●「パレスチナ・ニュースソース」のブログが出来ました  イスラエルとパレスチナ、中東

「パレスチナ・ニュースソース」のブログが出来ました。
パレスチナ、レバノン関連ニュースを集めていますので、よろしくです。

パレスチナ・ニュースソース
http://star.ap.teacup.com/palestinia/
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2016/12/31

●カネミ油症ドキュメンタリー『食卓の肖像』上映会 開催を考えている方へ  映画

もし、拙作『食卓の肖像』のDVDを借りて、上映会を行ないたいという方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。
もちろん、まず見ないことには判断がつかないかと思いますので、必要なら、サンプルのDVDをお送りし、見て頂き、上映会を行なうか、否かを検討して頂くことも可能です。
とにかく、関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

金子サトシ
携帯 090ー1793ー6627
メール n3946062@yacht.ocn.ne.jp

『食卓の肖像』(DV作品、103分)
取材・構成:金子サトシ
撮影:内野敏郎 金子サトシ 福本淳
スーパーバイザー:土屋豊 OurPlanet-TV

1968年に発覚した戦後最大の食品公害、カネミ油症。40年以上たった現在もその影響下に生きる被害者の人たちを見つめたドキュメンタリー。結婚、出産など、それぞれの人生から今も続く被害の実態が浮かび上がってくる。

*『食卓の肖像』は2011年度キネマ旬報文化映画ベストテンで第10位に選出されました。

(以下、補足)
カネミ油症事件とは
概要  
1968年に、福岡、長崎、広島、山口、佐賀など西日本一帯で発覚した戦後最大の食品公害事件。福岡県北九州市にあるカネミ倉庫株式会社が販売していた食用油、カネミライスオイルを食した人々が健康被害を訴え、翌年までに約1万4千人が保健所などに届け出た。
顔面などへの色素沈着や塩素挫瘡(クロルアクネ)など肌の異常、頭痛、肝機能障害などを引き起こした。また、被害者の母親から皮膚に色素が沈着した状態の赤ちゃんが産まれ、「黒い赤ちゃん」としてニュースで騒がれた。

●映画に寄せられた感想、批評より

「この作品には、女の人って強いんだなあという改めての感動があった。
女の人は周囲のことを丹念に毎日仕切りながら、被害者で身体に障害があっても、私などより本当に生きようという気持ちで生きている。その姿が明るく見える。その明るさは、日常から逃げずに日々を生きていることからくるのだろう。こういう人たちがいて助けあって行く姿、その自然なありようが、私に訴えて来た。

テーマとしては深刻だが、登場する人たちのユーモアを感じる。生活の様子やしゃべっている言葉にユーモアがある。そういうことは重大なことだと思う。

私自身が励まされる楽しさのようなものを感じた。
良い映画だった。」
小野耕世さん(映画批評家)

「「体にいい」もの、「健康に良い」ことが大好きな私たち。
だからこそ、知っておかなくてはならない人々のこと。
今を生きるために、こういう事実は広めないと。」
襟川クロさん(映画パーソナリティー)

「事件は風化する。でも傷は残る。人は苦しみ続ける。ところが需要に応えることが最優先とされるマスメディアは風化に抗わない。ある意味で仕方がない。だからこそドキュメンタリーの意味がある。とても静かな映画だ。耳を澄ませてほしい。声を聴いてほしい。そこにはマスメディアが伝えられない大切なことが息づいている。」
森達也さん(作家・映画監督)

「今も続く戦後最大の食品公害「カネミ油症事件」の実態、命を脅かされた被害者達の食への拘りや生き様にスポットを当てる、渾身の記録映画。被害認定、賠償、差別、偏見、分断…。現況に通じる、近代日本の宿痾を見るようだ。力強く生きる被害者達の希望に満ち溢れた笑顔が印象的。これを書いている今も、福島の小児甲状腺がんのニュースが入る…。今こそ多くの人々に観られるべき映画!」
中川敬さん(ミュージシャン/ソウル・フラワー・ユニオン)

