これは、僕は、たまたま先に見たイ・チャンドンの『シークレット・サンシャイン』が似たような話で、そっちの印象が強烈だったので、それほどは来ませんでしたが・・。
でも、個人的な夫婦の話と、社会的事件を平行して見せていくという手法は興味深くは思いました。といって、最初は、こういう風に、実際にあった事件を深めて考察していくのでもなく背景というのか、物語の効果として入れていく・・ってありか?と思ったんだけど(その意味ではちょっと不快な気持ちもして見ていました)、ただ、ああいう事件を起こした人たちも、ちょっとでも自分を支えてくれたり愛してくれる人がいたら、ああいうことにはならなかったかもしれないんですね。それが、リリー・フランキーが妻に言う、「ひとりでもお前を好きなやつがいればいいじゃないか!」みたいな台詞(正確にはこういう台詞じゃないけど、ニュアンスとしてこういう感じの・・)と重なってくるのかな・・と思って、この作品の印象が肯定に変わりました。(もっとも、もしかしたら、これは僕が感じたことで、橋口監督のねらいとは違うのかもしれないけれども・・。とにかく、僕はそう受けとめて、途中までは不快な印象だった作品を、好きになりました。)
引用される事件では、宮崎勤やオウムを題材にしたものよりも、園児殺人事件が印象に残るかな? このもとになっている事件はたしか、母親同士がレズビアン的な関係があったというものじゃなかったでしたっけ? それで橋口監督がこの事件のシーンに力を入れているのかな?と思ったのですが。(もし誤解だったら、すみません。)
ただ、それでも疑問というのか、まあ、単に僕の理解不足かもしれないけど、結局、この夫婦がなぜ続けられたのか? いまいち、ぴんとこないかな・・。これは要するに「できちゃった婚」なんだから、子供が亡くなったら離婚・・してもおかしくないと思うんですが、それでも続けられたのが、まあ、「好きだから」なんだろうけど、結局、わからないと言えばわからない・・。(まあ、これは僕自身が、結婚はおろか、特定の異性と長い年月にわたって付き合った経験がまったくない人間なので、そこらへんのニュアンスがつかめない・・ということかもしれないので、この作品の出来の問題ではないのかもしれませんが・・。)
いずれにしろ、この監督の作品は、監督が学生時代につくった8ミリ映画『ヒュルル・・・1985』からずっと見ているので、たいしたものをつくるようになったなあ・・という感慨はありますが。