油症被害者の人生とは、何ものにも惑わされることなく、物事をまっすぐに見つめることを求める人生であったのだ。」
井川耕一郎さん(シナリオライター)

「奇形児や、正視できないほどの重症患者、発狂した患者などを写したりすれば、事件の非道さを、よりドラスティックに伝達できたかもしれない。
だが私は、金子が希望をカメラにおさめる、希望と言っては甘すぎるだろうが、少なくとも諦念と怒りをノドの奥に呑み込みながら、たとえ強がりだけでも希望を口にしてみせる被害者や、新たな生き方を実践している被害者の動きの近くでこそカメラが回されるという選択に、あえて拍手を送ろう。」
荻野洋一さん(映像演出)

「たいへんすばらしい作品でした。矢野トヨコさんはじめ市民科学者の姿をとらえていると思いました。これからの市民科学者の本流は当事者性が鍵になってくることを示唆しています。医学は医学者のものではなく患者中心になっていくでしょう。患者のからだは患者自身が一番よく知っているからです。患者の声を聞かない学者も官僚も政治家もいずれ立ち枯れていくでしょう。」
瀬川嘉之さん(高木学校)

映画『食卓の肖像』ホームページ
http://www.shokutaku-movie.net/
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2017/2/21

『被ばく牛と生きる』  映画

『被ばく牛と生きる』(松原保監督)。素晴らしいドキュメンタリー。福島第一原発事故後から2か月後、国は警戒地域内にいる全ての家畜の牛を殺処分する方針を出した。それに反対し、牛を生かし続ける少数派の畜産農家の人達を追った作品。これらの被ばく牛は売ることは出来ないし、繁殖することも国から禁じられている。それでも殺すことは出来ないと生かし続けようとする畜産農家の方々。
僕がこの作品でいいなと思ったのは、もちろんこの畜産農家たちの活動の中心にいるのは「希望の牧場」の吉沢正巳さんであり、吉沢さんが活動を続けるのにははっきり原発事故の悲惨さを訴える意図があり、あちこちの原発の集会などで訴えたりもされている方なのだが(僕もある反原発の集会で吉沢さんの話を聞いたことがある)、吉沢さんだけでなくいろいろな立場と思える複数の畜産農家の人達を取材していて、その中にはたとえば町会議員として原発を推進してきた方もいるのだけど、このように吉沢さんだけでなく、立場が違う畜産農家の方も合わせて取材し、映画にまとめたことで、より重層的な作品になったのではないかと思えることだ。つまり、もともとは立場が違う人達が、自分たちが育ててきた牛たちを殺処分することはあまりに理不尽で認められないという、そういう思いでこうした生かし続ける活動をされているのだということがよく分かり、シンプルに牛の命を奪うのは許せないという思いから続けているのだということがよく伝わってくるので、そのことがより家畜はすべて殺処分するべきという国の方針の理不尽さを浮かび上がらせているのだと思うのだ。
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2017/2/13

『虐殺器官』  映画

よくぞこれを映像化したもの。しかも、トランプがアメリカ大統領になったこのタイミングでの公開。この話、あまりにトランプ政権が誕生した今の世界情勢にマッチしているので、このSF的発想力でこれから世界がどうなるのかを考えてみると恐くなりました。
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2017/1/28

『SHARING』  映画

『SHARING』(篠崎誠監督)を、ようやく、ギリギリで。
演劇の練習の繰り返しと夢からさめることの繰り返しということを重ねる構造がうまい作りだなあと思う。
あと、演劇が効果的だと思ったのは、クライマックスの芝居のシーンで真正面からの女優のアップをとらえることが出来る。(芝居を見ている人達に役者が訴えるという形で。)
篠崎誠監督は立教大学S.P.P.出身だけど、立教大学S.P.P.の人達の映画は、特に万田邦敏監督がそうだけど、女優の横顔を撮ることはよくて、女優の横顔や後ろ姿はハッとする撮り方をするんだけど、女優の顔を正面から撮るのは撮り方を見いだせないで来たところがあるように思う。
でも、今回の篠崎誠監督の『SHARING』は、女優の顔を正面から独特の撮り方で撮るということに成功しているように思う。特にラストカットが素晴らしい。
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2017/1/26