「『食卓の肖像』には、『沈黙の春』のようにデータの提示はない。それにもかかわらずこの映画が確かな説得力を持つのは、被害に遇いつつも必死に現在を生きる人たちの心中の声から真実性が伝わってくるからである。そして生命を脅かすほどの危険な要素が実は食用油という市民生活のかなり身近なところに潜んでいる。その日常生活の危険性を当事者たちの証言から明らかにしたことがこの映画の価値であると思う。」
渡部実さん(映画評論家)

「1事件の「被害者」という以上に「その後の人生を生きる人間」としての側面に興味をもっておられるのだなあ、と独自の視点に感心しました。「告発モノ」でない、静かな映画ですね。」
藤岡朝子さん(山形国際ドキュメンタリー映画祭)

「夫の矢野忠義さんが亡き妻について次のように語るのである。カネミ油症問題の奥の深さに誰よりも先に気づいたのは妻だった。矢野トヨコは私の先輩であり、先生であった、と。ここまで見て私たちは気づくことになる。カネミ油症被害者の人生とは、何ものにも惑わされることなく、物事をまっすぐに見つめることを求める人生であったのだ。」
井川耕一郎さん(シナリオライター)

「奇形児や、正視できないほどの重症患者、発狂した患者などを写したりすれば、事件の非道さを、よりドラスティックに伝達できたかもしれない。
だが私は、金子が希望をカメラにおさめる、希望と言っては甘すぎるだろうが、少なくとも諦念と怒りをノドの奥に呑み込みながら、たとえ強がりだけでも希望を口にしてみせる被害者や、新たな生き方を実践している被害者の動きの近くでこそカメラが回されるという選択に、あえて拍手を送ろう。」
荻野洋一さん(映像演出)

「たいへんすばらしい作品でした。矢野トヨコさんはじめ市民科学者の姿をとらえていると思いました。これからの市民科学者の本流は当事者性が鍵になってくることを示唆しています。医学は医学者のものではなく患者中心になっていくでしょう。患者のからだは患者自身が一番よく知っているからです。患者の声を聞かない学者も官僚も政治家もいずれ立ち枯れていくでしょう。」
瀬川嘉之さん(高木学校)

映画『食卓の肖像』ホームページ
http://www.shokutaku-movie.net/
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2016/5/10

映画紹介『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』  映画

ポレポレ東中野で上映中の『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』について、下記の紹介文を書きました。

映画紹介 『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』

 『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』(古居みずえ監督)は、2011年3月に起こった福島原発事故により全村避難となった福島県飯舘村の人たちの避難所での生活を追ったドキュメンタリー映画である。菅野榮子さん、菅野芳子さんという2人の女性を中心に追いかけている。菅野榮子さんは、農家だけあって避難所でも畑を借り農作物や植木を育てていて、自給自足の生活をしている。また、菅野榮子さんと菅野芳子さんは、「ばば漫才」と言いながら、しょちゅう冗談を言い合っていて、なんともたくましい。2人の掛け合いがあまりに面白いので、この映画の試写会場では何度も笑いが起こっていた。原発事故からの避難生活の悲惨さを描いているのかと思って見に行ったのだが、ちょっと異なる印象を受けた。飯舘村民が国と東電に賠償申し立てをするシーンなども出てくるのだが、この映画の中心は飯舘村の母ちゃんたちが避難所生活をバイタリティたっぷりに過ごしている姿なのである。
 こう書くと、原発と放射能被害を告発する映画とは違うようだが、しかし、実は飯舘村は日本の原風景を残した農村地帯で、昔ながらの村落共同体が成立していた地域である。菅野榮子さんが避難所にあっても農作物や植木を育てているのは、いわば、原発事故により失われた村落の場を取り戻そうとしている行為だと言えるのではないだろうか。こう考えると、この映画は、原発と放射能被害を直接的に訴えているわけではないが、その中で抗って生きている人たちの日常を深く見つめて描き出した映画なのではないかと思えてくる。
 古居みずえ監督は、5年の歳月をかけて、じっくりと飯舘村の人たちを追い続け、映画の製作資金の調達も含めて様々な困難を乗り越え、この映画を完成させた。その古居監督の粘り腰によって、避難生活を送る人たちの精神性を深くとらえだすことが出来たのではないかと思う。
 東日本大震災と福島原発事故については、多くのドキュメンタリーや劇映画がつくられ続けている。むしろ、安易に題材に寄りかかって映画を次々とつくり過ぎているのではないかという批判もあるようだ。しかし、同時代に起こった未曽有の震災と原発事故に日本の映画人たちは衝撃を受け、それぞれのやり方で取り組まないではいられなかったのだろうし、こうして数多くの東日本大震災と福島原発事故に関わる映画をつくり続けていることは日本の映画人の良心と言えるのではないかと思う。
( 『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』は5月7日よりポレポレ東中野で公開。以降、横浜シネマリン、名古屋シネマテーク、大阪・第七藝術劇場ほかで公開。)
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2016/4/28

