拉致問題と私たち
北朝鮮評価のどこに誤りがあったのか
白 川 真 澄 (「グローカル」634号掲載)
魚本民子のこと
しかし、私がこの文章を書こうと思い立った動機は、もう一つある。それは、魚本民子のことである。
一九八〇年と八三年にヨーロッパで日本人留学生三名が北朝鮮に連れ去られる事件が起きた。死亡が伝えられた石岡 亨、松木 薫、有本恵子さんが虚言に乗せられて北朝鮮に誘いだされ消息を絶ったのである。この事件には、「よど号」グループが深く関与していた。「よど号」グループとは、「世界同時革命」のための「国際根拠地建設」を夢見て一九七〇年に日航機「よど号」をハイジャックして北朝鮮に渡り、ほどなく金日成主義の熱烈な信奉者に転じた赤軍派の九名のメンバーである。
高沢晧司のドキュメント『宿命』(一九九八年)は、「よど号」グループとその妻たちが有本さんたちを騙して北朝鮮に行かせた工作活動(「日本人獲得作戦」)の実態を生々しく描いている。北朝鮮にいる「よど号」グループは否定しているようだが、自ら工作活動に携わった八尾 恵の証言『謝罪します』(二〇〇二年)によって、高沢の書いたことがほぼ真実であることは確証された、と私は考える。
拉致の工作活動に加わっている女性として、高沢と八尾の本に出てくるのが、魚本民子(「よど号」グループの安部公博の妻)である。魚本は、一九七〇年代に大阪の地でプロ青同に所属して活動していた。すぐれたオルグ能力を持つ活動家として評価されていたように、私は記憶している。
当時は、韓国の朴軍事独裁政権に抗する韓国の民主化闘争が燃え上がり、これに連帯する運動が日本で活発に展開された。私たちもこの運動に全力を挙げて取り組んだが、その過程で在日の韓国人や朝鮮人の組織や活動家との付き合いができていった。付き合う相手は、韓青同であったり朝鮮総聯であったりと地方ごとに異なっていたが、大阪では在日朝鮮女性同盟との付き合いが行われていた。
こうした中で一九七六年九月、魚本は、女性同盟の働きかけによって、女性問題の勉強のために北朝鮮に一年間留学したいと申し出た。彼女を指導する立場にいたA(プロ青同は共労党の指導を受けるという関係にあった)によれば、Aはその申し出に当惑し、彼女に抜けられると地域の活動に支障が出ることもあって、考え直すように説得した。しかし、彼女の決意は固く、大阪の党の責任者Bにも申し出て承諾を得た。
そこで、Aも、短期間の留学でもあり留学経験も将来役立つだろうと考え、承諾した。彼女は、親しい女性活動家による送別会をしてもらっただけで、慌ただしく十月初めに旅立っていったのである。当時、私はBとAから、魚本が留学のために北朝鮮に行くことになったという簡単な報告を受けた、と記憶している(共労党は、地方組織の自治と決定権が強い連合的な組織体質を特徴としていたから、地方組織の決めた活動方針や人事配置に中央が口を挟むことはほとんどなかった)。高沢は、魚本は「共労党の指示のもとに北朝鮮に渡り」と記しているが、事実は異なる。
だが、留学への勧誘は、北朝鮮が仕掛けた巧妙な罠であった。高沢や八尾の本によれば、この時期に「よど号」グループのメンバー全員を日本人女性と結婚させるという「結婚作戦」が展開されていた。これは、金日成が示唆し金正日が指示した企てであり、チュチェ思想の「代を継いで革命を行う」原則を実行したとされる。
七六年から七七年にかけて朝鮮総聯系の組織に働きかけられ留学や見学の名目で北朝鮮に誘いだされた日本人の女性たちは、すぐに「よど号」グループのメンバーと結婚させられた(八尾は、七七年五月には四組の結婚式が行われたと記している)。そして、妻となった女性たちは、幼い子どもを人質に取られた状態でヨーロッパに赴き、「日本人獲得作戦」に従事したのである。
北朝鮮に渡った魚本からは、その後まったく消息が途絶えてしまった。ひょっとすると彼女が金日成主義に帰依して秘密の工作活動に関わっている可能性もあるのではないかといった推測はできても、彼女を待ちかまえていた闇の世界は、私たちの想像力をはるかに越えていたのである(魚本の消息を知るのは、高沢の前作『よど号の妻たち』においてだが、そこでは重要な事実は隠されていた)。
