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お知らせ  その他

長らく記してきた「塾長日記」ですが、「塾の主宰者にしてはあまりに過激だ」「塾の主宰者なのにくだらないことばかり…」などのご意見を戴きましたので、予約投稿がなくなり次第、終了するつもりです。

代わりと言ってはなんですが、塾の主宰者としてありきたりで穏やかなブログ、当塾HPにあります「コウシカンノヨウス」をご覧いただければと思います。

これまで通りの日記も、「コウシカンノヨウス」以外に、とある所で記しておりますので、また興味があれば探してみてください。

「厚志館」なのに「塾長日記」と違和感がある中、これまでご覧頂き、有難うございました。

新しいブログへのヒントは、この日記にあったりして(笑)

あ、生徒によく出すおやつもヒントです。

2014/10/29

北海道の事件3  その他

2の続き

を書こうとしたけど、やめました。

2014/10/23

北海道の事件2  その他

続き

チラシに目を通し、インスタントコーヒーの安売りがあったから「買っておいた方がええやろなあ」と思い、購入。

嵯峨の家ではオカンが貸し会場を営み、フラワーアレンジメントの先生に週に1度貸している。その鍵の開け閉めも旅行中は当然私の作業。

あとは帰って来るまで用事をすればいいや、と思っていた。

旅行は9月26日夜出発、翌27日から船に乗り10月6日午前中に帰港、夜のディズニーランドを楽しみ、深夜バスで7日の朝に帰宅予定。

気づいた人もいるだろう、台風18号が上陸予定という予報。

ディズニーランドに行く日は暴風雨の予定、雨の中ディズニーか。ついてないなあ。どうするんやろうなあ、キャンセル出来るんかなあ、出来たとして、こちらから海上に連絡できんもんなあ

3日夜にそう思いながらチャリンコを走らせ嵯峨の家に着き、遅い夕食をとり、さあ寝ようと思った時、電話が鳴った。
「台風はどうや?」
「オカンがディズニーランドに行く日は暴風雨やで」
「そうか。台風のせいで、帰りが1日延びたし」
「へ?」
「でな、ディズニーランドや深夜バスのチケット、予約してるやん。あれはキャンセル出来るかどうか、調べて」
「別にええけど、連絡つくんかいな?」
「今青森に停泊中やし、明日また連絡するし」

もう完全に一方的。

4日土曜は朝から仕事、早起きして嵯峨の家の仏壇・神棚の用意をし、急いで実家へ。仏壇・神棚の用意をし、新聞等を仕分け、インターネットでディズニーランドから深夜バスからあれこれ調べた。

ディズニーランドはキャンセル不可、しかし有効期限が1年で使用可能。深夜バスは払い戻し等出来るが、窓口で購入した場合、窓口に行かねばならない。それらを分かり易く書き、手続きの仕方等も書いてメールで送った。

直後に電話が入る。

「どやった?」
「今、メールでも送ったけど、これこれこうで…」
「そうか。お手数掛けました。深夜バスはこっちから問い合わせてみるわ」
「問い合わせは午前9時からやで」

