2009/11/24
ジジさんよ、永遠なれ。 追悼
八年間、すくなくとも家にいる間はずっと一緒にいた、上から二番目の年嵩の猫は数週間前から猫エイズを発症して具合が悪く、この数日、危篤状態でいた。体の弱いやつだったから覚悟はしていたが、ここへ来てこれほど身を引き裂かれるような悲しみに襲われるとは思いもよらず、映画美学校での特別講義から帰宅して、涙が溢れて止まらなかった。ヤツの傍ですでに疲れて一緒に眠っていた妻に見せられないから、地下に潜ってひとりで泣いていたが、そうか、これが猫をなくす悲しみというものか、と諸氏のさまざまな著作に思いをめぐらす。が、これは体験しなければ感じ得ないような深さの悲しみだ。というか私にとってはじめて、肉親を亡くすようなものなのだ、これは。
地下に来た若い猫たちが、しかたないよ、と擦り寄って同情を示してくれ、さらに涙が絞られた。ヤツと同世代の連中は、数週間前からいらだったようにあたりかまわず小便をひっかけまくっている。だから毎日毎日連中の小便を拭いて回るのが私の仕事だったが、その程度の労力などこの悲しみとは比較にならないから怒る気にもならない。いや連中、本当は仲間の死に苛立っているのではなく、外出を禁じられているからだけだが。
そうして昨日、一日中見守り、しかしロケから帰って数日間の介護に疲れた妻がようやく気晴らしに外出したその直後、まるで見送られるのを照れたように、独りで逝ってしまった。私は妻と合流した場所でその死を聞いた。覚悟していたので、二人で黙って食事をして、予定していた『2012』を見た。予想通りの展開だし、普通のところがへたすぎて半分うんざりしたが、もはやその記憶も薄れている。
帰りに西麻布で花と氷を買い、氷をかれの下に敷いた。持ち上げたバスタオルの上のかれは、たった数ヶ月前には丸々としていたかれ自身の抜け殻であるかのように、あまりに軽かった。義母の作ってくれたダンボールの棺にもう一度寝かせて、その周りに買ってきた色とりどりの花を飾り、つい夕方までは弱弱しくも上下していたのにもう二度と動こうとしない痩せ衰えた腹をみつめながら、お別れを言った。
とってもワルだった、と妻は懐かしんで笑った。先にいた子やあとから来た子を散々いじめて、と。でもどの子より妻を慕っているのはわかった。その行動はほとんど猫らしくなくて、猫の範疇を越え、自身が猫であることさえ認めず、人間として振舞っているつもりのように見えることもあった。
十年前、草津の林の中でほとんど半死半生の栄養失調状態で拾ったときはすでに中猫(生後半年以上)で、すぐに死んでしまうかと思われたそうだし、その後も体格こそよけれ、決して健康とは言い難かったその生を、しかしかれは存分に満喫したはずだ。そう信じたい。
喧嘩が強かった。妻への忠誠からか、縄張り意識が強く、しょっちゅう生傷を作って外から帰ってきた。それも災いしたかもしれない。
何度となく鼻風邪をひいたヤツをかごに入れて病院に連れて行った。吐き癖のあるかれの吐瀉物を、ほぼ毎日四つん這いになって処理してまわった。そのたびにかれは済まなそうにうなだれて、やがて一息ついた私の膝に乗った。ここ数週間はところかまわず糞をして、それもティッシュで拭き取ってアミロンで消毒した。そのような日々を重ねてかれは私の一部となり、私はかれの一部となった。
だからもうそのかれがいないということは、自分の一部が失われたに等しい。
でもたぶん、これからもずっと一緒にいる。

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地下に来た若い猫たちが、しかたないよ、と擦り寄って同情を示してくれ、さらに涙が絞られた。ヤツと同世代の連中は、数週間前からいらだったようにあたりかまわず小便をひっかけまくっている。だから毎日毎日連中の小便を拭いて回るのが私の仕事だったが、その程度の労力などこの悲しみとは比較にならないから怒る気にもならない。いや連中、本当は仲間の死に苛立っているのではなく、外出を禁じられているからだけだが。
そうして昨日、一日中見守り、しかしロケから帰って数日間の介護に疲れた妻がようやく気晴らしに外出したその直後、まるで見送られるのを照れたように、独りで逝ってしまった。私は妻と合流した場所でその死を聞いた。覚悟していたので、二人で黙って食事をして、予定していた『2012』を見た。予想通りの展開だし、普通のところがへたすぎて半分うんざりしたが、もはやその記憶も薄れている。
帰りに西麻布で花と氷を買い、氷をかれの下に敷いた。持ち上げたバスタオルの上のかれは、たった数ヶ月前には丸々としていたかれ自身の抜け殻であるかのように、あまりに軽かった。義母の作ってくれたダンボールの棺にもう一度寝かせて、その周りに買ってきた色とりどりの花を飾り、つい夕方までは弱弱しくも上下していたのにもう二度と動こうとしない痩せ衰えた腹をみつめながら、お別れを言った。
とってもワルだった、と妻は懐かしんで笑った。先にいた子やあとから来た子を散々いじめて、と。でもどの子より妻を慕っているのはわかった。その行動はほとんど猫らしくなくて、猫の範疇を越え、自身が猫であることさえ認めず、人間として振舞っているつもりのように見えることもあった。
十年前、草津の林の中でほとんど半死半生の栄養失調状態で拾ったときはすでに中猫(生後半年以上)で、すぐに死んでしまうかと思われたそうだし、その後も体格こそよけれ、決して健康とは言い難かったその生を、しかしかれは存分に満喫したはずだ。そう信じたい。
喧嘩が強かった。妻への忠誠からか、縄張り意識が強く、しょっちゅう生傷を作って外から帰ってきた。それも災いしたかもしれない。
何度となく鼻風邪をひいたヤツをかごに入れて病院に連れて行った。吐き癖のあるかれの吐瀉物を、ほぼ毎日四つん這いになって処理してまわった。そのたびにかれは済まなそうにうなだれて、やがて一息ついた私の膝に乗った。ここ数週間はところかまわず糞をして、それもティッシュで拭き取ってアミロンで消毒した。そのような日々を重ねてかれは私の一部となり、私はかれの一部となった。
だからもうそのかれがいないということは、自分の一部が失われたに等しい。
でもたぶん、これからもずっと一緒にいる。


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