税理士受験とすい臓がん闘病と音楽について

2013/7/31

Nespresso  
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コーヒーは半分以上がミルクじゃないと飲めない自分が、手軽にエスプレッソを楽しめるNespressoを買ったら、自宅がスタバになったような幸せな時間が訪れた。


百貨店のNespressoショップで販売員さんにすすめられて、「コーヒーだって牛乳入れないと飲めないから、ましてエスプレッソなんて無理」って断ろうとしたら、「そういう方でも美味しいと感じるはずなのでぜひ飲んでみて下さい」って言われて飲んでみたら、美味しくて驚いた。

本体を買うと、スターターキットとして16種類のグランクリュ(コーヒーの粉が入ったカプセルのこと)が付いてきた。このうちから、自分の好みに合う味を確認することができる。
グランクリュは種類ごと10個1セットで販売していて、だいたい800円前後。
表参道のほかは、銀座松屋、三越などにあるNespressoブティックなるところでしか(東京では)売っておらず、入手するのが少し手間。

通販もしているが、大量に買わない限りは送料がかかるので、出かけたついでに買うことにしている。
でも、このついでのときに、お店で試飲をさせてくれるのが嬉しい。
嬉しくて、出かけた場所の近くにNespressoブティックがあると、ついつい家族や友人まで連れて行って一緒に試飲することにしている。
 で、先日も連れて行って一緒に試飲した友人が、マシンを衝動買いしていた。

いやいや、、、楽しすぎる。で、出かけるたびについついグランクリュを買って来てしまう。

2013/7/23

2009.6 最後の買い物  PanCan/すい臓がん
バンを借りて、車いすも折り畳んで乗せて家族みんなでニトリへ出かけたことがあった。
全員、久々に色んな事を忘れたかのように買い物に夢中になった。
私や妹ですら、母をほとんど父に任せっぱなしで自分の買い物をしていた。
母も車いすに座りながら、楽しそうに商品を手に取ったりして、そんな姿は病気が分かってから見た事がなかったので、今もずっと目に焼き付いている。

甥っ子のバースデーもあった。
ケーキを囲んで、母もテーブルに着いて孫たちと写真を撮った。
ガリガリに痩せてしまい、元の母とは全然違う姿なのに妹はカメラを向けたし、母も笑顔を作って孫たちと一緒にカメラに納まった。

6月30日

夕食のあと、私が借りて来たお笑いのDVDをみんなで見ていた。
母は、少し疲れた様子でぼんやりと画面を眺めているような感じで、楽しんでいる風ではなく、仕方ないのだけど少々がっかりした。

私はそのあと自宅へ帰ったが、その夜のこと、一度母が布団に入ったあと、雨が降る音が聞こえると、母は突然飛び起きてベランダに出て夜干ししてあった洗濯物を家の中へ取り込んだそうだ。

これは、数日後、その様子がその直前までの母と違っていたので、妹の印象に残っていたそうだ。

200906261745000 買い物へ出かけるときに撮った後ろ姿。

2013/6/23

2009.7.1 異変  
この日の午前中、妹が母の様子がおかしい、と電話で言ってきた。
初めは、様子がおかしい、じゃなくて「元気がない」と表現していた。

母の姉がこの日見舞いに来る予定だったが、余りの元気のなさに、妹が叔母に電話で見舞いを断ったということだった。

朝からずっとぼんやりとしていて、受け答えもまともにしてくれない、と言うのだ。
妹は、「薬(医療用麻薬)の副作用じゃないか」と言っていて、私もそうなのかも、と思った。

しかし、午後に直接母に会って、それはもっと別の状態じゃないかと感じた。
もちろん、なんだかよく分からないが、椅子に座っていても食事時でも眠っているような感じで、本当に余りに様子がおかしかったからだ。

ネットで調べて、肝性脳症とか、アンモニアが血中に増加した状態とか、とか色々想像してみた。
明日は外来日だが、それまで待ってはいけないような気がして、主治医に電話で母の様子を伝えた。主治医は、「脳症の可能性がある」と言い、念のため入院の用意をして来て下さい、と言った。

2013/5/23

2009.7.2 朝のこと  PanCan/すい臓がん
朝、母を実家に迎えに行くとやはり母はまだぼーっとした様子だった。
パジャマ姿でソファに座っているその足元を見ると、裾から乾いた便の固まりが床に落ちていた。便は灰色と黒っぽい色が半分くらい混じっていた。驚いて声をあげた私に、妹が「しっ」と指を立てて合図をした。

