「雨はやんだか?」。
庭先の花弁に止まったアゲハチョウに聞いては、空へヒラヒラ飛んで行くのを、平然と眺めてる。
故郷、和歌山に帰省すると、いつもこんな感じだ。
ここは都会の渦巻きから遠く離れた、無風の静かな片田舎だ。
別に、退屈だとは思わない。
空間がシンプルなだけだ。
ロックがアートだとか、生きざまだとか、生活が苦しいだとか、お洒落な靴だとか、そんなものは、無意識のうちに、全て都会に置いてきてるんだろう。
都会ってのは、単なるゴミ焼却場だ。
燃えるものと燃えないものを分けてる巨大なカンパニー。
で、しまいに一緒くたになって不完全燃焼を起こし、煙りに巻かれて苦しくなったヤツが、故郷にリフレッシュしに帰って来る。
「じゃあ、田舎の無いヤツはどうすんだよ」、「都会が無いヤツはリフレッシュしっぱなしかよ」、。
そんなことは、環境とか価値観とか総合的なもので、所詮、人それぞれやろうし、知らん。
実家の二階は、弟が置いていった俺の知らないレコードや本や漫画が沢山あって、いつも気がつくと、ベランダの向こうの夕焼けが昔のまま、めちゃめちゃ綺麗で、すると一階からお袋の、「ご飯やでえ」って声がちゃんと聞こえてくる。
>「よう、あんた、俺のロックを聴いてくれ!、
♪♪朝十時に起きて、夜は十時に寝るだけさ〜 OH YEAH!♪」
>「ぼく、そりゃ寝過ぎだよ、寝てる間に一生終わっちまうぜ」
(中島らも/「山口富士夫自伝 ねたのよい)。
今朝は大雨だ。アゲハチョウもいない。
窓から飛び込んで来る前に、
さっさと大阪に帰る。

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