2006/1/23

馬糞ストーブとアルヒ  Mongolia
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我々は昨年先行して実施されたという発電施設を事細かに調べて、我々のプロジェクトを実施する為には何が必要か確認をした。我々の考え方が固いのか、昨年日本人の手によって施工されたモノは結構な代物だった。例えば本来保護しなければならない電線ケーブルが裸のままで布設されていたり、発電機基礎は、ただ単に基礎があればよいという考え方に基づくモノであって、仕上げを気にするような代物ではなかった。

プロジェクトの条件として納品しなければならないストーブは非常にユニークなものだった。ほとんど手作りの風情を醸し出しており、燃料は炭でもなく、乾燥した馬糞との事だった。確かに草原がほとんどで、あまり森林を見かけない地域では、こうした馬糞が貴重な燃料源なのだろう。我々はこれを簡単に「馬糞ストーブ」と呼ぶ事にした。発電施設が納められている建物は、壁はブロック積みの造りだが、天井は木板でできた簡素なものだったが、発電機の発生する熱とストーブで十分に室内は暖かった。

さて一通り調査が終わって、再び役場に戻ると村長が座って我々を待っていた。
広い広間(あとで聞いたがここは議会場なのだそうだが)に長テーブルが一つ置いてあり、その上に数本のボトルと簡単なキャンディーやお菓子が皿に盛ってあった。村長のほかに数人の男女が入ってきたのをきっかけに、村長がおもむろに立ち上がり、イスに座っている我々に対して挨拶を始めた。
ムンクのやや怪しげな通訳によれば、「冬の最中に遠いところから良く来た。また昨年設置された発電機のおかげで大変助かっている。感謝する。」との事だった。挨拶が終わると、一人の女性が我々全員に対して酌をしてくれた。差し出されたグラスに注がれたのは、以前にロシア人と飲み交わしたウォトカであった。こちらではアルヒという。
内心「ヒェー、ここもウォトカかよー」だったが、村長のもてなしであり、やはり飲まないわけにはいかない。で、全員でまず乾杯。一息で飲み干すのがロシアン流だったが、それはこちらも一緒。飲み込んだ食道から胃袋へとアルヒが染みていくのが判る。
程なくすると、今度は女性の一人が立ち上がりしゃべり始めた。勿論モンゴル語なので、我々には何を話しているのか判らない。
口上が終わると、また全員で乾杯。また暫くすると今度は男性の一人が、同様に何かを話して、また乾杯。あぁ、どうやらボトルの中身が無くなるまでは、これが延々と続くようだ。5回程度廻り飲んで、ようやくボトルが空になった。我々はこれからトソンまで引き返さなければならなかったので、もう一本出してやや名残惜しそうな村長や村の人々に丁重に御礼を申し上げて引き上げた。

辺りはすでに漆黒の暗闇と化していた。空を見上げると満天の星空であった。
当然気温も下がりとても寒いが、寒さを吹き飛ばすようなきらめきであった。
ウランバートルの街中では味わえない星空だ。良く目をこらすと天の川に流れ星が頻繁にあった。日本じゃまずもう見られなくなった夜空だろう。
ここからトソンまでは約3時間。出発は結局午後6時となった。到着するのは9時近くになる。
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