『コップ・カー』  映画

まさに、アメリカ映画らしいアメリカ映画。たとえば『スタンド・バイ・ミー』とかのいいところを、しかし、もっとワイルドに成し遂げてしまっている感じ。というか、『スタンド・バイ・ミー』なんて良質の子ども映画みたいで全然、好きじゃないけど、この『コップ・カー』は冒頭のシーンからこれは良質の子どもの映画ではありませんよと宣言しているかのよう。こういうアメリカ映画、いっぱい見てきたはずなんだけど、でもこんな風に見事に「アメリカ映画的!」とはどういうことかを示してみせた映画はなかなかなかったような気もする。
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2016/3/26

(終了)『食卓の肖像』沖縄上映会のお知らせ  映画

(下記の『食卓の肖像』、沖縄上映会は終了しました。)

唐突だが、『食卓の肖像』、沖縄で上映会!

●「海燕社の小さな映画会2016 3月会」『食卓の肖像』(監督:金子サトシ/103分)3月26日(土)14:30〜/沖縄県立博物館美術館講座室/1000円
(問合せ)海燕社 電話098−850−8485
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2016/3/8

『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』  映画

『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』(古居みずえ監督)先行上映会へ。
うわ、ここに出てくる菅野榮子さん、菅野芳子さんという飯舘村の母ちゃんたちはなんてバイタリティがあって、たくましいんだろう。飯舘村から避難生活を続けているのだが、農家だから当たり前だけど自給自足していて、避難所でも植木を育てて、飯舘村にいた頃の「場」を作り出している。
しかも、笑える。映画上映中、観客は絶えず笑っていた。笑えるシーンが満載。全然、違う映画だけど、ある意味、原一男の『全身小説家』のように笑える。笑えるドキュメンタリーって、凄い。
でも、一方で、あまりにこの飯舘村の母ちゃんたちはバイタリティがあるので、原発事故からの避難生活の悲惨さ、切実さが逆に伝わらないところがあるのかも…。こういう比較をするのは失礼かもしれないが、たとえば双葉村の人達の避難生活を追いかけた堀切さとみ監督の『原発の町を追われて』のような切実さは(たくましすぎるので)ちょっと感じられないかも…とふと思う。
古居監督もそう思われたのかは分からないけど、村長や役人の説明会のシーンや、飯舘村民の賠償請求申し立てのシーンを入れたりして、訴えるところも入れているんだけど、でもやっぱり避難生活の日常を描いたシーンのほうがひきつけられてしまうもので、どうも放射能被害を訴えるシーンがうまくかみ合っていないような気がする。
そこが、ちょっと、うーんと思いつつ、見ていったのであるが…、しかし、しかし、なんと言えばいいんだろう。最後まで見ると、なんとも言えない寂寥感が浮かび上がってくるんだね。おそらく、これは飯舘村の母ちゃんたちを、古居監督のほうもじっくり粘り腰で5年間、追いかけた成果なのではないだろうか。そういう寂寥感というのか、空気みたいなものなんだけど、おそらくそれを出すために、そこに至るために、古居監督はこの映画をじっくり撮り続け、撮り上げたのではないだろうか。そういうことが伝わってくる力作でした。
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2016/2/29