魚本のことをいま考えると、暗澹たる気持ちになる。彼女は拉致という犯罪に加担した加害者であるが、同時に金日成・金正日の陰謀の犠牲者でもある。北朝鮮に行くことを決めたのは彼女自身であり、彼女が辿った運命は彼女が自ら選んだものである。また、当時の私たちは、金正日や「よど号」グループが企てていた「結婚作戦」という罠を知る術もなかった。
にもかかわらず、当時の私たちは、北朝鮮を「世界革命の根拠地国家」とだけ規定し、その抑圧的な国家体制とそれを支えるチュチェ思想に対して驚くほど無批判であった。金日成を神格化し人びとの政治的自由を根こそぎ奪う独裁体制とチュチェ思想をきちんと批判する。このごく当たり前の作業を私たち(あるいは私)が行っていたならば、あるいは魚本が北朝鮮への旅立ちを思い立つこともなかったかもしれない。にがい後悔の念が、どうしても私の心をよぎるのである。
[政治] 拉致問題/帰国して政府・公安の不当性を明らかにします
二月四日 「かりの会」魚本民子
共和国敵視政策のための弾圧と闘っていきます
昨年、NHKスペシャルで「拉致」疑惑が報道され、貴紙に「私は『拉致』をしていない・政府・警察・マスコミ一体となった『陰謀』─」(第一一四九号)を投稿させていただいた「かりの会」の魚本民子です。自らにかけられたこの「拉致」疑惑を晴らしていく最善の策は、私自身が帰国して真実を訴えていくことだと思い、今回、帰国を決意しました。手続きが順調に進めば、二月下旬の帰国となります。
私が帰国すれば、即、逮捕・拘留となるでしょう。去る一月一一日、私が帰国を明らかにするや否や、警視庁は「帰国すれば逮捕する」と発表しました。これもおかしな話で、私に出されている逮捕状は、「期日までに旅券を返納しろ」とする行政措置に従わなかったという《旅券法違反容疑》と、銀行口座を仮名で開設したという《有印私文書偽造、同行使の容疑》です。
これらの容疑は法的に見れば、元来、逮捕され長期拘留されるようなものではありません。にもかかわらず警視庁があえて逮捕・拘留しようとするのは、「拉致」疑惑をかけているからです。すなわち、悪名高い「別件逮捕」だということです。
この「拉致」疑惑に関しては、私は今まで一貫して身の潔白を明らかにしてきました
。。私は朝鮮民主主義人民共和国(以下、共和国)に行きたいという人の手助けをしたことはありますが、人を騙して共和国に連れていったり、または「共和国の工作員」にするために人を連れ出すようなことは一切していません。いわゆる「拉致」の事実がないのですから、ないと訴えているのです。
日本の平和と自主のために闘います
今年一月警視庁は、帰国した六人の子供たちに成田空港で身体捜索を行い、私の裁判の事前協議のために訪朝した、川口弁護士と山中救援センター事務局長が所持していた裁判資料やメモを押収する、という暴挙を働きました。「警視庁なら国の法や制度と関係なく、誰に何をやっても許される」といったこのような愚挙は、まさにファッショとしかいえません。
私は帰国後、裁判過程を通じて、身の潔白を明らかにすることはもちろん、アメリカに追随し、共和国を敵視するために、私たちへの不当な弾圧を行ってきた政府と公安の汚い手口を、一つ一つ暴いていきます。そして私は、これを自身に対する政治的弾圧としてだけでなく、「戦争か平和か」「自主か従属か」という、わが国の運命に関わる問題としてとらえ、不当逮捕・長期拘留攻撃に反対し、あくまで日本の自主と平和のために生き、闘っていくつもりです。
私は、最後まで頑張っていきます。読者の皆様、私の帰国と裁判闘争に対するご理解とご支援を、よろしくお願いいたします。
人民新聞 2004年3月6日付より
http://www.jimmin.com/
魚本民子は、1980年(昭和55年)に北朝鮮当局の工作指示に従い、偽名で日本に入国。当時の日本社会党愛知県本部(現在の社民党愛知県連合)に社会党員として入党し、同年8月の原水禁大会に愛知県代表として出席しています。
彼女ら「よど号の妻たち」は、福留貴美子さんの例にもある通り、何度か日本に入国する等していた形跡があり、ヨーロッパルートと共に日本国内での拉致被害者オルグミッションの全容解明が急がれます。