『アイ・イン・ザ・スカイ』  映画

ドローンの遠隔操作による現代の戦争。この「見えない」戦争を、いかに「見える」ものとして示すか。この映画は、極めて明快に、「見える」映像を示すことに成功している。
ネット評を見ると『シン・ゴジラ』と並べて語られているようだが、たしかに『シン・ゴジラ』と重なる要素はあるが、『シン・ゴジラ』にはこの『アイ・イン・ザ・スカイ』のように具体的な「映像」そのものはなかった。もちろん、『シン・ゴジラ』には高度な映像編集の技術はあったと思うし、それも何らかの達成であることは認めるけど、『アイ・イン・ザ・スカイ』は巧みな映像編集、語り口だけでなく、観客が凝視することになる「映像」そのものを示している。
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2016/12/31

●「日本記録映画作家協会のブログ」開設のお知らせ  映画

私が事務局長をしている「日本記録映画作家協会」のブログを開設しました。
日本記録映画作家協会では内輪でドキュメンタリーを上映する例会(研究会)を行っています。次回は11月24日(木)午後6時30分からを予定しています。そのお知らせも掲載しています。内輪の会ですが、会員でなくても参加可能ですので、関心がある方は私まで連絡ください。

日本記録映画作家協会のブログ
http://kirokueigakyoukai.seesaa.net/
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2016/11/18

こうの史代『この世界の片隅に』  マンガ

こうの史代は、『夕凪の街 桜の国』という広島の原爆を題材にしたマンガで評価が定着したマンガ家だが、作品としてはむしろ、なんとものどかな、貧乏な若い夫婦の日常生活を描いた『長い道』の方がユニークで面白かった。この、戦争や原爆を題材にしつつ、日常生活を淡々と描く、という両面を達成したのが『この世界の片隅に』だろう。
もっとも、『夕凪の街 桜の国』でもすでにそうした側面は出ていたし、それは、かつての広島の原爆の被害を描いた「夕凪の街」のパートを、現在の広島を描いた「桜の国」のパートが補完していくという時間の処理の手法にあったし、『夕凪の街 桜の国』が高く評価されたのはまさにこのような構成で、現在の日常的な視点から広島の被害を見直していくということを成功させたからだろう。そして、この手法は実は『この世界の片隅に』でも踏襲されていて、それは時間ではなく、場所を広島と呉の2つに設定したことで、広島の原爆被害を、呉の日常生活からとらえるという構成をしているのだと思う。
このように、こうの史代の本領は、戦争や原爆の被害、あるいは貧しい夫婦の生活を描きながら、描かれるのは、日常の生活細部のささやかな発見である、という点だろう。
これこそは、実は、ある種の少女マンガ、たとえば大島弓子『綿の国星』が行おうとしてきたことを引き継いだものなのであるし、正しき(という言い方は変だけど)サヨクの方法論なのだと思う。
貧しいからこそ日常生活のすみずみを見つめて世界を夢想してしまおうというのがサヨクの方法論だったのではないのかな?
こうした夢想力をなくしてしまうと、「お花畑」でなく厳しい現実を見つめるとか言って、他人を排斥したりするようになるのだろう。(今のトランプ現象の背景。)
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2016/11/18