肥田舜太郎先生の2011年3月19日講演会、再アップ  原爆・原発問題

肥田舜太郎先生のドキュメンタリー映画『ヒロシマ、そしてフクシマ』が公開されるので、唐突に再アップします。
肥田舜太郎先生が2011年3月19日に行なった講演会の一部をユーチューブにアップロードしたものです。

大人たちのつくった世界(制作 つーじー、金子サトシ)
http://www.youtube.com/watch?v=SAM6U5C_viA
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2016/2/24

日本国憲法の憲法9条は世界の憲法の中で決して孤立した条項ではなかった!  時事問題

日本国憲法の憲法9条は世界の憲法の中で決して孤立した条項ではなかった!
いまさらだが、衆議院憲法調査会事務局、安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会(平成 15 年 7 月 3 日の参考資料)の、
「日米安保条約
「憲法第 9 条(戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認)について〜自衛隊の海外派遣をめぐる憲法的諸問題」
に関する基礎的資料」

をじっくり読んだら、そういうことが明記されていた。(←ただし、そう明記していると読むかどうかは読み方にもよるかも。私はそう読んだ。)
とても、興味深い。
以下、引用します。

(引用)
  歴史上いつの時代にも武力紛争が存在し、20 世紀における二度の世界大戦を経た後もなお絶えない現実がある一方で、これまで、国際社会や諸外国において、戦争の廃絶と平和の確保に向けた努力が積み重ねられてきた。このような努力が法文化された古い例として、1791 年フランス憲法の「フラン
ス国民は、征服を行う目的でいかなる戦争を企図することも放棄し、また、
その武力をいかなる国民の自由に対しても使用しない」との規定を挙げるこ
とができる。その後、このような「征服のための戦争」又は「国家の政策の
手段としての戦争」の放棄を定める規定は、フランス第 4 共和国憲法(1946
年)、イタリア共和国憲法(1948 年)、ドイツ連邦共和国基本法(1949 年)、大韓民国憲法(1972 年)等の諸外国の憲法や、ハーグ平和会議(1899 年・1907 年)、国際連盟規約(1919 年)、不戦条約(1928 年)、国際連合憲章(1945年)等の国際条約に盛り込まれるようになった。
 これらの諸外国の憲法や国際条約と日本国憲法とを比較して、学説の多数説からは、前者は、侵略戦争の制限又は放棄に関わるものにとどまっていのに対し、後者は、戦争違法化の国際的潮流に沿ったものであると同時に、
@侵略戦争を含めた一切の戦争、武力の行使及び武力による威嚇を放棄した
こと、Aこれを徹底するために戦力の不保持を宣言したこと、B国の交戦権
を否認したことの 3 点において徹底した戦争否定の態度を打ち出し、際立っ
た特徴を有していると評価されている。他方、現在、150 近くの国家の憲法
において、下表のような形で類型化されるいわゆる「平和主義」条項が設け
られており、日本の安全保障や国際貢献の方策を考える際に日本国憲法の特
異性を持ち出すことは適当でないとの見解も存在する。
  <世界の現行憲法における「平和主義」条項の類型>
類    型 国数 主な国(カッコ内は根拠条文)
平和政策の推進 48 インド(51)、パキスタン(40)、ウガンダ(前文)、
アルバニア(前文)等
国際協和 75 レバノン(前文)、バングラデシュ(25)、ラオス(12)、
ベトナム(14)、フィンランド(1)等
内政不干渉 22 ドミニカ(3)、ポルトガル(7)、中国(前文)、ウズ
ベキスタン(17)、スーダン(7)等
非同盟政策 10 アンゴラ(16)、ナミビア(96)、モザンビーク(62)、
ネパール(26)、ウガンダ(28)等
中立政策 6 オーストリア(9a)、マルタ(1)、カンボジア(53)、モ
ルドバ(11)、カザフスタン(8)、スイス(173・185)
軍縮の志向 4 バングラデシュ(25)、アフガニスタン(137)、モザ
ンビーク(65)、カーボベルデ(10)
国際組織への参加又は国家権力の一部委譲 18 ノルウェー(93)、デンマーク(20)、ポーランド(90)、スウェーデン(10-5)、アルバニア(2)等
国際紛争の平和的解決 29 カタール(5)、ガイアナ(37)、ウズベキスタン(17)、キルギス(9)、中央アフリカ(前文)等
侵略戦争の否認 13 ドイツ(26)、フランス(前文)、バーレーン(36)、
キューバ(12)、韓国(5)等
テロ行為の排除 2 チリ(9)、ブラジル(4)
国際紛争を解決する手段としての戦争放棄 5 日本(9)、イタリア(11)、ハンガリー(6)、アゼルバイジャン(9)、エクアドル(4)
国家政策を遂行する手段としての戦争放棄 1 フィリピン(2-2)
外国軍隊の通過禁止・外国軍事基地の非設置 13
ベルギー(185)、マルタ(1)、アンゴラ(15)、フィリピン
(18-25)、アフガニスタン(3)、モンゴル(4)、カーボベル
デ(10)、リトアニア(137)、カンボジア(53)、モルドバ
(11)、ウクライナ(17)、ブルンジ(166)、アルバニア(12)
核兵器の禁止・排除 11
パラオ(U3)、フィリピン(2-8)、ニカラグア(5)、アフガニスタン(137)、モザンビーク(65)、コロンビア(81)、パラグアイ(8)、リトアニア(137)、カンボジア(54)、ベラルーシ(18)、ベネズエラ(前文)
軍隊の非設置 2 コスタリカ(12)、パナマ(305)
軍隊の行動に対する規制 30 アメリカ(修正 3)、メキシコ(16・129)、ボリビア(209・210)、パプアニューギニア(189)、ザンビア(100)等
戦争の煽動・準備の禁止 12 ドイツ(26)、ルーマニア(30)、スロベニア(63)、トルクメニスタン(28)、ベネズエラ(57)等