その色について前から知っていたら、もっと前に病気に気付いていたかもしれない。一体いつからそんな色の便が出ていたのだろう。

妹と一緒に反応の乏しい母の手を引いてバスルームで下半身をシャワーで洗った。
乾いた便は下着から足にかけても付いていたので、トイレで始末できずにパジャマを履いてそのうち落ちてきたのだろうか。
余りの急変に意識が付いてこなかったが、口や手は冷静に母の世話を焼いていた。

母はどうしてもう一度身体を洗われているのか、また、生まれて初めてどうして娘たちに身体を洗われているのかについて、何も思っていないのか、不思議に思っていても表現できないのか、ただぼーっとした様子で何の反応もしなかった。

部屋に戻って着替えを用意していると、少ししゃべる様になって「病院は今日じゃなくて明後日行くのよ」と言っていた。
本当は今日が通院日なのに。

2013/4/23

2009.7.2 入院  PanCan/すい臓がん
病院はいつも通り数十分待ちの混雑ぶり。母は車いすから待ち合いのソファに移動したが、支えていないと倒れてしまいそうなくらい身体も不安定で意識レベルも低かった。お願いして、ベッドに寝かせてもらうことにしたがそれでも随分長い時間待った気がする。

横になるとしばらくして嘔吐した。
早くなんとかして欲しい気持ちで、たまたま近くに来た主治医に伝えると、これまで聴いた事のないほど深刻な声でこう言った。

「脳に転移があったかもしれません。深刻な状況です。」

家族で愕然とした。
とりあえず画像診断が必要ということと、やはりこのまま入院と告げられた。


病院の床には複数の色のテープが貼ってあり、それぞれに「採血」「CT」などと書かれているが、階の上下もあり迷路のようだった。
CTへ向かうときは看護師さんが誘導してくれたが、帰りは自分たちだけだったので戻り方が分からなくなってしまった。

すると突然母が
「そこを左よ」「その先を曲がるの」と私と父を誘導した。

母は昔から方向感覚が優れていて、男のくせに方向音痴の父と良いコンビだった。
気付いたら、CTを受けた後くらいから母の様子が元に戻りつつあり、昨日から続いた朦朧とした感じがなくなっていたのだ。

2013/3/30

あめちゃん  


チョコレート遊びを目撃してから、飴ちゃん遊びを開発した。この遊びは現在も飽きずにやってくれる。何度でもやる。キラキラした目で見上げて来るので、どちらかが疲れるまでやり続ける。

2013/3/23

CTの結果で、母が脳梗塞を起こしたことが分かった。

脳梗塞は発見が早ければ回復の可能性は高いが、母の場合は様子がおかしくなってから既に二日が経過しようとしていた。回復の可能性はかなり低いらしい。

脳梗塞を引き起こす血栓ができた直接の引き金にも、心当たりがあった。
毎日何時間も脚を折り畳んで伏せていたあの姿勢だ。いわゆるエコノミー症候群。

妹が母の様子がおかしい、と電話で言ってきたのは翌朝のことだが、私も妹も医療用麻薬の強い副作用だと思っていたし、ただ事じゃないと感じたときですら私も主治医も脳症を疑っていた。

もし、私たちに脳梗塞についてもっと知識があったらと悔やまれる。
加えて、同じ姿勢を長時間取ることの危険性を知っていたら、と。

いやそもそも、手足を伸ばしていられないほどの疼痛を放置していたことが何より悔やまれた。「痛み」を取ることについてもっともっと強く求める事ができていたら、母は脚を折り曲げ続けることなく、きっとこんなことにはならなかったのに。
この緩和医療が手薄だったことは、母の闘病で感じた最大の失敗で、私たち家族が繰り返し悔やみ続けたことだった。


入院手続きを済ませて用意されたベッドは救急病棟の回復室のようなところで、
広い部屋にベッドが2つ。
急な入院のため、普通病棟に空きが出るまでの部屋とのことだった。
看護師さんは優秀な感じの人が多い病棟だったし、広くて明るくて居心地のよさそうな部屋で私は安心したが、母はこれより毎日「退院したい」と言うようになる。

