久間章生防衛相(66)は3日午後、首相官邸を訪れ、安倍晋三首相に米国の原爆投下について「しょうがない」と発言した問題の責任を取り、防衛相を辞任する考えを伝え、首相も了承した。久間氏は、自らの発言が29日投開票の参院選に影響を与える事態を考慮し、これ以上、閣僚にとどまることは安倍政権と与党に迷惑をかけると判断したものとみられる。
久間氏は、首相との会談後、記者団に「私の方から首相に申し上げた。長崎県のみなさんに迷惑をかけている。最初に私が言ったことと違うが、理解されていない。けじめをつけなければいけない。私が辞任するということだ。首相は『残念だが受け止める』と了承してくれた」と述べた。
久間氏の辞任表明を受けて、首相はただちに後任人事に着手する。安倍内閣の閣僚辞任は昨年9月の政権発足後、同年12月の佐田玄一郎行政改革担当相以来2人目。今年5月には、松岡利勝農水相が自殺している。
これに先立ち、公明党の浜四津敏子代表代行が同日午前、国会内で記者団に対し「私個人としては、柳沢伯夫厚労相の(女性は産む機械)発言も問題はあったが、これは質的に重大な発言だ。ご自身で身の処し方を賢明に判断していただきたい」と述べ、自ら辞任すべきだとの認識を示すなど、与党内からも辞任論が噴出していた。
民主党の鳩山由紀夫幹事長は3日午後の記者会見で、久間氏の辞任について「辞任は当然だが、問題閣僚を多数抱えている安倍内閣の任命責任は極めて重く残る」と述べた。
また、自民党の片山虎之助参院幹事長は、「発言自体が軽率だったと思う。現職閣僚の意見は重い。しかも防衛相で、長崎県出身だし、そうしたことを全部おもんぱかって、責任をとったのではないか。本人の判断なので尊重すべきだと思う」と語った。
◇
【プロフィル】久間章生
きゅうま・ふみお 長崎県出身。東京大学法学部卒業後、昭和39年、農林省入省。45年に長崎県農林部に移り、30歳で同県議に。54年に長崎1区から総選挙に出馬するが落選。翌55年、衆議院議員初当選を果たす。平成8年、第二次橋本内閣で防衛庁長官、9年の改造内閣でも留任。16年に自民党総務会長。昨年9月、安倍内閣の防衛庁長官に就任し、今年1月の防衛省発足に伴い、初代防衛相となった。当選9回。
◇
■久間氏発言経緯
久間章生防衛相は6月30日、千葉県柏市で行った講演で「原爆を落とされて本当に悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている」と語った。米国による長崎への原爆投下が終戦を早め、旧ソ連による北海道侵攻を防いだとの論旨だが、発言には野党だけでなく与党内からも批判が噴出。その後、久間氏は発言を撤回し、安倍晋三首相も2日に久間氏を官邸に呼び出して厳重に注意した。
(産経新聞)
…後任の防衛相に就任した小池百合子氏は、前回の衆院選(いわゆる「郵政選挙」)において自民党本部が送り込んだ「刺客」第一号候補であり、「クール・ビズ」を提唱した環境大臣時代に一躍知名度をアップさせています。
勿論、政界入りする前には「ワールド・サテライト・ニュース」のキャスターとして国際派ジャーナリストとして活躍していたことも忘れてはならないのですが。
さて、久間氏の「しょうがない」発言ですが、ここで言葉の持つ意味合いについて冷静になって考えてみたいと思います。「しょうがない」=「致し方ない」という語句の持つイメージには「(「しょうがない」対象者の方に)非があったのだから」という大前提があることに注意する必要があります。
久間氏の歴史認識がどの程度のものだったのか?それはこの時点ではご本人にしか分からないことなのかも知れませんが、アメリカ軍による我が国への原爆投下に至った背景を踏まえるとこの発言にはある種の逆説的感情が見え隠れしているのも事実です。
そのパラドックスを解く鍵は、長崎同様原爆被害を受けた広島市の平和公園の記念碑に刻まれたあまりにも有名な一文に隠されていると思うのです。
「あやまちは繰り返しませんから…」
原子爆弾と放射能の被害を受けた被害当事国である我が国日本が自ら「あやまち」と呼んで「繰り返しませんから」と懺悔する、一見すると奇異でもあります。
この碑文は某大学教授(日本人です)が作成したと言われています。
不思議なことに主語が一切無い為に、誰が誰に対して懺悔しているのかも定かではありません。
「アメリカに過ちは繰り返させませんから!」ならすんなり理解出来ます。
しかし、そうではない。
当時(大東亜戦争末期の1945年)敗戦色が濃厚であったにも関わらず、その事実を軍部並びにマスメディアは隠していた為に更なる被害を招いたのだと、右も左も概ね主張しています。(確かに当時の「朝日新聞」等を読めば一目瞭然でしょう。)
自分達(日本側)の無策ゆえ原爆投下を招いてしまったとする碑文であると私はまず解釈しましたし、それこそが日本人の自らを顧みる美徳の精神であると信じたいものです。(これは自虐史観とは異なるベクトルの考え方だと思います。)
先の大戦で亡くなった英霊への慰めとも言えましょうか。
この観念を持っている者とそうでない者には、久間氏の発言がまるで違って聞こえて来るのではないでしょうか?
私くまがわ自身、長崎の出身ですから、原爆被害の恐ろしさは幼少期より伝え聞いております。人類に対して核兵器を使用したという事実は人道に反する罪であり、このことは決して許されざる蛮行です。認められるものでもありません。
我が国は非核三原則を堅持しており、同時に日米安保によって米国の核の傘に入っているという、ともすれば矛盾した情勢下にあります。
歴史を後から振り返れば、限りなく問題点や決断ミスを探し出すことが出来ます。
国際法上も違法なソ連参戦、中国における戦車隊による日本人非戦闘員の虐殺。
ソビエト率いる共産主義勢力の日本本土上陸及び占領計画。…その後の東欧諸国への介入を見れば火を見るより明らかです。
原爆投下→敗戦→米国の占領政策
これにより、ソ連の日本侵攻を防ぐ事が出来たのは紛れも無い事実です。
何故か久間発言でこの点に触れた報道機関や政党・議員が見受けられなかったことが残念です。
被爆地出身の議員、ましてや防衛大臣という要職にある者として被害に遭われ今なお後遺症に苦しむ方々や犠牲となった御霊に対する配慮が無かったのは遺憾ですが、久間発言を単なる「失言事件」で片付けるのではなく、シビアな外交・安全保障上の叩き台として分析するべきではないでしょうか?