「中国、韓国への戦後補償問題についてつれづれと考えると」
時事問題
以前から書いている通り、基本的に僕は靖国神社がA級戦犯を合祀したことに国内問題として反対です。中国が首相の靖国神社参拝に反対しているからとかは関係なく、遺族にもいろいろな考えの人がいるのに、それを無視してA級戦犯を合祀したことに反対なわけです。個人的にはA級戦犯を合祀したのは間違いだったので、靖国神社、自ら分祀するのがいいのではないかと考えます。
なお、靖国神社が分祀は出来ないという見解なのは知っていますが、他の神道の神社で分祀を行なった例は実際にあるようで、神道だから出来ないということはないものと思われます。
と前置きした上で、中国、韓国との関係についてですが、A級戦犯を分祀するとか首相が靖国神社参拝をやめるとかしても解決する問題ではないという気はします。なぜなら問題の本質はそういうことではないと思うからです。では何なのかというと、実質的に中国、韓国の戦争被害者に対して十分な補償がされてこなかったということではないかと思うのです。
中国や韓国の人達の反日感情の根底には戦後補償の問題があるのではないかと思います。中国や韓国の個人の戦争の被害者に対して日本が十分な補償を実質的にしてこなかった、そのため日本は戦争の反省と賠償をしていないという不満が中国や韓国の人達にはあるのではないでしょうか。
ただこれは難しい問題だと思うのは、中国や韓国の個人の戦争の被害者に対して十分な補償がされていないというのは、日本政府だけの責任ではなくて中国政府や韓国政府の責任でもあると思うからです。中国は日中共同声明で賠償を放棄しました。その時の論理が悪いのは日本の指導者層であり民衆ではないからというもので、それがA級戦犯合祀に対して抗議する根拠になっているわけですが、しかし、そのように賠償を放棄し、かわりに経済援助をしてもらうといったやり方では、実質的に個人の戦争被害者に対して賠償が行われずに個人は泣き寝入りするしかないことになってしまいます。それは、日本側だけの責任ではなくそのような形で戦後処理の問題を終結させようとした中国政府のやり方がまずかったためでもあるのではないでしょうか。
韓国にしても、個人への賠償の問題をうやむやにした形で、賠償をすませてしまったようで、これにはアメリカからの圧力もあったようです。その後、1990年代になって個人への賠償問題が浮上したのは冷戦体制が崩壊して、アメリカの圧力で日本政府と韓国政府との間で出来ていた合意が効力を持たなくなったからでもあるようです。(このあたりの経緯は小熊英二『日本という国』を参考にして書いています。)
こうしたことを考えると、中国や韓国の民衆は、戦後補償についての不満をぶつけ抗議をするのは日本に対してというよりまずそのような形で日本と国交回復した自国の政府に対して行うのが筋なのではないでしょうか?
国と国との契約としてそうなっているわけですから、日本政府だってそれを反故にして個人の被害者に賠償をするというのは無理がある話だと思うからです。
だから日本が一方的に悪いという話でもないんじゃないのかなとは思います。
しかし、だからといってせっかく築いてきた日中、日韓関係をこわしてたとえば国交断絶するとかいうのは歴史の逆行だと思うし、賛成できないですが。
ただ僕が言いたいのは、問題の本質は実質的に中国、韓国の個人の戦争被害者に対して十分な補償がされてこなかったということにあるのならば、これを解決しない限り、日本は十分な戦後補償をしてこなかったという中国、韓国の人たちの気持ちは残り続けるのではないかということです。
かといって、国と国との契約ではすでに賠償の問題はすんでいるのならば、個人の戦争被害者にこれ以上、日本が追加で賠償するというのも無理があります。
それではどうすればいいのかということですが、個人的な案としては、このようになったのは日本政府側と中国政府、韓国政府側の双方の責任だと思うので、双方が戦後処理で間違っていたことを認めてそれぞれ謝罪し、たとえば共同で中国、韓国の個人の戦争被害者に対する基金をつくり、半分ずつ、お金を出し合って補償をするというのはどうでしょうか?(中国の個人の被害者には日本政府と中国政府が半額ずつ、韓国の個人の被害者には日本政府と韓国政府が半額ずつという風にお金を出し合う。)
これなら、日本が十分な賠償をしていないという中国や韓国の人達の不満にも、あるいはなぜすでにすんでいる賠償を追加でしないといけないのかという日本国内から出る批判にも、どちらにもある程度、対応できるのではないかと思うのですが。