(引用、ここまで。)

以下が私の感じたこと。
日本国憲法の憲法9条とまったく同じ条文ではなくても、世界の多くの憲法で、「侵略戦争の制限又は放棄」などの平和主義の条項はもうけられているのだ。日本国憲法第9条は、こうした世界の憲法の流れの中でうまれた条項なのであり、決して世界の憲法の中で特異な条項ではないのではないか?
ここに書かれているように、
「日本の安全保障や国際貢献の方策を考える際に日本国憲法の特異性を持ち出すことは適当でないとの見解も存在する。」
のである。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi033.pdf/$File/shukenshi033.pdf#search='%E6%86%B2%E6%B3%95+%E4%BE%B5%E7%95%A5%E6%88%A6%E4%BA%89%E5%90%A6%E5%AE%9A+%E4%B8%96%E7%95%8C
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2016/2/8

『ビハインド・ザ・コーヴ』  映画

『ビハインド・ザ・コーヴ』、見てきました。
感想としては、全体にあまりに情報がとっちらかっているので、もっと整理したほうがいいのではないかとは思いましたが、でも太地町の人々と、シーシェパードやイルカプロジェクトなどの人たちと、双方の人たちに取材しているので、とっちらかっていても客観的に考えてみることが出来るようになっているとも言えるかもしれません。
割と客観的で公平な立場の人というのか、間にオスロ大学のラーズ・ワロー教授のインタビューが入っているのは良いと思いました。個人的には、この先生の話が一番、納得できるように思いましたので。