トランプと沖縄の在日米軍撤退  時事問題

トランプが沖縄の在日米軍を撤退するという話をすんなり真に受けられないというのはもっともであるが、しかし、それに対して、左翼の側からそんなことにはならないだろう、結局、むしろ、日本側の米軍への思いやり負担をさらに増やせという話になるだけだろうと指摘することに積極的な意味があるとは思えない。なぜなら、左翼の側は辺野古基地反対、沖縄の在日米軍撤退を、とこれまで言ってきたのだから、トランプがそれを主張するならそれに便乗してそのことを訴えるのが筋であるはずなのに、トランプが言うのは信用ならないとばかり言うのであれば、左翼のやつらはころころ言うことを変えているなあと言われるだけだし、実際にそう言われている。
ここは、戦略として、トランプの言葉を心底から信じているわけではなかったとしても、トランプが沖縄の在日米軍を撤退すると主張するのならそれに便乗してそのことに賛同するべきだろう。
しかし、右翼の側からもそれに賛同する意見があるが、それは在日米軍撤退、いいだろう、それなら日本は自衛隊が守ることにして、さっさと憲法を変えて自衛隊をさらに増強しようという考えなのだろう。左翼の側はそれにも反対であるわけだが、そうすると、左翼の側の主張は、沖縄の在日米軍撤退が実現して、なおかつ、憲法を変えて自衛隊を増強しなくても、現在の世界秩序を守る、日本の平和を守ることは可能であるという考えだと言えるだろう。そう考えるのあれば、本当にどうすればそのようなことが可能なのか、きちんと考え、人々を説得できる論理を身につけていかないといけないのだろう。
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2016/10/26

『過激派オペラ』江本純子監督  映画

『過激派オペラ』江本純子監督
うわー、よくも悪くもやっぱり時代は少しずつ、変わってきていて、こういう映画が出てくる時代にいつの間にか、なっていたんだなあということを実感させてくれる作品。しかし、江本純子の、自身のセックスの欲望で劇団を作り芝居をしているというしょうもなさを描いたセルフパロディとも言える作品でありながら、しょうもなさなんてどこかに吹き飛んでしまって清々しい映画になっているのが凄いよね。やはりやっていることが本質的にラジカルだからなのか。もちろん、そのラジカルさをホースで水浴びなどの具体的な映像で見せていて、とにもかくにも映画になっている。
ちなみに、さりげなくカサベテスへのオマージュ(?)も。
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2016/10/21

『ハトは泣いている』  映画

松本武顕監督のドキュメンタリー『ハトは泣いている』を見た。松本さんは、私の師匠、故 浅野辰雄監督の助監督をかつてされていたことがある方で、つまりは私の兄弟子にあたる人だ。
中垣克久氏の立体作品が現政権を批判しているからと都の美術館から撤去された事件と、さいたま市の公民館が「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という俳句を月報に掲載拒否した事件の顛末を追いかけたものである。作品撤去や掲載拒否といった表現の自由にかかわる重大事を題材にしているものの、それらは公害のように症状をともなう被害者がいるわけではないのでいわば目に見えない被害だし、そうした題材で130分という長さの映画はどうなのかと見る前は思っていたのだが、飽きることなく見ることが出来た。何より、被写体の中垣さんが魅力的。深刻な題材の立体作品、彫刻作品を作っているのだが、この人には言葉の端々にユーモアがある。また、俳句の会の方々の言葉にもユーモアを感じた。今の時代に表現の自由がなくなってきているという深刻なテーマを扱っていながら、ユーモアを感じ、ところどころで笑える映画になっている。もともと被写体の方たちが魅力的だったことと、松本監督がうまくインタビューで誘導してそういう魅力的な言葉を引き出しているところがあるのではないかと思う。良作。
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2016/10/5

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』  映画

アニメ、もう1本、傑作を見ていた。

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』トム・ムーア監督
この、アイルランド神話をもとにした優れたアニメーション映画は、ジブリ作品、宮崎駿監督作品の影響を受けているようだが、それは絵柄のタッチやユニークなキャラクター造型だけでなく、結局、善と悪の対立といった視点は無効化してしまう物語であることからもうかがえるだろう。
かつて僕は宮崎駿について以下のように書いた。
「宮崎駿は、端的に勧善懲悪、善人対悪人みたいな話に集約されるようには物語を描かない作家です。イーストウッドと同じ。宮崎の場合は、その世界を、 変なキャラクターを出すことで成立させているのです。つまり、妖怪なんだけど、妖怪だから悪とは言えない。
 とにかく、妖怪がユニークで、変なんですね。トトロにしても、カオナシにしても、善悪をそのユニークさでこえている。見てて「変なの、おもしろーい!」と見てしまうから、妖怪は悪い奴ということをこえてしまう。人間(人類)が善で、妖怪が悪といった区分けをこえてしまうわけ。」
このような、宮崎駿的な、キャラクター造型のユニークさで善と悪の概念を踏み越えてしまうということを、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』のトム・ムーア監督 は踏襲していると言えるのだけど、さらに物語の構造上に善と悪の対立の概念を無効化する構造を持ち込んでいる。
端的に言って、『ソング・オブ・ザ・シー』は、人(妖精も含む)は複雑な感情を持っていてめんどうだから、魔法の力で感情がない石にしてしまうという魔法の使い方をしてしまい、それを解き放つという物語なのであるが、結局、これは人間と妖精の対立、善と悪の対立といった概念は無効化されていると言えるのだ。
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2016/10/5

