2010/9/3

一時支店への移動のお知らせ  告知

いやあ、えらい長いこと更新していなかったのですでに読んでくださっている方もいない気がするんですけど、一応。
先月から、ハニカムという服飾メーカーさんのホームページで百日ブログというのをやっております。
もしよかったらそちらを御覧ください。

http://blog.honeyee.com/saoyama/

なんか告知とかあったらそっちでもこっちでもやります。
いまほとんど活動させてもらってないんですけどね。。。(汗
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2010/6/13

だうん、その他  日常

金曜に表参道ヒルズB3スペースオーにて、ショートショートフィルムフェスティヴァルのミュージックショート部門の上映。拙作『だうん』もコンペ外の特別上映という形で上映され、壇上で少し喋った。『だうん』は、構想半月、来日中だったアルノー・デプレシャン監督の宿泊先にお邪魔して撮影したのを皮切りに四日の撮影、三日の編集+小直しで完成した。完成度の高いCGを使ったものなど他の力作を鑑みれば申し訳ないようなお手軽さだが、ここへ来て私も「楽に弾く」というハリー細野氏のニューオリンズ体験(昨夜の「scola」で言ってた)に近づこうとする意志が、というかそれはそもそもミーターズのポーターさんも言ってたんだが、ともあれそっちへ傾いてきたのだった。そのひとつの成果。だから、というわけではないが『だうん』に乗せる音楽は〈アイコ、アイコ〉でも〈ビッグ・チーフ〉でもよかった。またニューオリンズに行きたくなった。
帰宅して南ア−メキシコ戦。パス回しを見ているだけで気持ちよくなり、それなりに酒を入れていたせいでそのまま眠ってしまった。

土曜は映画美学校でやっている「世界のドキュメンタリー」という企画で『AA』が上映され、その質疑応答。3分から7時間半まで。いろいろだ。造形大の人たちも来てくれて、それなりに話が弾んだ。
帰宅してアルゼンチン−ナイジェリア戦。まだ本調子でないものの、時折見せるアイデアに思わず、いいねえ〜、と唸ってしまった。あと両コーチの対照が笑えた。マラドーナさん、ボールに触りすぎwwwひょい、と選手にボールを蹴り渡して、世界に健在をアピールするブエノスアイレスのギャングのボス。
そのハーフタイムにチャンネルを変えると「scola」が映って、いきなりジェームス・ジェマーソンの話から始まったのだ。そのまま終わりのスライのセッションまで釘付け。慌ててチャンネルを戻すが、1−0のままで終了した。

あとはずっと三本のシナリオをぐちゃぐちゃしていた>先週。
22

2010/6/7

トラック野郎風雲録  書物

五月末のことを割愛したが、これは割愛できない。
鈴木則文監督著『トラック野郎風雲録』(国書刊行会)である。
『トラック野郎』シリーズ十本を手がけた監督自らの手で、娯楽映画への熱く、哀切きわまる思いが、まるで彫刻のように丁寧に刻みつけられている。その終焉をはるかに眺め、てめえの金でてめえの企画をやらない会社になんか、なんの郷愁もない、と斬り棄てるいさぎよさ。心から感動する一冊である。

五月末に、オールナイトに先立って監督と、佐々木浩久監督とともにこの本についてのトークショーを池袋・新文芸座で行った。本のなかでも書かれ、当日も語ったが、白眉はなんといっても、若山富三郎が監督に、とある俳優を薦めるくだり。監督とは絶対にあうはずだから、一度一緒にやってみろ、と。実現していたらどんなだっただろう。
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2010/6/7