私は以前に、自分は日本の調査捕鯨に批判的と書いたけど、私は調査捕鯨というやり方はどうなのかとか、日本がこれだけ国際的な批判をされているのに南極あたりまで行って捕鯨をするのはどうなのかということをこれまで言ってきたので、むしろ、日本は調査捕鯨や南極まで捕鯨に行くのをやめて、日本近海に限って商業捕鯨を行うほうがいいのではないかという考えです。
この映画では、商業捕鯨が出来なくなったので、禁止されない小型のイルカ漁に頼っているという話も出ていましたが、それならいっそう商業捕鯨を再開したほうが相対的にイルカ漁に頼らなくなりイルカ漁をしなくてよくなるということもあるのではないかと思いました。
何より大事なことは、世界には多様な文化や価値観があるのですから、それをいかに平和的、文化的に解決していくか、暴力や軍事による衝突ではない形で解決していくかということだと思います。映画の後半でベトナム戦争の話が出てきたのは、そうしたことを八木監督が訴えたかったのかと思いました。八木監督の意図は、こうした文化的な価値観の違いの衝突を、戦争ではなく、話し合いで文化的に解決していけないかということだと思いました。これは共感できるものだと思いました。
八木監督、このような作品の製作、本当にお疲れ様でした。

以上のように考えていくと、『ザ・コーヴ』にしろ『ビハインド・ザ・コーヴ』にしろ、とにかく映画表現という形で、文化的に訴えようとしているものにほかなりません。少なくとも、映画は暴力ではありません。たとえ内容に批判があったとしても、反論すればいいし、反論する権利は見る人に与えられています。しかし、まず上映されることは守らなければなりません。
なので、『ザ・コーヴ』の映画館上映を求めることと、『ビハインド・ザ・コーヴ』へのサイバー攻撃を非難することはどちらも表現の自由を守るためのものとして、矛盾なく両立することだと改めて私は思いました。
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2016/2/6

映画『ビハインド・ザ・コーヴ』に対するサイバー攻撃は認められない  映画

私自身は、日本の調査捕鯨について批判的で、日本の調査捕鯨に対する批判を何度も書いてきた人間です。
ですが、『ビハインド・ザ・コーヴ』という映画がサイバー攻撃を受けているということを聞き、これは表現の自由に対する侵害であると思います。
『ビハインド・ザ・コーヴ』という映画はまだ見ていず、その映画の内容が私の考えと合致するものなのかは分かりませんが(この映画の紹介から察するに、私はそもそも調査捕鯨に反対なのですから、おそらく私の考えと違うことを主張している映画なのではないかと思いますが)、それとは別に、サイバー攻撃についてはサイバー攻撃をしている側を表現の自由を侵害しているものとして批判するべきであると考えます。
また、産経の記事によると、「ドキュメンタリー映画「ビハインド・ザ・コーヴ 捕鯨問題の謎に迫る」(八木景子監督)の公式サイトや、当該映画館「ケイズシネマ」のホームページが29日夜、閲覧できない状態になった。」とあります。ケイズシネマのホームページが閲覧できなくなったら、『ビハインド・ザ・コーヴ』だけでなく他の上映される映画の情報も見れなくなってしまうのですから、もはや『ビハインド・ザ・コーヴ』という映画だけの問題ではありません。

→捕鯨肯定する映画「ビハインド・ザ・コーヴ」の公式HPにサイバー攻撃か
http://www.sankei.com/smp/world/news/160130/wor1601300009-s.html
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2016/2/1

サタジット・レイ『チャルラータ』  映画

早稲田松竹でサタジット・レイ監督の2本、『ビッグ・シティ』(1963年)『チャルラータ』(1964年)。サタジット・レイ最高傑作と言われる『チャルラータ』をこれまで見てなかったのは不覚だった。
サタジット・レイが生真面目な映画作家…だなんていうのは、どこの誰が作った伝説なんだ!と思わずにはいられない、なんとも荒唐無稽な、不倫メロドラマの傑作。ヒロインの人妻のマドビ・ムカージー(インドの吉永小百合と言うべき)が双眼鏡を手にしていたり、トランプとか、この映画、ディテールが妙と思って見ていると、家の中なのになぜか嵐がやってきて、傘を手にした文学青年が登場するシーンで、この映画が尋常ならざる映画であることが確定になる。そういえば、ウェス・アンダーソンが大好きな映画としても『チャルラータ』は知られているのだが、それも納得の、オーバーラップの印象的な使い方を含めて、まるでダニエル・シュミットが影で微笑んでいるかのような、荒唐無稽なメロドラマの傑作だ。サタジット・レイがこういう映画作家でもあったことを人類は発見し直すべきだろうか。
同時上映された『ビッグ・シティ』を見ると、『チャルラータ』がどうしてうまれたのか、レイが何を考えていたのかの背景も分かるようで、さらに興味深い。
おそらくインドのミュージカル映画があまりにもとんでもないものが多かったから、その対比でうっかりレイの映画は生真面目なインド映画なんて言われてしまったのだろうが、ミュージカルシーンはほとんどなくても、『ビッグ・シティ』『チャルラータ』の2作ともバックの音の使い方は実にユニークで、ちょっとほかの映画にはない荒唐無稽な域に達しているし、音の面だけでもレイが生真面目な映画作家などではなかった、実に豊かな映画作家であったことは改めて考えてみないといけないのかもしれない。
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2016/1/31

