2017/6/23

2時間弱の沈黙を  日常

お久しぶりです。
本日はちょっと、嫌な話かもしれません。
文学フリマ岩手の話と旅の話はこのモヤモヤを書ききってからにしたいと思います。


本日、ある有名人の奥様がお若くして亡くなられました。
ご冥福をお祈り申し上げますのとともに、少し考えさせられたことを書きたいと思います。


あらかじめ初めに申し上げておきますと、私は特段彼女やご主人のファンだというわけではありません。
また万が一ご迷惑がかかるようなことがあってもいけないので、この文では『彼』、そして『彼女』という表記で書かせていただきます。
彼女の訃報に対して便乗記事だと思われる方は、この先はお読みいただかなくても結構です。



 本日、まだ彼女が亡くなる報道がされる前。
ネットのニュースでは『彼』の公式ブログで、『人生で一番泣いた日です』という記事が上がったことが報道されていました。
そして『お察しください』、『改めてご報告させていただきます』とも書かれていました。
察しのいい方でなくても、何となくわかったことだろうと思いました。
彼ら家族に一番来てほしくなかったであろう、『その日』が来てしまったことを。
そのネット記事には彼が今日の午後2時半、仕事の合間に会見を開くことも書かれてありました。


 それまで何となくつけていたテレビを消して、出かけようとしたその時。
テレビを消す瞬間、速報テロップに映ったのは彼女の訃報でした。
「は?!」
私は素で声を出して驚いてしまいました。


 まだ彼の会見まで2時間以上あります。
なのに、どうして訃報が流れているのか?!、と……。
それは、彼のブログにも出てくる『近隣のご迷惑になる』ほど集まっていた『マスコミの方々』の動きでしょう。


 もちろん報道を生業としている方々がおられることは、重々承知しております。
報道の中に身を置き、他よりも良い記事を書かなければいけない。
そういう方々がおられることも。
しかし、なぜ、彼からの言葉を待てなかったのでしょう?
彼からの言葉を待って、新聞・ネット等の記事を書いても、またはテレビ報道をしてもけして遅くなかったでしょう。
彼はきっと彼女のファンのため、有り余るほどの悲しみを抑えて会見を開くことを決めたのだと思うのです。
その思いを踏みにじったも同然です。


 そこまでして、何を伝えたいのでしょうか?
確かに彼は『報道禁止』とは言っていません。
それでも、あと2時間弱の沈黙を彼女の愛した人たちに与えることはできなかったのでしょうか?
人間として、他人の意見を尊重する。
その姿勢はどこに行ったのでしょう?
報道する側に『報道の自由』が保証されているなら、『報道しない自由』もあっていいのではないでしょうか。
私たち見る側に『取捨選択の自由』があるように。


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これは答えのない問いであるかもしれません。
それでも、問い続けなければならない問題であると思います。
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