美しき五月のこと〜その3  ツアー

すでに記憶は曖昧になっているが、つづきを。
そののちの日々、昼はアトリエ会場でいただき、午後は撤収中の、あるいは無人の(この場合は無断侵入である)ジャパン・パビリオンで取材、あるいは打合せなどを続けながら過ごした。で、夜は毎晩、クラウディア・カルディナーレ系美人の給仕してくれるイタリアンで、東京フィルメックスの市山さんや東京国際映画祭の石坂さん(『下女』のリメイクにかなりおかんむりだったのが印象に残った)など、毎度お世話になっている方々を含めた日本の人々と過ごした。で、夜が来ると自然に眠くなる日々。
途中、アトリエのフォト・コールがあって、パレの屋上に行くとホン・サンスとアピチャポンが続けてフォト・コールやっていた。そのときは知らなかったが、いま思うにパルム・ドールと〈ある視点〉グランプリの二人じゃん。ホンさんには声をかけて自己紹介しておいた。
で、最終日はそのホン・サンス『ハハハ』。いや、まあ相変わらず、といえば実に相変わらず。べつに洗練されるわけでもなく、ほとんど『母なる証明』を軽く嘲笑するような、というと穿ち過ぎかもしれないが、なんかそういう話。にもかかわらず、まったく飽きずに見ていられるから不思議。で、相変わらず二の腕の勝利。
同僚、汐巻氏と初日に廣瀬夫妻らと食事した店でランチして別れ、その後再びテリー小山内と会って、パレ近くのゲイ&レスビアンフェスティヴァルの授賞式会場になる、という店でぐだぐだ昼ワインしながら帰路に着く。
帰り道はかなり渋滞していたが、なんとか無事到着。シャルルドゴールでフランス映画社柴田社長とばったり。機内ではべつべつだったが、成田着まで細かくいろいろ重要な話を聞き、JLGのバッジを貰い、大島渚監督へのメッセージTシャツにサインさせていただいた。

で、帰国後もいろいろあったが、割愛。すでに六月である。
第一週は、というか帰国の機内からずっと、四方田犬彦氏との対談のために氏の最近の著作数冊を熟読するのにほとんどの時間を費やしていた。その対談を無事に終え、さらにその翌々日には蓮實先生、黒沢師匠との鼎談最終回。ほとんどこれらの準備だけでへとへとになった。殊に後者は、自分の発案でもあり、かつ人生半ばの大きな仕事のひとつの完結ともなり、終了後はなんだか予想外に感無量な一夜を個人的に過ごした。
で、土曜日は完全オフ、ということで妻と新宿での国際ミネラルフェア。石好き、化石好きの集まる一種独特のコミュ。始祖鳥の化石でどうしても欲しいやつがあったが、七万円とはいまの自分には高額過ぎて断念。漫然と満員の西新宿をあとにした。
そして本日はさいたま芸術劇場まで出かけ、蜷川&井上『ムサシ』。思いのほか、悪くなかった。というか今後の自分の仕事の方針を深く考えさせられた。

というわけで、ようやく現在に追いついた。しかし明日からはあまり書くこともないだろう。

9

2010/5/29

美しき五月のこと〜その2  ツアー

で、カンヌである。
泊まったのは中心部のずっと西側、La Boccaのマルシェ傍にあるCannes Beach Residence。自炊用具付き。ゲストルーム付き。しかし無線ランはロビーのみ。パレまで10分シャトルバスは20時まで。到着は21時、ということで、歩いてみようと歩きはじめたはいいが、方向間違えるわ道に迷うわで一向にたどり着けず。へとへとになり、仕方無しに飯を食う約束をしていた廣瀬純に電話してタクシーで迎えに来てもらう。歩くのは無理、と笑われる。グランドホテルの裏辺り、アンティーヴ通りから少し駅側に上がったところのパテの旨い店で遅い晩飯。ジャ・ジャンクーに「ジャ・ジャンクー」と呼びかけても応えてくれない、という話。ジャ・ザンケみたいな発音が正しいらしい。オリヴェイラ『アンジェリカの不思議な事件』は大傑作、との報。マルシェ横の深夜営業のコンビニで水を買ってタクシーで帰る。