『還ってきた男』  映画

『還ってきた男』(竹内雅俊監督、2012年)。2011年3月、福島から東京に自主避難した50代男性を密着取材したドキュメンタリー。監督の竹内は福島原発事故の真実を明らかにしようと思ってこの映画を作ろうとしたようだが、撮影が進むに連れ、被写体の主人公は原発については質問しても何も語らなくなっていってしまう。なので、原発についてはほとんど何も撮れず軌道修正した作品になった。しかし、この作品はいわば行間を読む映画になっているというのか、主人公がストレートに語らないからこそ、主人公の表情などから様々なことを感じることが出来る、実に豊かな映画になっている。ドキュメンタリーというのは、このように、作りてが狙っていたものが撮れず軌道修正することになっても、その軌道修正の過程そのものが形になって作品に結実することが起こり得る。そこが面白い。

*なお、監督の竹内によると、この作品『還ってきた男』のタイトルは、川島雄三のデビュー作のタイトルのパクリとのこと。
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2016/1/18

カネミ油症関連記事(2016年1月15〜17日)  公害・薬害・環境・医療問題

カネミ油症、1月16日に、国、カネミ倉庫、患者(被害者)の三者協議がありました。関連記事です。

患者75%が悩みやストレス カネミ油症調査、厚労省
2016.01.15 共同通信 
 西日本一帯で1968年に起きた食品公害「カネミ油症」の患者約1400人を対象に、厚生労働省が行った2015年度の健康実態調査で、約75%の患者が「日常生活で悩みやストレスがある」と回答したことが15日、分かった。
 調査は12年9月に施行されたカネミ油症の被害者救済法に基づき昨年4〜6月に実施され、今回が3回目。35都道府県の1441人(男性685人、女性756人)が回答した。調査時点の平均年齢は64・4歳。
 日常生活における悩みやストレスについては76・3%が「ある」と回答。最も気になる原因としては「自分の病気や介護」を挙げた人が最も多く32・1%に上った。「収入・家計・借金」が13・6%、「家族の病気や介護」が12・2%と続いた。
 自由記述では「めまいが続いている」「将来、体にどう影響するのか不安」「少しでも効果のある治療法を教えてほしい」などの声が寄せられた。
 カネミ油症は、カネミ倉庫(北九州市)が製造した食用の米ぬか油にポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシン類が混入、油を使って調理したものを食べた約1万4千人が全身の吹き出物や内臓疾患などの健康被害を訴えた。

新支援策、新年度から 患者側、受け入れ カネミ油症
2016.01.17 朝日新聞 西部朝刊 
 国内最大の食品公害とされる「カネミ油症」の被害者支援策について、患者団体、原因企業のカネミ倉庫(北九州市)、国が話し合う3者協議が16日、福岡市であった。国が昨年10月に示した検診手帳の創設など4項目の支援策について、患者側は「極めて不十分」としつつも受け入れる方針を示した。新支援策は新年度から実施する見込み。
 患者側は支援策の抜本的見直しを求め、2世、3世の救済や一時金の増額などを求める要望書も提出したが、国は「困難」とした。
 2012年施行の被害者救済法の付則で、施行から3年をめどに支援策を見直すとしており、厚生労働省などが検討を進めていた。
 新支援策は、(1)検診結果をつづる手帳の創設(2)各地への相談支援専門員の配置(3)漢方薬を用いた臨床研究の推進(4)カネミ側が医療費を負担する「油症患者受療券」が利用できる医療機関の拡大。16年度中に国の基本指針を改定し、順次実施する方針という。
 (小川裕介)