その後も話が続いたのだが、こっちは早く出掛けんとアカンねん。9時から仕事やねん。

3に続く

2014/10/15

北海道の事件1  その他

先日、両親がまた船旅に行った。

横浜から出港して北海道・サハリンと回って横浜に戻って来るツアー。

横浜までは高速バスで行きたい、午前中に帰港するからディズニーランドにも行きたいと言ってきた。

別に私がお金を出すわけでもないし(というか、出せるだけの経済力すらないし)、どうぞどうぞと思うのだが、インターネットで予約したい、しかし分からない、となる。

そうなると全て私がすることになる。

こっちは手伝っている身なのだが、色々と調べてあげたり予約してあげたりする時も文句を言われながら、時にはけんか腰で指示されたりする。

さらに最近はブログを書いており、旅行に出掛ける際の懸念材料は、旅行中の原稿をどうするか。仕方ないから、旅行に出掛けるとなると、私のiPadを貸し与える。

もちろん貸し与えるだけでなく、使い方を教え、旅行中に時間を持て余さないように、好きそうな音楽やゲームアプリを入れて置く等もしておく。

船の中でインターネットがつながるかどうかなど、つながらないなら出来るだけ支障を来さないようにどうすればいいかまでこちらが色々調べて伝えておく。

全ての手配をし、無事出発した。

両親が旅行に出掛けるだけなら全然構わないのだが、近くに住んでいるからというのもあり、留守中の番をしなければならない。

万が一に備え、旅行の行程表を預かっておく。

現在住んでいる嵯峨の旧祖母宅の仏壇や神棚の用意をした後、実家に立ち寄り、届いている新聞や郵便物の仕分け、そして仏壇や神棚の用意。

これが毎日。

旅行の手配から実家の用事等、全て私がおこなう。

私のいる家と弟の自宅は実家からほぼ同じ距離、弟はケータイ電話会社に勤めているから、ネットでの手配等も私より詳しいと思うのだが、全て私がしている。

出発して5日目、ずっと雨も降らずに良い天気。

「そういや、前回の初夏の船旅の時、庭の水やりも言われていたなあ」と思い出し、今回もしておいた方がいいと思って水やりもした。

しかもホースの不具合かなにかで着ていた服をけっこう濡らしながら。

2に続く

2014/10/10

チェックテスト4  その他

このような「なにかあったときの保護者の対応」なんて勉強とは無関係だと思われるかもしれませんが、これまでこの仕事を続けていると、大いに関係することが分かっている。

逆に、親の学歴など、ほとんど関係ない。

やはりまともな価値観が備わっている保護者の子供は、勉強に関してもそれほど大崩れしないし、少しアドバイスするだけですぐに改善できる。

今回のチェックに関してだが、こちらからはヒントを出し続けている。

私は保護者から何かをいただいたときには、必ず御礼のメールを送るようにしている。

それほど連絡を取らない保護者に対しては、メールだけでなく月謝袋に入れる講評でも「先日は結構な品をいただき…」と書くようにもしている。

生徒が持ってきてくれたときにも「お母さんに御礼を言っておいてね」と言い、それでもメールで御礼の気持ちを伝える。

人から物をもらったなら、当然のこと。

もちろん生徒にもそのように指導しているから、教え子と飲みに行っても必ずそのようなメールをいただく(卒業してまだ飲みに行くほどの付き合いのある教え子は、保護者もしっかりしておられるので、私が指導しなくても身についていたのだろうが)。

それもあってか、教え子たちは社会人になっても上司などから高評価を得ているようだ。

また、生徒の誕生日にはささやかではありますが必ずプレゼントと手書きのお手紙を渡す。

それに対しても、保護者によっては御礼のメールをいただいたり、夏や冬のご挨拶のときに「先日は…」と感謝の気持ちを言っていただいたりする。

高校生の生徒の保護者でも、だ。

そういう保護者と比べた場合、「少数派」の保護者を持つ子供はかわいそうだなあと思う。

大人になり社会に出て苦労するのは、この子供たちだ。

勉強に関しても、しっかりした保護者に育てられた子供と比べた場合、ハンデのある環境で成長することになるだろう。

さらに残念なのは、一般社会から外れた環境に慣れている人は、おそらくこのブログに目を通さないだろうし、目を通したところで自らを省みるなんてことはないということだ。

こういうのを目の当たりにすると、ますます結婚なんてする気が失せる(笑)