翌17日は朝八時出発。シャトルでパレに着くと、ドビュッシー前にはすでに11時からのJLG上映前の列に廣瀬純が並ぶところに遭遇。しばし立ち話。わが同僚、汐巻氏到着とともにアトリエへ。午前中に七件のミーティング。駅近くのイタリアンで昼食(以前、ここでカトリーヌ・カドゥ夫妻と会食した)後、午後はグランドホテルの庭でミーティングひとつ。別行動の汐巻氏を待っているとプサンでも東京でも会った韓国プロデューサーのイ・テホン氏とばったり。雑談後、かつて世話になったセルロイド・ドリームスのヘンガメ氏とのミーティング。映画祭マーケットでの日本ブースのパーティーに顔を出したのち、イ・テホン氏とともに昼と同じイタリアンで会食。さらに北野武『アウトレイジ』公式上映へ。もうずっと北野作品は見ていなかったが、ここへ来てこれはどう見ても最高傑作だろう、という感触。ひたすら権謀術数と素手なり拳銃なりの暴力による覇権ゲームが繰り広げられるわけだが、これを「コノヤロウ」(字幕ではasshole)を言葉尻につけた台詞のリズムでガンガン前に進めていく、というやり方。『ソナチネ』の頃の方がずっと抒情があったが、今回はかけらもなし。であるがゆえに言葉尻の「コノヤロウ」がほとんど小津の「そうかい」「そうよ」「そうかな」「そうよ、そうよ」に近いような地点に達しているように聞える。素手での殴り、殊にビートたけしさんのパンチの速さは尋常でなく、唖然。あと、三浦友和さんが北村総一郎さんにおでこをはたかれるときの顔は絶品。椎名桔平の殺され方にも痺れた。終了後、マルチネス前のパーティーにちょっと顔を出して、ホテルに戻った。

翌18日も朝からミーティング七件。途中、キャンセルや延期の連絡を事務局の女性が事細かに伝えてくれる。こういう事務が超得意なフランス人とそうでないフランス人がいるが、このひとは前者。で、このテントではマジェスティックからデリバリーされるランチが出る、ということでがっつく。以降最終日まで三日間、がっついた。美味。
この日の午後は、ユニジャパンのジャパン・パビリオンで取材があるとのことで、そこへ行き、歩いてすぐのマルシェのスタンドで赤ワインを購入しつつ、暇つぶし。そこでようやくネットと繋がり、つぶやく。世界で最も日本語のうまいセルビア人らとともにセルビアのプラム酒をたしなむ。取材後は『Film Socialism』。ドビュッシーの前で座っていたら私の後ろには鳩しかおらず、おかしいな、と時計を見たら三十分前、プログラムを見直すとなんとまあ、どんくさいことに上映場所はバザン。間違えていたのだ。慌ててすっとんで行くがすでに長蛇の列。絶望的な気持ちになっていたら、私の後ろ二人で札止めに。やばいところだったが、超満員なのに一番右端とはいえ前から三列目に座れた。で作品は、というと、とにかくJLGだったのだが、No Commentである。豪華客船における社交主義であり、自動車修理工場における動物と子供のサンバであり、『アワーミュージック』の構成をひっくり返しただけだが、これ以上はとにかくNo Commentなのだからしかたない。あきらめてくれ。
終映後、パリから来たテリー小山内とパリシネマのディレクターさんと打合せ。そう、私は再び七月のパリに出向くことになった。談話途中につき、通りかかったベロッキオに声をかけられず。もろもろ話した後、カジノの前から一本入ったところにあるテリーおすすめのイタリアンへ。愛嬌のいい美人のオネエサンがいる。美味。