カネミ次世代調査 長期化に患者反発 油症班が概要説明
2016.01.16 西日本新聞 朝刊 
 厚生労働省の全国油症治療研究班(班長・古江増隆九州大教授)は15日、福岡市で開いたカネミ油症の認定患者との会合で、患者2世など次世代を対象にした健康被害の調査概要を説明した。ただ、調査期間が50年以上と長期に及び、調査協力が認定基準の早期見直しにつながるか不透明なため患者側が反発。調査実現は見通せない状況だ。
 研究班は昨年6月の会合で、調査に向けて本格準備に入ると表明。15日の会合では、本人や保護者の同意が得られた2世らから、がんや心臓疾患などの病状を毎年、情報収集することなどを提示しつつ、特有症状の有無について最初に分析結果を出すまでには10年を要するとした。
 これに対し、患者の中には風評被害を恐れて、油症を子どもに伝えていない世帯もあり「早期救済につながらなければ負担を強いる調査に協力できない」との声が出た。研究班は次回会合で、患者側の意向をあらためて確認する方針。
 厚労省によると、油症2世は全国で1200人超。母親の胎盤や母乳を通じ、原因物質のダイオキシン類が体内に移行し、未知の健康被害が懸念されている。
 (竹次稔)

カネミ油症
来年度から漢方薬使う治療研究 3者協議で国 /福岡
毎日新聞2016年1月17日 地方版
 国内最大の食品公害「カネミ油症」の被害者団体と国、原因企業「カネミ倉庫」(北九州市)による3者協議が16日、福岡市であった。国が来年度から漢方薬を使った治療開発の研究を進める方針が決まった。
 救済法が2012年に施行されてから3年をめどに救済措置を再検討し、前回(14年10月)から協議を続けている。厚生労働省によると、漢方薬の研究のほか、窓口で自己負担がなくなる「油症患者受療券」が使える医療機関を増やすことも決まった。
 同省は、被害者側が求める医療費の支援拡充などには否定的な姿勢を続けている。【関東晋慈】
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2016/1/13

瀬川昌治『喜劇 逆転旅行』  映画

瀬川昌治監督『喜劇 逆転旅行』は、なんていうか、まだまだ続くよ、この映画は…という感じが最高すぎる。まさに、「旅行映画」の傑作であるわけだが、ミヤコ蝶々が若いもんの結婚話をまとめに行ったら思わぬ展開になるシーンが象徴的だが、あっと驚く展開があって、映画が次のシーンへと続いていく。
乗客と喧嘩してフランキー堺の主人公が車掌をやめる話になったのに、あっさり次のシーンではそんなことがなかったかのように展開しているし、祭りのシーンでここがヤマ場かと思いきや、あっさりそのシーンは終わり、さらなるラストに向けた展開がある…という調子。
そんな風にあっさりと次のシーンへと展開していってしまう映画なので、ダラダラした映画なのかと言うとそんなことはなく、93分という長さに見事に収まっている。1969年の映画だが、昔の映画人の職人技に驚くしかない。
今回の神保町シアターの瀬川昌治監督特集のチラシには、「泣いて!笑って!どっこい生きる!」というキャッチコピーがついていたが、まさに、「どっこい生きる!」というのか、どっこい、この映画はまだまだ続くよ…という感じだ。瀬川昌治の映画は。
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2015/12/18

「イスラーム映画祭2015」のご紹介(終了)  映画

(以下のイスラーム映画祭2015は大盛会で終了しました。有難うございました。)

私の友人が企画し、主催している映画祭。まさに、今こそ、見るべき映画祭だと思います。皆さん、よろしく。

イスラーム映画祭2015
(12月12日から18日。渋谷・ユーロスペースにて。)

http://cineville.jp/iff/
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