『君の名は。』  映画

ようやく、新海誠監督『君の名は。』を鑑賞。タイムパラドックスの処理の仕方に疑問が残る点はあるものの、新海誠監督の作家性というのか、『ほしのこえ』以来、SFものでありながら携帯など、日常的なアイテムで少年、少女の気分をとらえる遠距離恋愛ものという、やっていることの一貫性はそのままで、今回はスケール大きな話も取り込みエンタメ作品にしてしまったという、作家性はそのままでエンタメとしてスケールアップしてしまったという力量には素直に感嘆するべきなのだろう。亡き、かがみあきらの路線の最上の達成ではあるのだろう。
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2016/5/10

映画紹介『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』  映画

ポレポレ東中野で上映中の『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』について、下記の紹介文を書きました。

映画紹介 『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』

 『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』(古居みずえ監督)は、2011年3月に起こった福島原発事故により全村避難となった福島県飯舘村の人たちの避難所での生活を追ったドキュメンタリー映画である。菅野榮子さん、菅野芳子さんという2人の女性を中心に追いかけている。菅野榮子さんは、農家だけあって避難所でも畑を借り農作物や植木を育てていて、自給自足の生活をしている。また、菅野榮子さんと菅野芳子さんは、「ばば漫才」と言いながら、しょちゅう冗談を言い合っていて、なんともたくましい。2人の掛け合いがあまりに面白いので、この映画の試写会場では何度も笑いが起こっていた。原発事故からの避難生活の悲惨さを描いているのかと思って見に行ったのだが、ちょっと異なる印象を受けた。飯舘村民が国と東電に賠償申し立てをするシーンなども出てくるのだが、この映画の中心は飯舘村の母ちゃんたちが避難所生活をバイタリティたっぷりに過ごしている姿なのである。
 こう書くと、原発と放射能被害を告発する映画とは違うようだが、しかし、実は飯舘村は日本の原風景を残した農村地帯で、昔ながらの村落共同体が成立していた地域である。菅野榮子さんが避難所にあっても農作物や植木を育てているのは、いわば、原発事故により失われた村落の場を取り戻そうとしている行為だと言えるのではないだろうか。こう考えると、この映画は、原発と放射能被害を直接的に訴えているわけではないが、その中で抗って生きている人たちの日常を深く見つめて描き出した映画なのではないかと思えてくる。
 古居みずえ監督は、5年の歳月をかけて、じっくりと飯舘村の人たちを追い続け、映画の製作資金の調達も含めて様々な困難を乗り越え、この映画を完成させた。その古居監督の粘り腰によって、避難生活を送る人たちの精神性を深くとらえだすことが出来たのではないかと思う。
 東日本大震災と福島原発事故については、多くのドキュメンタリーや劇映画がつくられ続けている。むしろ、安易に題材に寄りかかって映画を次々とつくり過ぎているのではないかという批判もあるようだ。しかし、同時代に起こった未曽有の震災と原発事故に日本の映画人たちは衝撃を受け、それぞれのやり方で取り組まないではいられなかったのだろうし、こうして数多くの東日本大震災と福島原発事故に関わる映画をつくり続けていることは日本の映画人の良心と言えるのではないかと思う。
( 『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』は5月7日よりポレポレ東中野で公開。以降、横浜シネマリン、名古屋シネマテーク、大阪・第七藝術劇場ほかで公開。)
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