2010/7/23
2009. 7.23 病院を後に。 PanCan/すい臓がん
身体をきれいに拭いて新しいパジャマに着替えさせるということで家族は病室から出された。・・・と思う。
その後、お世話になった病棟の看護師さんが2、3人でお化粧を施してくれたが、その際は「ご一緒に」と声をかけて頂き私と妹と伯母で病室に入った。
看護師さんたちは、2色のファンデーションを選び手の甲で混ぜながら近い色を作り、丁寧に肌にのせていく。なぜかこの場面は、皆にこやかで看護師さんたちも楽しそうにおしゃべりをしていた。とても忙しい病棟の夕方すぎなので、実際は和やかな雰囲気を作ってくれていたのではないか、と今はそう思える。
普段は付けないマスカラまで丁寧に付けてもらい、苦しそうな表情も取れ穏やかな母の寝顔は、よく言うようにまるで生きているかのようだった。
母が病室を出る頃には、肝胆膵外科の担当医師、病棟の看護師、緩和ケア科の医師と看護師、医療相談窓口の方など廊下にあふれ返るほど集まってくれていた。
前日から最後の夜勤を担当した看護師さんが私服に着替えていたがわざわざ挨拶に来てくれたり、最後の入浴をさせてくれた看護師さんがぼろぼろと泣いていたり、悲しい光景だったはずだけど、自分は感傷に浸る余裕がなく、ただただ「お世話になりました」とあちこちに頭を下げることに必死になっていた。
母のストレッチャーは職員用エレベータで6階から下へ、そして裏口へ向かった。1階に着くなり、エレベータに乗り切れなかった人たちが階段で次々に下りて来て、上でご挨拶が済んだと思っていたので、またまたビックリしてしまった。
まるで有力政治家でも見送るかのように何十人もの病院関係者が頭を下げ母の車を見送ってくださって、本当にありがたくも悲しい最後のときであった。