また長くなった。つづきはまた今度。
23

2010/5/25

美しき五月のこと〜その1  ツアー

五月にほとんど日記を書かなかった(書けなかった)のはツイッターのせいばかりではなく、まとまった形で何かを書く時間がほとんど持てないくらい忙しかったせいだ。連載してきた長篇のまとめと、そうは名乗っていなかったが本人の中ではそのつもりだった短篇連作の最終話のまとめが同時にあったし、シナリオの打合せ、映像作品の編集、鼎談の打合せ、と続いた挙句、カンヌ行きとなった。いやはや、かなりハードなスケジュールだった。どうせ呑んでる時間はあったくせに、とお思いでしょうが、呑むことも決して仕事と無縁ではなく……。
この間に起こったことで特筆すべきことを時系列順に書いておくと、まず3日。ちょっと手術を受けた梅本さんの快気祝いを中目黒で行った。久しぶりに樋口さんに会った。
4日はシナリオ直しのため中野の脚本家先生宅へ。5日は映像作品の音響打合せのために朝霞台の録音技師宅へ。7日はまたべつのシナリオの打合せ。
9日は友人である俳優・松本勝が出演するRISU PRODUCE公演「やすしくんへ」を観に下北沢へ。シネマ下北沢がいつのまにか劇場になっていた。劇の後半、ついにやすしくんに刑の執行が言い渡されるとき、突然「1900年」が鳴りはじめ、ほぼ反射的に涙が溢れてしまい、そこから最後まで涙腺は緩みっぱなしだった。感動を鎮めるために独り三軒茶屋まで歩いた。
11日はペドロと会った。途中で記憶をなくし、二日後にそこでひどいことをして友人やその連れの方、そしてお店の方に大変な失礼を働いてしまった、と知った。慌てて謝罪のメールやら挨拶回りやら。空白の12日にはすでに何食わぬ顔で鼎談の打合せに渋谷に出かけ、帰りに下北沢で山本政志監督と出くわしたりしているのだが。14日はまもなく発売の長篇『ストレンジ・フェイス』の装丁打合せ。15日は日本映画プロフェッショナル大賞授賞式に出席すべく、池袋・新文芸座へ。若松孝二監督と久しぶりにお会いし、夜更けのburaまで同行し、自主配給についての力強く貴重なアドバイスを受けた。

そうして16日からカンヌだ。行きの便で、この間ほとんど中断していた阿部和重氏の『ピストルズ』を読み終えた。大傑作『シンセミア』のあとをどう展開するか、がこの文豪の壁だったにちがいないが、頁をめくるたびに、題名どおり花をそっと置くようなはかなさとともに氏がその壁を乗り越える様を刻々と味わった。しばらく同時代の小説を読むのはよそう、と思った。飛行機のなかで映画を見ないつもりでいたが、小屋で見逃した『シャッター・アイランド』と『シャーロック・ホームズ』をやっていたので、吹き替え版だが見た。『シャッター〜』は『ディパーテッド』で完全に見放したスコシージではあるが、これはなかなかのものだと思われた。してやられた感もあるが、後半で全員のきまずい諦念を湛えた顔が続くのが印象的。なにより、ナチス批判がいつのまにか赤狩りへとすり替わっていく行程がスリリング。もちろん『リリス』や『ショック集団』が意識されているはずだが、それを気負うことなく丁寧に柔らかく仕上げている。『救命士』以来の力作であり、スコシージ最高傑作といっても過言ではない。『シャーロック〜』はホームズとワトソンのキャスティングとキャラクターを決定した製作者ジョエル・シルバーの勝利。これで面白くなかったらどうするんだ、という話だから、あとはガイ・リッチーでも誰でも大丈夫、といった寸法。内容はほとんど記憶にないが、記憶になくて全然大丈夫。その後さらに見た『笑う警官』の、へんに記憶に残ってしまうなんともしれない八〇年代感に較べたらずっとありがたい。
さて、その後カンヌに到着するわけだが……ここから先はまた今度。長くなりすぎるのもなんなので、日を改めてしっかり書く。
24

