2008/5/20

なんだかとても単純なことだ・・・きっと。  仕事

気付けば1年以上更新しておらず・・・。

久しぶりの更新と思いきや悩める子羊状態で、このブログを始めた別の目的が役に立とうとしている。
その目的はこの業界に足を踏み入れたときの自分を忘れないこと。

ともすれば、諦めちゃいそうで、でも諦め切れなくて、でも諦めなくちゃいけないかもしれない状態で・・・。

半端な気持ちで踏み出したわけじゃない。
今自分でブログを見ても、自分の決断は間違っていなかったと思える。
やりたいことがあるなら男だろうが女だろうが、そんなことつべこべ言わずに、人の何十倍も努力しなきゃと思って、この3年ひたすら突っ走ってきた。

今の会社に入って1年が過ぎ、取引先も含め嫌いな人もいなくて、だから愚痴ったりしてストレス発散する必要もなくて、知らない間に激務のストレスが貯まっていたのかもしれない。
今までの人生で一番忙しくて、深夜勤務も当たり前、休みも全然なくて、それでもいいと思っていた。やらないでする後悔の方が嫌だった。やりたいいことに向かって突っ走っている自分が好きだと思っていたから、全然自分をいたわってあげなくて、“限界に挑戦!”とばかりにどんどん追い込んだ。

そうしたら、体と心がずれて悲鳴をあげた。
こんなに自分がわからなくなったのは初めて。自分がコントロールできないのも初めて。思うように行動できないも初めて。寝つきが悪くて、ここまで食欲がないのも初めて。

大体、人に相談するときって9割くらい自分の中で気持ちが固まっている状態で相談することが多いから、ぐちゃぐちゃな状態で話すのが苦手。そういう状態で話すとたいてい自己嫌悪に陥る。
それでも、黙って結論のない話につきあってくれて、励ましてくれる友達がいて、すっごく感謝してるけど、元気になれる自信がない。

会社にも迷惑かけてて。
でもいつ元に戻れるのか自分でわからなくて、そもそも元通り元気になるの“元通りの自分”がわからなくて。激務に耐えられなければいられない会社な気がして、それが辛くて“辞める”って言っちゃいそう。
でも辞めたらますます先が見えなくなる。やりたいことから離れなきゃいけなくなる。それも怖い。

Dream...Can you derive goals from your dream?
仕事の信条だけど、ちょっと今、ゴールを描けない。

少し元気になれる瞬間もやっぱり野球だったり。
去年スランプに陥ったある投手が今年頑張っていて、投げている姿を見ていたら何か伝わってくるものがあって「あ〜、この人立ち直ったんだ。」って思ったら、ちょっと浮上した。

その日たまたま飲み会があって周りの人の話を聞いて
「野球が好きだから頑張る。」
そんな単純な理由でもいいかなと思えて、でも突きつけられている現実との行ったり来たり。

完全復活にはもうちょっと時間がかかるかも。
数年後の自分が、今の自分を笑ってみられるように、そのために久々にブログを更新。
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2006/8/24

続・国分寺在住の道産子  野球

甲子園が終わってしまい、少し寂しく感じます。

あの決勝戦の感動は、忘れられません。
私があまりに「甲子園!甲子園!」と騒いでいるので、会社で週末出勤の代休を月曜日にしてくれて、再試合はTV観戦できました。
駒苫が3連覇できなかったのはちょっぴり残念ですが、北海道勢が3年連続決勝まで進んだ上に、あんなにいい試合を見せて貰って、もう満足です。
最後は、また感動して号泣していました。(野球を見てなぜこんなによく泣けるんだか・・・笑)

国分寺は今、横断幕・ポスターだらけで、ちょっとしたお祭り騒ぎです。
斎藤君には、心底感心してしまいました。
高校生にしてあの冷静さ、落ち着きぶり。
あのポーカーフェイスを意識して身に着けたということに感心しきりです。
きちんと自分で考えられる人=自己プロデュースできる人って強いなと改めて思いました。
いっぱい教えられた気持ちです。

今年は駒苫・早実両校の選手に・・・素晴らしい試合をありがとうございました!
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2006/8/20

国分寺在住の道産子  野球

すご〜く、久しぶりの更新となってしまいましたが、今年もまたこの季節がやってきました。
今年もまた駒苫が決勝進出!!