2014/9/29

チェックテスト3  その他

前回の続き。

私は幼いころから「友達の家に行ってお菓子などよばれたら、ちゃんと言うんやで。御礼を言わんとアカンから」と言われて育った。

報告し忘れたりすると「私らが恥ずかしい思いをするんやから」ときつく叱られたものだ。

食べ物を容器に入れて戴いたりしたら、容器を洗うのはもちろん、なにか簡単な品を入れてお返しするようにしている。

それは別に親から教わったわけではないですが、親がそうやっているのを見て「こういうときは、こうするのが礼儀なんや」と、見よう見まねでしている。

以下は、そうやって育てられてきた私の見解だ。

最高学年でも中1。

高校生ならまだしも、中学生くらいまでは保護者が御礼を言ってくるだろうと思っている。

過去には高校生の子を持つ保護者でも、ささやかな誕生日プレゼントでさえ御礼のメールを下さる方もおられた。

今は電話だけでなくメールもあるから、そういうことはすぐに且つ簡単にできる。

「人から物をもらったら御礼を言う」これは礼儀だ。

子供が幼ければ(幼くなくても)、保護者も「ありがとうございました」くらいは伝えてくるだろう。

実際、御礼を伝えてこられなかったのはごく少数。

その数が拮抗しているならまだしも、大多数の方は御礼を述べてこられた。

まさかその少数の行動が「世間の常識」ということはないだろう。

さらにここからは私の勝手な想像も入る(実験でいう、考察でしょうか)。

何の御礼もなかったのは、ひょっとしたら保護者が忙しく、忘れてしまったのかもしれない。

けど保護者の中には、親の看病などでもっと忙しくしている方もおられるが、そういう人でもすぐに御礼のメールがあった。

そうすると、こちらは「特別なこと」をしたつもりだが、保護者側は「特別なこと」とは思っていないのかもしれない。

つまり「確かにうちの子は夏休み前半頑張った。ご褒美をもらって当然!」と思っているのかもしれない。

保護者が、人からものをもらって当然という環境、そういうことがあっても感謝の念を持たないという環境で育ってきたのかもしれない。

そして、社会人になってもそういうことを学んでいない、もしくは学ぶ環境にいなかったのかもしれない。

そうすると、いくらこちらで生徒のことを考え、小テストを作ったり予定を立てたりしながら、他塾並みのことをして安い月謝で一生懸命指導しても、「月謝を払っているんだから当然!」と、感謝の念はないかもしれない。

ましてや「長時間勉強させて…」と煙たがられているかもしれない。

そういう保護者のもとでしつけられた子ということは…BかCに該当する可能性が高いかもしれない。

そういえば生徒の様子を見ていると、玄関で脱いだ靴は脱ぎっぱなし、物は簡単になくす、ひじをつきながらの食事、保護者は勉強については厳しい発言が多いものの、日常生活については?と思うことが多い…