2010/5/2

勝利を!  日常

マルコ・ベロッキオ最新作にして驚異の大傑作『勝利を』にまだ買い手がついていない、という話。あるいは諸般の事情で値段が高いのかもしれない。だが、それにもめげずどちらかが買っていただき、公開していただきたい。昨年のスコリモフスキ旋風と同等の嵐がまちがいなくそこに吹き荒れるはずですから。

映画美学校特別講義に現れた、そのベロッキオ御当人はすこぶるダンディなジェントルマンで、なおかつ我々の質問に対し、御当人の映画の登場人物のごとく叫びとささやきを駆使して熱弁を揮って下さったのだった。「新人監督の場合、技術はしっかりしているのだが俳優の芝居がつまらないことが多い」という的確な指摘を映画美学校の受講生諸君は肝に銘じただろう。

ユーロスペースに行ったら『クロッシング』と『川の底からこんにちは』のお客さんがひしめきあっていた。しかも立ち見というのでぐずぐず迷っていたら、目の前で受付完了。いやはやファーストデイ割引だとは知らなかったし、初日だということも知らずに行ったおれが悪いのだが、ますます小屋から足が遠のく。しかもGWのシブヤなんて異常に殺気と欲望がメエルシュトレエム状態で怖くて歩けない。誰の目も見ないように気をつけながら大急ぎでバス停まで行き、ヒルズへ。スーツとワイシャツ購入。妻と合流、西麻布「いちのや」で鰻。美味。久しぶりのABCまで戻って、古井新刊、ナボコフ『賜物』、『トルーマン・カポーティ』文庫上下、四方田大島、マーヴィン・ゲイ伝記、スライ・ストーン伝記、ライアン・ラーキン『やせっぽちのバラード』と気前良く買い漁り。

そうしていよいよ『第9地区』を見たわけだが、アカデミー受賞監督ピーター・ジャクソンが先輩と後輩の間で偶然か話し合いの結果か知らないが、『アバター』と『ハートロッカー』を足して二で割ったようなブラックコメディを作っていたね、という感想がごく自然に出てくるもので、はやりもののドキュメンタリータッチはべつに珍しくもないしご不満の向きも多いでしょうが、後半だんだん気忙しいレオーネみたいな活劇になってきてからは単純に笑いつついいんじゃないか、と私は同意した。特に天才少年蝦の活躍には心温まった。蝦なのにクリストファーがサミュエル・L・ジャクソンに見えてしょうがなかった。SJ、どっかで赤いちゃんちゃんこ着てコンピューターいじっていた記憶が。

かくして今年のGWも終わってしまった。今週は毎日仕事だ。仕方ない。貧乏暇無し。
42

2010/4/29

ついにベロッキオ!  映画

四月末日、とうとうベロッキオと会うことになる。しかも大学の同期、赤坂大輔とともにだ。これ、個人的にひどく感慨深いことなのだ。赤坂とは大学時代、アテネ日仏はもちろん、法政学館ホールやドイツ文化センターと並んでイタリア文化会館が毎週の溜まり場になっていて、あそこの上映がなかったらカルメロ・ベーネもマルコ・フェレーリも、そしてベロッキオもこんなにたくさん見て来れはしなかっただろうし、当時のあの鑑賞とその後の赤坂との夜更けのおしゃべりがあったから現在があるという自覚は深い。『第一ページの怪物を叩け』や『父の名において』、『虚空への跳躍』、これは違う場所(銀座文化?)だったが『凱旋行進』、さらにそもそものきっかけとしての『ポケットの中の握り拳』(すでに何度も言っているがこれを見なかったらルー・カステルと映画を作りはしなかったろうし、そもそも『Helpless』を作ってなかっただろう)などがあり、一般公開された『肉体の悪魔』や『サバス』なんかは本当に感無量な思いを味わった。その後、ときには「?」と判断停止なときもありはしたが、最新作『勝利を』は初期のパワーを一気に取り戻したようなド迫力の傑作だ。ぜひとも一般公開をお願いしたい。
ベロッキオといえば、叫びとささやきの作家だ。そのタイトルの作品を持つ北欧のひととは比べ物にならない熱量の「叫びとささやき」のひと。どこかでヴィスコンティ最良の一本『イノセント』を継承するかのようなその「叫びとささやき」が『勝利を』でも全面展開する。主演女優の圧倒的なパワー。そうして、今世紀に入って雪がこれほどまでに美しい映画があっただろうか、と思われるその描写の周到かつ繊細な手捌き。
会って話したいことは山ほどあるが、まずは新作の大成功を心から祝福したい。
85