2013/2/23

2009.7.2 左利き  PanCan/すい臓がん
病室にはすぐに脳外科医が来て、かなり普通にしゃべれるようになっていた母に問診をしていた。

「お名前は?」

「生年月日は言えますか?」

「ここがどこだか分かりますか?」

いずれの質問にも、家族や医師たちが驚くくらいに明瞭に答えた。ただ一つを除いて。

「今日は何日ですか?」
「6月30日です。」

すらすらと、2日前の日付を言う母を見て、私と妹は顔を見合わせた。

やはり2日前のあの晩に脳梗塞が発生したのだ。

それ以外の難しい質問にもまったくよどみなく答える母に医師たちは驚いた様子だった。

「う〜ん、おかしいな。。。言葉がここまではっきり出てくるとは。こっち側なのにな。○○さん、もしかして左利きですか?」

そう、母は左利き。
でも昔の人なので、文字を書いたりお箸などは右に直された。でも、料理や裁縫など技術を必要とするものは生涯左だった。

医師は周囲を見渡しながら、母にも
「○○さん、ラッキーですね。普通、この場所に脳梗塞が出ると、言語障害が出るんですが、○○さんは左利きだったために影響が出なかったみたいです。」とニコニコと元気な声で教えてくれた。

2013/1/23

2009.7.2 脳外科  PanCan/すい臓がん
ナースステーションの奥で家族は説明を受けた。
主治医からは、今は脳梗塞の治療が最優先なので癌の治療はしません、と言われた。脳梗塞の状況は癌の進行よりも即命に関わることなので、と。
父が「あとどのくらいですか?」と訊ねると、「お盆まで持つかどうか」と言われた。
のちにこれが関東地方のお盆(7月)を差していた事を知る事になるのだが、そのとき私たち家族は地方の8月のお盆を考えていたため、この表現を恨めしく思う事になる。



脳外科医のICもあった。

今後は数日間血栓予防の点滴をして、その後それが飲み薬になった段階で退院の目処が立つとのことだった。

画像によると母の脳の左側に大きな広い影が広がっていた。脳梗塞を起こした血管は壊死して、元には戻らないと。
それ以外にも小さな脳梗塞の後が多数見られるとも指し示した。
様子がおかしかったのに、それを見過ごしたことが悔やまれてならないことを言うと、医師は自分の父親が脳梗塞で入院したことを話してくれた。
自分は脳外科医なのに、父の異変に気付けなかった。悔やまれるが、そういうものなんだ、と。

母のように複数箇所が同時に梗塞を起こすことは通常はないので、癌が要因となっているはずと言われた。癌は血液の状態を非常に不安定にするので、血栓ができることもある、と。先の主治医とほぼ同じ話だった。

説明を終えた脳外科医と外にいた主治医が並んで歩きながら顔を寄せて話す後ろ姿は、今も目に焼き付いている。

2013/1/12

チョコレート  


チョコレートがどうして絨毯の下に入っていることがあるのか、これで分かったのだ。何度でもやる。

2013/1/5

Mountain Lion  


2008年に買ったiMac。やらないといけないかな、と思いつつ、一度もOSのアップグレードをしないままきてしまった。iCloud使いたいし、iPhoneとワイヤレス同期もしたい。でもまぁ、なくてもそれほど不便を感じなかったこと、何より面倒そう、との思い込みのため、10万ちょいならいっそ新しいiMacを買ってしまおうかなどと考えたこともあったけど。

なんとなく、この年末に勇気を出してアップグレード祭りをやってみることにした。


1:アップルストアにてSnow Leopardを電話注文

私のiMacのOSはLeopard(Mac OS X 10.5)なのでいきなりMountain Lionを載せることができず、まずSnow Leopard(10.6.3)にアップグレードしなければならない。
しかもSnow Leopardは既にオンラインや店頭では販売しておらず、電話注文のみ。1700円送料無料で2日後には家に届いた。
 ちなみにamazonではいくつか販売してるが、3000円以上するので問題外。

2:Snow Leopard(10.6.3)へ

DVDからSnow Leopard(10.6.3)をインストール

3:Snow Leopard(10.6.8)へ

ソフトウェア・アップデートからSnow Leopard(10.6.8)にアップグレード

4:Mountain Lion(10.8)へ

ここでようやくApp StoreがDockに登場するので、App StoreからMountain Lion(10.8)を1700円で購入し、そのままインストール

何の問題もなく使用できた。*


サボり続けたツケが回ってきて大変な手間がかかったけど、たった3400円で古いiMacがまた新しくなった気分。出会った頃の感動が蘇って来た。というのは大げさかもしれないが、アップルストアの人には感謝している。
とても丁寧な対応だったし、他にお困りのことがあったら、と内線番号も教えてくれるサービスぶり。何より最後の一言に感動した。


  お客様のMacはこれからも末永くお使い頂けますよ。




OS X Mountain Lionへアップグレードする方法
http://www.apple.com/jp/osx/how-to-upgrade/

*少々気に入らなかったのはダッシュボードが透明じゃなくなったこと。
画面を見たまま電卓を使うことが多いのでこれには多大なストレスを感じたけど
システム環境設定 ▶ Mission Control で直せた。
マウスのスクロールが逆になって気持ち悪いのはどうしよう。