ついこの間まで、北海道代表を‘1回戦勝てるかな?ベスト8くらい行けるといいな’という気持ちで、対戦相手の名前を見て‘あ〜、だめかも’なんて思いながら観戦していたのに、今は対戦相手がどこだろうと臆することなく観戦しています。
すっかり強豪校に名が連なるようになり、3年連続決勝進出というだけでも、道産子としては本当に夢見たいな出来事です。

かく言う私は現在国分寺在住で、国分寺は早実応援ムードに包まれています。
ここは東京ということもあり、私の周りは圧倒的に早実派が多いですが、そして‘王さんのために!’とか、船橋選手の逸話などを目にするとちょっとは心がちくっとしなくもないですが、でもでも私の心の中は道産子魂が勝ってしまうのです。
出身校でもないのになぜそんなと言われたりもしますが、野球を愛する道産子の夢なんです。

残念ながら、明日は仕事で過去2年のようにTVにはりついて観戦はできませんが、ぜひとも3連覇、達成してもらいましょう!!!
今年もあと1つ頑張れ!!駒苫!!!
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2006/3/17

なんくるないさぁ  仕事

↓を書いてから、励ましのメールをいただいたり、ありがとうございます。
大学生の頃から、‘動かなければ何も始まらない’という自分のモットーがあって、今回もやはりそこがポイントとなりました。

某クレジットカードのCMのように、目の前にカードを広げて、‘どうする、俺〜’って言っている状態は脱したので、気持ちは割とすっきりしています。
1枚のカードを引いたら引いたで、次のカードは出てくるんですが、自分の気持ちは固まったので、このまま進んでいこうと思います。

さて、タイトルの‘なんくるないさぁ’。
道産子の私があえて使うのも変ですが、沖縄出身の知人がいつも「‘なんくるないさぁ’は、やることをやった後で使う言葉であって、何もしないで‘なんくるないさぁ’って言ってもだめなんだ。」と言います。
それを聞いてから、宮里藍さんが使うのはぴったりなんだなと思っています。

やるべきことをやって、‘なんくるないさぁ’って笑いたいと思います!
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2006/3/14

ひとつの区切り  仕事

3月に入って1度も更新していませんでした。
何度か書きかけては、今のこの状況をどう書いていいかわからず、止まっていました・・・。

昨日、今までやってきた仕事が、ようやく始動しました。
本当なら、‘やっと発表できた、さてこれからだ。’とある程度の充実感と共に気合が入っているはずですが、今は‘発表しちゃってよかったの?’という気持ちです。

ここのところ、このための業務に追われていたわけですが、当然進んでいると思っていたことが全く進んでいなかった。うちの会社のみで進めているわけではないだけに、充分話し合って決めているはずのことに、なぜ今更そんなことを・・・という変更や、わけのわからないことが多すぎた。
先週(それ自体遅すぎる)、関わっている人全員でMTGを行ったのだが、その場で今までの出来事の原因、各自のモチベーションが全てわかってしまった。

極度の‘コミュニケーション不足’

不足というより腹を割って話そうとさえしていない。一部の人達は、ある部分においては、情熱を持っている。だけど、そのほかの人たちは核となる部分への情熱はなく、自分達のエゴで自分達の分野だけつじつまが合えばいいという考え方をしている。だから各自が勝手な解釈をしていて、骨がない。のらりくらりと、その場しのぎすぎる。
これ以上はここで書けないけど、9ヶ月関わってきて、最後に直面した悲しい現実。

今までも自分は、日本のスポーツビジネス界の一番遅れている部分に携わっているという認識はあった。でもそれはそれで勉強にはなるし、変えればいいとそんな気持ちでいた。でも周りとモチベーションが合わなくて、色々想定や提案をしても‘たらればを言ってもキリがない。’とか‘面倒なことはしたくない。’という返事しかもらえなかった。
それでも、その人たちを説得できないのは、自分が力不足なんだと、じゃあ説得できる力をつけなければと思っていた。

だけど、どうやっても木が育たないどころか枯れるばかりで変だと思っていたら、根っこのところが腐っていた。

そして今ひとつの決断をしようとしている自分がいる。
それは‘逃げ’なんじゃないかとか、この状況を変えられない自分が悔しかったり、ここのところすごい葛藤があってずっともがいていたけど、自分が目指すものへ近づくために、動こうと思う。
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2006/2/19

