郵政民営化を議論する上で重要なのが、「ユニバーサルサービス」と「イコールフッティング」の2点です。
「ユニバーサルサービス」とは、主に公共財としての側面が重要視され得るサービスが全国に均一に行き届いているか否かということです。例えば、私が住んでいる北九州市のA地区が仮に僻地であったからと言って、水道やガス、電気の各種サービスが滞る様なことがあってはならないのは言うまでもありません。(極端な例えですが)
これは、郵便物のサービスに関しても同じことが当てはまります。
新潟県の豪雪地帯に手紙が届かないなんて話が現代の日本であっていい訳がない。
郵政民営化そのものに反対する勢力(それはそれでいいと思います)からは、「民営化とユニバーサルサービスは矛盾するのではないか?」という指摘がなされています。
公務員組織たる郵便局だからこそ、ユニバーサルサービスが可能であり、民営化された会社組織では無理だという訳です。
しかし、これは論理がそもそも破綻してしまっています。
実は、郵便物の集配は全て国家公務員が行っていた訳ではありません。
猪瀬直樹氏の著書『日本国の研究』で触れられているのですが、あれは日本郵便逓送と呼ばれる株式会社の業務になります。現行では、駐車違反取締り業務における「みなし公務員」制度が導入されている位ですから、「民間に出来ることは民間に」という主張そのものが間違っている訳ではありません。
竹中平蔵氏は、郵便局を「特殊で巨大なコンビニ業」と称して、商品すなわち提供されているサービスの少なさ、大きく分けてわずか3種類である点を改革すべきだと述べています。(郵便、貯金、保険サービス)
これらの業務の限定は、日本郵政公社法第19条の、「国の委託を受けて、印紙の売りさばきと恩給その他の国庫金の支払いを行うこと」という規定がネックとなっている為です。国民を消費者と考えた上で、従来までのサービスだけでは勿体無い、歯がゆい(?)と考えるのは、エコノミストの理論からすれば至極当然でしょう。
「大きな政府」を社会主義政策として批判するのも致し方ないのかも知れません。
郵政民営化の最大の問題点は、「なぜ今やらなければいけないのか?」ということです。
実はこの指摘は、かつての電電公社の民営化(NTT)とも深く関係しているのです。
IT産業の爆発的な普及は、インターネット社会と電子メールの浸透を促して来ました。それにて、日本国内では郵便物の取扱高が毎年2%から2.5%減少しています。今後も一層拍車がかかることは間違いないでしょう。
そこで、郵政民営化によって、このままの公社では苦境に立たされる(であろう)郵政事業を分社化することで一種のリスク遮断を図り、「窓口ネットワーク」「郵便事業」「郵便貯金」「郵便保険」の機能を一層発展させるという観測に基づいています。
電話事業が、民間主導であることはもう言うまでもありません。
NTTドコモ、ソフトバンク、京セラ…各社料金値下げ、プランの選択によって利用者は多大な恩恵を受けています。
これは、イコールフッティングが確立されてこその改革である訳ですが、郵政民営化においてはやや不透明な感が否めません。
宅配便で知られるヤマト運輸と従来の郵政公社では、業務そのものに準拠する法律からして違います。郵政公社が「郵便法」、ヤマト等の運輸会社は「貨物自動車運送事業法」。つまり、同一商品の扱いでも総務省と国土交通省という違いが出て来る訳です。
さて、公社のままではいけない理由として他にかつての「郵政宿舎」やメルパルク、かんぽの宿などの郵政関連施設の整理・縮小案が挙がっています。
宿舎用の土地が3500億円、建物の費用が1120億円、これらが郵便事業特別会計で処理されているという現状は確かに問題です。
郵政におけるグリーンピア問題と揶揄されるのもむべなるかな。
郵便貯金口座数が5億6377万。…日本の総人口の約5倍。「名寄せ」で個人の預金総額を確定する作業が完了したのかどうか?それを我々国民は未だ知らされていません。
個人向け国債の発行もあまりに遅かったと言わざるを得ません。
郵政民営化が、アメリカ資本やハゲタカファンドの圧力で促されたのだという若干陰謀論めいた?指摘があるのは確かです。(そういった面が無いとも言い切れません)
郵政民営化論議には賛成派のやや希望的観測が目立つと思うのは私だけでしょうか?
一番いけなかったのは、竹中平蔵郵政民営化担当大臣が、参院議員を辞任し、この「聖域なき構造改革」に着手した時点で、一線から退いてしまったことではないでしょうか?
経済財政政策は、経済学博士の「壮大なる実験」であってはならないし、政局論争ではなく「政策論争」でなくてはいけません。
郵政民営化問題は、とても小さなブログの記事で全て書き切れるものではありませんし、郵便料金引き下げ問題や、規制緩和、民業圧迫などなど数限りない問題が出て来ます。
最大の愚は、中身を議論せずに「小泉劇場」とやらの劇場型政治ドラマで全てをかき消してしまった自民党執行部と無責任マスコミにもあります。
国民不在の論争などあってはならないし、国民の無知もあってはなりません。