『詩の新世紀〜24人の現代詩人による』 投稿者: 管理者 投稿日: 2月 9日(月)10時07分48秒
《「美代子、あれは詩人だ。
石を投げなさい。」》 荒川洋治
現代を生きる24人の詩人たちのアンソロジー。かなり幅広く、しかしあくまで第一線の人を集めている。実験的な詩もあり、オーソドックスな詩もあり、フィクショナルなものあり、社会性が濃い詩もあり、多種多様である。詩人は、構成を選択できる。ここが、定型詩と大きく違う点だ。だから、一見するとどうしたって詩のほうが多種多様に見える。近代詩というのは、ある種の強い定型感を持っていたような気がするが、現代詩はより拡散したのか、そのような不思議な定型感はなくなってしまった。詩から、どこか切迫したような凝縮感はなくなってしまった。それは時代のせいなのか。詩を書くことというより、詩人であることに切迫感があったのかも知れない。今の詩を見ると、なんだかその頃と比べて希薄に拡散している。ある意味で健全なことではある。そして、詩自体に切迫感がなくなったから、俳句を詩にしなければ、という切迫した俳人もいなくなった。それも、健全なことなのか。
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谷川俊太郎『夜のミッキーマウス』 投稿者: 管理者 投稿日: 2月 2日(月)12時14分40秒
《夜のミッキーマウスは
昼間より難解だ》
詩人というのは、だいたい実社会では悪口であることが多い。あいつは詩人だからな、なんていうのはだいたい誉めていない。だから、詩人を名乗るのにはきっと勇気がいる。
ところがおそろしいことに、谷川俊太郎はずっと昔から詩人である。しかも実に堂々と、実に自然に詩人である。あの人は八百屋さん、あの人は大工さん、くらいの自然な勢いで詩人である。こんな人は本当に日本には谷川俊太郎以外はいない。そしておそろしいことに、谷川俊太郎は広く多くの人に伝えることを本当に自らの使命と考えて詩人をやっているように思う。これもきっと谷川俊太郎しかいない。世の中には、本当に多くの人に伝えたいと思っているかどうかも疑わしい詩人がたくさんいるように思えるし、仮に広く伝えたいと思っていてもそれを使命だと思っている人はきっといない。その詩人にとっては広く伝えたいという希望でしかない。
谷川俊太郎は、ひょっとすると谷川俊太郎という名の日本にひとつしかない特別な職業なのかも知れない。そう考えると、なんだかおそれおおい。
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柳美里『魚の祭』 投稿者: 管理者 投稿日: 1月29日(木)12時10分57秒
この戯曲は、93年に岸田國士戯曲賞を受賞した、とある。実際に書かれたのはいつなのか明記はないが、おそらく90年の前後ではあるだろう。なんでそんなことを気にするかというと、どうにもここに書かれた家族像に強い時代性を感じたから。話は脱線するが、最近はみんなスキーとか行かなくなって、苗場なんかでもスキー場はがらがらだという話をある女性から聞いた。僕ももうすっかりスキーなんか行ってないけど、確かに90年の前後は行っていた。なんだが、みんながそんなふうにスキー場なんかにせっせと行っていた、そんな時代の家族像という気がする。どういうことかというと、ある種の喧噪と無機質さが同居していた時代。ある意味でもっともぴりぴりしていたし、もっとも性急な時代だった。その性急さはしかし、この戯曲でも微かに書かれているように過ぎ去った時代への郷愁が変形してあの性急さを生んだのかも知れない。ちょうど昭和が過ぎ去った直後だった。この戯曲の中にこんな文章がある。「〈テレビの中で〉アイドル歌手は結里が聞いたことのある歌を歌っている。結里は音程も歌詞も滅茶苦茶なままその歌を大声で歌いたい衝動に突き動かされそうなのを辛うじて堪えている。」この感覚がまさしく時代の喧噪と無機質さを端的に象徴していて、この同じ感覚が人々を熱心にスキー場へと向かわせた。ちなみに、この当時は携帯電話もなければ、インターネットなんてものもなかった。このふたつの登場がやはり、人間関係のあり方を決定的に変えたことは間違いない。みんながスキー場に行かなくなったのも、そのせいかも知れない。少なくとも、スキー場に消費されていたお金は間違いなく月々の携帯電話代に消えているはずだ。
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山口昌男『〈挫折〉の昭和史』 投稿者: 管理者 投稿日: 1月27日(火)17時06分35秒
満州を巡る甘糟正彦、石原莞爾らの物語というのは、そのことの倫理的な問題はともかく、読み物としては抜群に面白い。それにしても、この本を読んでいる限りでは石原莞爾という人物はけっこう損をしている。軍人としてもしくは策士としての能力的にはきっと東条英機などよりは遥かに上だったのだろうが、やたらと上司にかみついたり、勝手な行動が目立ったこともあり、軍人としての最後の経歴は舞鶴要塞司令官。一方の東条は、派閥づくりに余念がなく、反対勢力を陰湿に抹殺し、うまく元老などに取り入り、やがて総理大臣にまでなった――というのが事実かどうか知らないが、少なくともこの本を読むと東条はそのような小役人タイプの男として描かれている。東条はちなみに、日中戦争拡大推進派の急先鋒だったらしい。結果として、日米開戦を決めるのも彼。昭和初期における宰相も含めたそのような人事の動きがもう少し違っていれば、あのような破局的な敗戦は訪れなかったのではないかという指摘もある。
なお、石原莞爾は結構奇抜な言動も目立った。マルクス神社を作れ、とか朝鮮を独立させよ、とか公言していて、結構睨まれたらしい。彼のことを「右翼革命家」だという人もいる。少なくとも、石原は単純な侵略主義者ではなかったし、彼の志は日本でできない革命を満州の地で行うことにあった。彼はどうやら本気で民族平等のユートピアを満州の地に作れると信じていた節さえある。ちなみに、石原はあの極真空手の大山倍達とすら縁があり、彼に大きな影響を与えていたという。
そんな石原と甘糟という二人の傑物による満州物語は、とにかく比類なく破天荒だ。