週末に実家に集まる件で、昨夜、弟と電話で話をしていた。しばらく打ち合わせをしたあと、それじゃ、と電話を切ろうとしたときに、弟がぽつりと切り出した。
「あにき、そういえばさ。○○さんちの息子さんだけどさ…」
あっ。思わず小さく声を出して、そして言葉を続ける。そうか、亡くなったか。
ごうちゃん。近所では彼の名を音読みして、みんなそう呼んでいた。わたしより2歳年下で、弟とは3つ違い。小学生の頃には毎日のように草野球や缶蹴りなどに興じた仲だ。近所の子どもたちの人数構成の都合で、必ずごうちゃんとわたしは一緒の組み合わせになり、年長者が混じった相手に果かない挑戦を繰り返す…そんな日々を送っていた。(何故か我われはいつも分の悪い組にまわされるのだ!)
やがて新興住宅地のお決まりごとといった具合に、中学、高校と、我われはそれぞれに生活の場を移し、いつしか近所の子どもたちの交流は無くなっていった。ごうちゃんが十代の若さで白血病を発症したと知ったのは、大学一年生のとき。おふくろから聞かされてのことだった。さらにその後も、情け容赦なく脳腫瘍などといった大病が彼を襲い続けた。「何であの子ばかりなんだろうねぇ」と、おふくろの嘆きを聞かされるたび、自分が青春を謳歌していることにある種の後ろめたさを感じた。
やがて結婚したわたしは実家を離れ、ごうちゃんの存在を意識の底に覆い隠した。彼の話題には触れないよう…そう、つまり逃げ続けた。
「おふくろがさ、ごうちゃんにお線香あげておいで、だって」
ああ、もちろん。そう答えて弟との電話を切る。ごうちゃんのたどった四十余年の、私の知らない彼の道のりについて、泡のような思惟がよぎったが、それをあれこれ言葉にするのは失礼なことだろう。その人の幸不幸を他の人が量るような真似事は不遜だし、もともと幸せなんてものを量ることなどできやしないのだ。
ただひとつだけいえることがある。それはわたしが、今やっと、ごうちゃんと向かい合う時間を迎えたということだ。

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