2010/4/22

二週間ぶり  映画

ではなかろうか、ある事情で購入したDVDを見た。『ハッスル』『シシリアン』の脚本家スティーヴ・シャガンによる『真実の行方』。このひとの書いた『ジェネシスを追え』という、ジョージ・C・スコットとマーロン・ブランドが共演している未公開の作品(テレビでやったのかな?)をふたりが生きている頃から見たいと願っているが、いまだに適わず。とはいえそれが理由ではなく、決して嫌いではない法廷物であるこれを見たのは、エドワード・ノートンのため。なるほど、これがスター誕生の瞬間か、などと余計なことを考えてしまう。ネタ的には、出オチですか、懐かしいですね、『情婦』でしょ、などと意地悪も言ってみたくなるが、それはこないだ『絞殺魔』見ちゃったせいで、しかしいかにもアメリカのTVMっぽい演出(不必要なシーンが多い)が必ずしも不快ではなく、むしろシュアで、納得できる。昨日の夕方ぼんやり見てた『マーシャル・ロー』の、ダッサいハイスピードなんかより全然いい。あのアネット・ベニングはどうも大根な気がするのだが、こちらはうまいけどどうしても地味なローラ・リニー。バーでぐるっと振り向くところなんかいいんだけどな。
最良の場面は、判事室で女性黒人判事が弁護士と検事双方に酒を勧めるところ。女性検事は受け取り、弁護士は断る。と、判事は弁護士に差し出したグラスから自分のグラスに注ぎ変えてそれを呑むのだ。意味は判然としないが、へんに面白い。
しかし、法廷物というのはよっぽど取材とか勉強とかやってさらにアドヴァイザーしっかりつけないと怖くて手を出せないジャンルだな。取材しすぎて飽きて非現実的なこと考えはじめるまでやんないとダメな気がする。
……というわけでアイデアとしては、却下。

二日間の断酒に成功。だが明日からは呑むだろう、間違いなく。

舛添がどうか知らないが、杉並区長なんざプチ石原だ、つくる会教科書支持者なんかに国を任せられるか!。。。と今日乗ったタクシーの運転手さん(自称・元二等兵)が叫んでおられました。完全に同意いたします。
34

2010/4/21

ようやく『ピストルズ』を  書物

読みはじめることが出来た。いきなりゼフィルスが飛び交い、それを誘う植物があくまで柔らかくじわじわと繁茂していくような精密な描写が続く。『スキャナーズ』かな、とか『ドレミファ娘の血は騒ぐ』みたい、とかいろいろ思わされた。今日はまだ第二部までだが、今後の期待になかなか眠れない。

一方、en-taxiで坪内さんが論評していた岡田睦(おかだぼく)という小説家の『明日なき身』という本を入手した。表紙がハシブトコウのイラストで、その鳥についての掌篇を某誌に書いた身としては親近感が溢れたが、これ、凄い。うまいとかへたとかではなく、凄い。阿部君のが終わったらこれにかかる予定。

東京新聞に載った、都知事の「外国人参政権反対」の演説での「帰化人差別」発言および故・新井将敬元議員への「元北朝鮮人」と書かれたシールをポスターに貼る、という行為への言及を読み、この見下げ果てた知事といい大阪の知事といい、よくもまあ。。。一刻も早く消え去って欲しい、とつくづく。
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