揚州  仕事

今回はごはんは十分すぎるくらい食べることができました。
揚州料理は中華料理の原点と言われているらしく、野菜が豊富で味もさっぱりしていて美味でした。しかし、量が半端じゃない・・・。
前菜、その場の人数+1品のおかず、スープ、麺、ご飯というのが普通らしいのですが、下手すると前菜だけでおなかいっぱいになりそう。ミーティングで朝からレストランへ行った時には、朝から出てくる、出てくる。肉まんみたいなのが、6,7種類、それ以外にも前菜、おかず、麺、ご飯、スープ。朝からそんなに食えないっつ〜の!と思っている日本人を尻目に、現地の方々はモリモリ食べていました。
そういうのが3食続くと、消化する前にご飯がくる感じになり、たくさん歩いた割りに腹ペコにもならず、いいんだか、悪いんだか・・・。
さすがに揚州滞在最終日の夜は、みんな揚州料理に疲れ、パスタにしました。

そして、勉強しない自分が悪いのですが、中国語が全くわからないので、簡単なことさえ通訳さんにお願いしなくてはならないのが、なんとももどかしいです。(ホテルでさえも英語がほとんど通じないんです。)
でも今回‘I want’だけは教えてもらいました。
我想要〜。
レストランでも、これを言いながら、隣のテーブルの物を指差してオーダー。これがわかればとりあえずなんとかできます。

今年は、中国語に着手しちゃいましょうかね。(と、ブログ上で宣言することで、自分を追い込んでみたり・笑)
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2006/2/12

再び  仕事

中国へ行ってきました。
今回はある都市で、マラソン大会を作るためのコースの計測です。
どうしても中国というと前回の上海がトラウマとなっていて、同僚と共に出張前は「行きたくない・・・」とドヨ〜ンとしていたのですが、行きでシャレにならない出来事に遭遇しました。
上海から車で現地に向かう途中、急に車が左に振られたと思った途端、クルクルクルっと。ガードレールから落ちる、横転する、車と追突する・・・次にくるべき事態に身構えていましたが、8人+重い荷物のおかげで、どの事態にも陥ることなく、誰一人かすり傷さえ負わず、無事でした。
後ろに車がいなかったからよかったようなものの、この瞬間いろんな意味で「マジかよ!?」と思っていました。果たしてこんな場所でどうやって日本に伝えられるのか?とか、車と共に私の頭の中も回っていました。
その後は運転手さんにとにかくゆっくり行ってくれとみんなで頼み、なんとか無事にたどり着きました。

さてさて、本来の目的ですが、ハーフマラソンとミニマラソンのコースをウォーキングメジャーを回しながら2日間ひたすらトコトコ歩いてきました。フルマラソンがないのがせめてもの救いです。
道路の真ん中を、公安の車に先導されて、その後ろを5,6人で列になって、コロコロコロコロ・・・。市民の注目の的となってきました。(写真参照)

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どうやら、中国出張=肉体労働の図式ができつつあります。
中学時代にバトミントン、高校時代に山岳部、大学から野球で鍛えられた体力が、こんな形で生かされていたりします。(もしやそれで採用されたか?と疑っている。)

無事に帰ってこられたのでよかったですが、やはり今後も中国出張の前はドヨ〜ンとしてしまいそうです。
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2006/1/29

知らぬは最強の武器!?  仕事

かもしれないと思う。

先の上海出張にて。
私は中国語が全くわからない。ニーハオと自分の名前しか言えない。
どうしても、急いで会社からホテルに戻らねばならない事態に遭遇した。16:00くらいだったにも関わらず、ラッシュの時間帯で渋滞していた。
とりあえず、通訳さんから「急いでください」という単語だけ教えてもらい、タクシーに乗り込んだ。ホテルの名前が書いてあるカードを見せ、その単語を言った。
運転手「でも、今は渋滞しているから、無理だよ。」(状況からいってたぶん。)
私「急いで!」
運転手「でもこんなに混んでるし・・・」(たぶん)
私「急いで!」
こんな会話(?)を5,6回繰り返して、運転手があきらめた。
そして急発進と大量のクラクションで、誠意(?)を示してくれ、なんとか時間に間に合った。
到着したときには、私はジェットコースターに乗ったかの如く、真っ青になっていたが・・・。