2012/12/30

良いお年を  


ブルちゃんが台所に入ってきて料理中の父の肩に乗ったりするのが危ないから、アコーディオンカーテンを付けた、とのこと。

半日以上かかって取り付けてくれた工事の人が帰った後に、カーテンの前でウロウロして鳴く様子が可愛いのでビデオを撮り出した直後の出来事。

皆様、良いお年を。

2012/12/23

2009.7.3 入院翌朝  PanCan/すい臓がん


入院翌朝に母は腕をベッドに縛られていたようだった。

どうしてそんなひどいことをするのだろう、と思ったら、夜中ベッドの上に立ちあがっていたのだという。

看護師さんが紙おむつを取り替えるときに私はカーテンを閉めてその外へ出た。

母が看護師さんにこう言っているのが聴こえた。

「まさか自分がこんなの(紙おむつ)をすることになるとはね。恥ずかしいわ。」

情けなさげに言う母の様子は、昨日実家を連れ出したときの様子と比べたらすっかり意識が戻ったということを想像させたけど、それだけに可哀そうでもあった。

着替えさせながら、看護師さんは「おいくつですか?」と声をかけて、母の年齢を聞くと「え〜!とても見えませんよ。お若いですぅ!私の母と同じくらいかと思いました。」って。

後で聞いたら彼女のお母さんは私とたいして変わらないので、お世辞も甚だしいけど、母は嬉しそうな様子だった。

2012/11/28

iPod nano  
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iPod nano (1st generation) 交換プログラムというお知らせメールが届いた。

バッテリー不具合が分かったので、交換しますってことみたい。
ガラスっぽい白がとても気に入っていて、使わなくなった今でも質感は大好き。受験時代に講義を聴くのにも散々お世話になった。
しかし今となっては、ディスプレイのサイズも明るさも容量も実用に耐えうるものではないな、って感じだから、もしこれの新しいのをもらったところで、使うなんて、、、絶対なさそう。

でも、タダだし。申込んでみた。

お持ちの iPod nano が Apple に届いてから、お客様のお手元に交換品が届くまでに約 6 週間かかります。

日曜に集荷に来てもらって、その次の日曜には届いた。

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余りの小ささに、一瞬バッテリーだけ届いたのかと焦ったら、前世代のnanoだった。
送ったnanoは2Gだったけど、こちらのは8G。小さくて携帯性が高いので、またnanoを持ち歩くようになった。ありがとう、Apple!

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  iPod Family

2012/11/23

2009.7.3〜6 子供返り  PanCan/すい臓がん
入院翌日だったか、シーツ交換の間、母と談話室へ出ていたとき、突然にいつもの口調で話しだす母に感動して、せっかくなので「家の留守電に○○さんから心配して伝言残ってたよ。」と伝えてみた。

○○さんは母の小学校時代の同級生で、偶然近所に住んでいることが分かってここ数年行き来している人だ。
でも、親友という訳ではないので母の病状を詳しく知らせていなかったようだ。

「入院してること教える?多分お見舞い来たいっていうかもしれないけど。」と聞くと、母はこれまでになくきっぱり「やだ。」と首を左右にふると「○○さん、好きじゃない。煩わしい。」とやけに明瞭な声で言うので、驚いたけど可笑しくて吹いちゃった。

○○さんはなぜか母をすごく好きでいてくれて、母が海外旅行へ行くと聞けばわざわざお餞別を持参してくれるような人だった。母はいつも「困っちゃうわ」と苦笑いをしていたんだけど、内心は煩わしい、と思っていたんだ。

母はいつも明るくて誰に対しても親切な人だったけど、脳梗塞が母の理性を崩しているのだとしたら、○○さんに対する表現は本心なのだから、尊重するしかないと思った。

ほかにも
入院翌朝から母は指先に心電図データを採るクリップを付けられていたが、これをとにかく外す、外す。
看護師さんや私たちが、「これでデータを取ってるから外しちゃダメだよ」と言ってきかせても、「邪魔なのよ」と言っては、外してしまう。
慌てて付けてあげても、口は別の話をしながらも片方の手でクリップをさりげなく外す。

母はとても真面目な人で、これまでの母だったら病院の看護師さんの言うことを聞かない、なんてとても想像できない。それが数日後には看護師さんが諦めてしまうほどの聞きわけのなさだった。

食事にしても、「まずい。いらない。」

普通に会話するときと、まるで小さい子供のような物言いのときと交互に現れる感じだった。


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