日本政府・警察庁共に北朝鮮による拉致事件として認定した、鳥取県の松本京子さんの失踪事案に関するレポートです。
私、くまがわ直貴はこの事件については今から4年前の2002年(平成14年)の秋口にある方からの情報提供で知り得ました。翌年2003年(平成15年)には得た情報を基に現地まで赴き調査等も行いました。
現場写真やレポートを当時の救う会(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)宛に送付した所、事務局長だった荒木和博さんからご丁寧にお返事を頂きまして、「救う会側でも拉致事件の疑いが濃厚と考えています。」とのことでした。
荒木さんは現在は「特定失踪者問題調査会」の代表を務めておられます。但し、2002年当時はまだ調査会は発足する以前のことでした。
さて、ここで「松本京子さん『拉致』事件」についての詳細情報をまとめてみたいと思います。あくまでも当時の関係者の証言等をベースとしている為、実際の出来事に関しては事件の全容解明を必要とすることは言うまでもありません。
1977年(昭和52年)10月21日金曜日の夜の出来事でした。
鳥取県の西部の玄関口米子駅から隣の境港市に沿って走る国鉄(現JR)境線の無人駅和田浜駅で下車した所にある和田町。
尚、境港市はズワイガニの水揚げで有名な漁港であり、北朝鮮との貿易が全国的に盛んな町でもあります。
ここに暮らす松本京子さん(当時29歳)は、夕方同居する母親と食事を摂った後、午後8時前頃に同町の自宅を出ました。この時、京子さんは財布を持たず、サンダル掛けであったことが確認されています。

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