ここ数日。あるイベントのロゴ作りをしていた。
準備に携わっているメンバーは私を除くとみなさん年配で、PCはかろうじてメールとワードはいじれるか、まったくやらないメンバー。
その中の1人、水墨画家が書いた案はかすれだの、薄墨だの凝っているにも関わらず、適当な紙に裏表にいっぱい書いたやつのひとつを指定してきた。
そしてこのメンバーの注文は、その絵と別の絵を2つ組み合わせてほしいとのこと。あまりにも指令が適当すぎて、外注しようにもなんと言っていいかわからないので、自力で頑張ることにした。
ガイドブックと格闘しながらPhotoshopとIllustratorを駆使して、色々な場所に使われることを想定して、どうにかこうにかいくつか案を作った。
その結果、‘こんなこともできるのか!’という感動を与えたようだが、=簡単にできるとなってしまったみたいで、みんなグラデーションをかけたらどうかとか色をもうちょっと薄くとかあれやこれや勝手なことを言い始めた。
‘ちょっとやってみてよ’って‘ちょっと’ってほど簡単じゃないのだ!
挙句の果て、イベントへの出資者の一言で、その場に居合わせたみんなが‘え、マジで?’と絶句した変なロゴになってしまった。
PCはめんどくさそうだからいじらない、でも人がやったものをみるとこんなことが簡単にできてしまうのか!と思うという大きな矛盾が生じているが、知らないが故に難しい注文をつけてくる。

やはり・・・‘知らぬは最強の武器’だと思う。
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2006/1/7


2006年になりました。
ブログ上で、2005年の締めをしないまま(しかも上海話で終わってる!)、2006年に突入するというのは気持ちが悪いので、遅ればせながら・・・。

2005年は、Springbordを見つけた年でした。
色々な素敵な人々に出会い、たくさんの人のお世話になり、知らなかった世界を知り、100%とは言えなくとも望んだ仕事のスタートラインに立てた。
自分の分岐点ともいえるすごく充実した1年となりました。

2006年は、このSpringbordをどう使うかがテーマです。
Springbordの力を最大限に活用して思いっきり飛べるように、研究して、自分自身の充電をする年です。

今は年齢的なこと、自分の実績、経験不足、色々障害もあります。
でも信じて全力で進んでいけば、いつか道は開ける。
同じ志を持った仲間がいれば、いつか変えられる。
そんな風に思っています。
こんな気持ちを先輩から、‘向上心が強い’とか‘まだ若いからね、自分も昔はそうだった’と言われることもあります。
確かに私は100%+αを目指してしまいます。でも猪の如く突進してばかりでは能がないので、その辺のコントロールとバランスは考えていかないといけないことです。
でも、‘抜きどころを知る’というのと‘あきらめて仕事をしていく’というのは違うと思っています。
どちらにしろ、私はまだあきらめる年齢ではありません。

数年後、自分がこのブログを見てどう思うのでしょうか???

長くなりましたが、今年もどうぞよろしくお願いします!
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2005/12/6

上海出張  仕事

今回はあるスポーツイベントで上海に1週間ちょっと出張した。

業界名はださないが、この仕事はスポンサー対応のプロとされる企業の下で運営がなされた。私はそのスタッフとして、出張前は参加者の対応をしていた。
結論から言うと、あまりにスポンサー様様になりすぎていて、参加者のことはまったく考えていない!ということに呆れた。

そりゃあ、出資してもらわなければイベントは成り立たない。
だけど企業は、自身が丁重なもてなしを受けたいが為に出資するのか?
参加者の対応ではなく、スポンサー用の朝食の見た目の問題のために朝4:00から駆けずり回ったり、使うためではなくスポンサーに見せるためのマニュアル作成を要求されたり。内容ではなく、見た目の紙の厚さで仕事を判断するらしい。

私がたった3ヶ月ではあるが、アメリカでのインターンで得たことは、スポンサーとチームが一緒にファンに楽しんでもらえる企画を考える、作り出すということだった。
決められた看板を決められた額で売るのではなく、そのスポンサーに合った企画をして出資してもらう。
私がいたチームでいうならChuck a Pigがまさにそう。他チームではPuckでやっていたのを、それをかわいい豚の人形にして、そこにスポンサー名を入れて、商品も提供してもらうというやり方。HP等での企業ロゴの露出はおまけ的要素が強かった。
ケースバイケースの対応。

本来、参加者にイベントを楽しんでもらって‘また来たい’と思わせて、参加者やファンを増やして規模を拡大して企業の出資価値を高めていくというものではないのか?
今の日本のスポーツイベントの現状は、私の上海での経験が当たり前なのだろうか?
出資企業は何を求めているのだろう?

現場は、自分が参加者だったら絶対怒ると思うような対応をせざるを得なかったり、大混乱で真っ青になっていたのだが・・・イベントを見に来たスポンサー様は大変満足して帰られたそう。いったい何を見に来たのだろう???(混乱振りはスポンサーには当然隠しているはずですが。)

参加者への対応をすべきスタッフは私しかいないにも関わらず、それよりもスポンサー対応の雑用を優先させることを強いられ、この先のことを大いに考え込んでしまった上海出張だった。
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