続きはまた。

2014/9/15

チェックテスト2  その他

さて、先日の続き。

保護者の対応を何によってチェックしたか。

それは各生徒へのご褒美でチェックした。

夏休みも前半が終了したので、前半の頑張りと後半の更なる頑張りに期待をこめて、生徒1人1人にパンやお菓子を渡した。

額自体はたいしたことないが(それでも私の3〜5日分の食費)、パン屋に走り、お菓子を買いに行き…と、暑いなか走り回った。

生徒に対しては、純粋に「よく頑張ったね」という思いからしたこと。

ただ、そういう「特別なこと」をしたとき、保護者がどのような対応をするかもチェックしようという側面もあった。

もちろん、生徒は全員、何かしらお礼を言った。

それすらできなければ、すぐさま注意する。

なにも御礼を言ってもらいたいからではない。

ものをもらって御礼を言うのは礼儀だ。

そんなことすらできなければ、日常生活に支障が出るだろうし、社会に出てから困る。

では、保護者はどうか、ということだ。

具体的には、わが子が「特別なこと」をしてもらったとき、子供とは別に感謝の気持ちを伝えてこられるのかどうか、ということ。

で、結果はというと…

残念ながら、何の反応もなかった保護者が少数ではあるものの、おられた。

これは事実だ。

このブログをどのような方がご覧になっているかわからないが、これについて、皆様はどのように思われるか。

「子供が御礼を言ったのだから、親が礼を言う必要はない」

「子供が言うのはもちろん、親も礼を言うべきだ」

など、いろんな意見があるとは思う。

今後の参考にしたいので、ぜひ聞かせていただきたい。

私の見解は明日以降。

2014/9/7

女の武器  その他

舞台が「ニュース」から「ワイドショー」に移った「STAPのオボちゃん」こと小保方晴子。

こちらはニュースからのみの情報だったから当初は「おお、すごい!」と思ったが、これだけ色んな情報が出てくると眉唾ものである。

たしかに最初の情報が流れたときに「30歳で理研のユニットリーダー??」と驚いたものだが…

その後に流れた情報で結構ショックを受けた。

別に彼女がタイプとかそういうことではなく、こういう最高峰の学術研究の場でも「女の武器」は通用するんだなあという事にショックを受けた。

演出なのかもしれないが、研究の様子を見ても、アクセサリーをつけ、まつ毛をクルンとさせて(エクステ?)割烹着を着てピペットを握るというのが気持ち悪かったし、今回の会見でも、直前にホテルの美容師に巻き髪パーマをしてもらうかなあ。

けど、女には女の武器がある。

涙だってそうだし、うるうるした目でじっと見つめるなんてのもそうだろう。

女はそれができるのだから、それで幸せを勝ち取っていったところで、こちらは何の文句もない。

勉強なんてできなくても、女に磨きをかけて幸せを勝ち取ることは十分できる。

ただ、私はそういう女性は嫌いだから、女子生徒が泣いたところで「そんなドス黒く汚い涙を見せたってどうにもならんねん!」と罵声を浴びせるのだが(^^ゞ

2014/9/2

道具  その他

生徒の指導で、それぞれの問題におけるポイントを示したりするのだが、そう言ったポイントを「道具」にたとえる。

私は生徒に対し、例えば「これはかなづちって言うんやで。」といってかなづちを与え、「こうやって使えば、釘を打ちこんだりできるんやで」とかなづちの使い方を教えることはできる。

他にカンナやらのみやらキリやら色んな道具を与え、その使い方を教えることができる。

場合によっては、とびっきりの道具を与える。

しかし、その道具をどの場面でどういう使い方をするかは生徒次第。

使う場面・使い方があっていれば役に立つだろうが、どちらかを間違えれば役に立たない。

だから、生徒は使い方をしっかりと頭に入れ、何度も練習して自由に使えるようにならなければならないし、パッと見て「この場面はこの道具を使えば…」と判断できるようにならねばならない。

わざわざ道具を渡しているのに、道具を受け取ろうとしないなんて論外。

釘を自分の腕力で打ちつけようとしているようなもの。

私は入試本番の会場で、生徒が実際に道具を使う場面に付き添わないのだから、しっかり受け取り、使い方を身につけ、使えるようにして欲しいよなあ。

2014/9/1

自覚を生むべきか、手厚く見るべきか  その他

春休みに自習室を無料開放したが、まあいろんな子供がやってきた。

黙々と勉強する子、しゃべりながらでないと勉強できない子、目の前で見ていたら勉強する子、いくら説明しても適当に聞いて何度も間違える子…色んな子供がいて当然である。

色んな子供を約2週間見て再確認したが、自覚を生むのが大事か、手厚く見ることが大事かで言うと、自覚を生む方が大事だし、手厚く見るよりも先にそうする必要があると思う。

今年度の大学受験生は失敗したが、過去の生徒と比べても格段に手厚く見た。暗記をちゃんとしないから確認テストを作ったり、解答を見てちゃんと理解して添削している川からないからノートを提出させたり、それはもう「自習室」の域をはるかに超えていた。

それでも失敗した。

以前にも、手厚く見た生徒がいた。が、ダメだった。ダメどころか当自習室を退会し予備校に通ったのに、1浪でも失敗した。

彼らと、現役合格した生徒達とを比べると、自覚の有無が多分に大きく影響している。

自覚さえ生まれれば、極端な話、手厚く見なくても、必要最小限のサポートで学力は伸びる。

だから勉強を通してだけでなく、あらゆる形で生徒に自覚が芽生えるように持っていくし、
時間をかけてでも我慢強く指導する。

が、保護者の多くは「勉強を見てもらうために塾に入れた」だろうから、ウチの進め方に不満を持たれる方がケースが多い。

こればかりは仕方ないのよねえ。



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