2006/8/11

『ゲド戦記』  映画

アーシュラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記』だけではなく、『ゲド戦記』の影響を受けた宮崎駿のマンガ『シュナの旅』を参照している。が、もとネタの『ゲド戦記』そのものに宮崎吾朗監督が愛着があることは伝わって来る。

ル=グウィンという作家は、また僕流に大雑把な物言いをしてしまうのだけれども、反権力ではなく脱権力の物語を描いてきたと言えるのではないだろうか。宮崎駿と同様、左翼作家であることは間違いないけれども、独特のフェミニズム思想(厳密には世間一般に考えられているフェミニズムというのとはちょっと違うル=グウィン独特の世界観のものかもしれないけれども)に基づくル=グウィンの思考は単純に共産主義的世界を賛美するものだとは言えないだろう。『所有せざる人々』はちょっと共産主義を賛美するユートピアの話のように思えるかもしれないが、『闇の左手』は共産主義的世界を批判しているようにも読める。
『ゲド戦記』は魔法の力をいかに使えばいいのかということで葛藤する魔法使いを描いたものである。ここでは魔法使いも万能ではない。使い方を間違えると世界の循環をくずし、魔法使いが魔法を使う力をなくしてしまうことも起こる。権力のために魔法を使う者が賢人とは言えない。真の賢人は魔法を使って権力を持とうとすることを放棄する者なのだ。だからゲドは大賢人と言いながらふらふら旅しているだけでほとんど何もしてないようなやつなんだけど、そういう権力は握らずにひっそりと生きているやつこそが大賢人なのである。魔法を使って権力を握ろうとする男たちをこうした脱権力へと導くのは女たちである。この点がフェミニズムの思想をベースにしている。

ジブリの映画『ゲド戦記』は、『ゲド戦記』5部作(外伝は除く)のうち、第3部『さいはての島へ』、第4部『帰還』のストーリーを下敷きにしているようである。ゲドというより王子、アレンが主人公になっている。ここがまずわかりにくさの要因になっているのかもしれない。つまり、『ゲド戦記』と言いながらゲドが主人公ではない。もともと脱権力を模索する物語なのであるからいわゆるヒーローが出て来るものではないこともあり、ゲドという人物がどういう人物なのか、わかりにくいし、感情移入がしにくいのかもしれない。アレンが主人公として感情移入すればいいのかもしれないけれども、不可解な、自分でもよくわからない影におびえて生きているアレンは感情移入しにくい存在ではある。
いや、自分がかかえる影との格闘の物語ならば、原作『ゲド戦記』の第1部『影との戦い』を映画化すればよかったのだ。これは若き日のゲドの葛藤を描いたものであり、初めて『ゲド戦記』の物語に接する人にはここから入るのがわかりやすいと言えるだろう。(そもそもだからこそこれが第1巻になっているんだろうけど。)
しかし、宮崎吾朗監督は第3部を映画のストーリーの基盤にした。これは父殺しというストーリーのものだったからと考えられる。つまり、当然、宮崎駿の息子の初監督作品だからそうしたストーリーにこだわったのだと思える。そうした作り手の内的必然性はたしかに感じないことはないのだけれども、でも残念ながらこの映画では親子関係がそれほど深めて描かれているわけでもない。もちろん自分でもわからない内面の何かにおびえる少年を描いたものなのだからいちいち行動の理由が明解でなければいけないということはないとは思うんだけれども、それにしても父と子の関係の具体的な描写をもっと盛り込む必要があったのではないだろうか。
また原作では自分の真の名前を知るということが重要な意味を持つのだけれども、映画だけではその重要性がわからないので、真の名前が出てきたシーンの意味がわかりにくいものになっていると思われる。

そもそもこの作品はどういう観客層を想定していたのだろうか? 子供に見せたかったのか、大人に見せたかったのか? 前の投稿「宮崎駿の野心の一考察」で分析したように、宮崎駿には渾沌とした闇の部分を描きたいという要素と、しかしアニメは子供向きにつくらないといけないという部分とで葛藤がありそれが独特の面白さを醸し出していると思うのだけれども、『ゲド戦記』は特に子供向きだからという枠は最初からこえているように思え、それがある種の可能性を感じさせるとともに、どういう観客層に何を伝えようとしたのかがつかみにくい作品になってしまっているようにも思える。
もっとも原作者のル=グウィンがそもそも子供向きとか大人向きとか、SFとかファンタジーといったジャンルわけはこえてしまっているような作家ではあるのだけれども。

「私は、「文学」という制度を構築するのは本質的に政治的行為であり、権力と管理の問題なのだとするフェミニズムの見方に賛同するようになったのです。」(ル=グウィン)
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