安倍首相辞任のニュースは、改造内閣発足直後・代表質問を控えた中での極めて「異例中の異例」だったことから、与野党でも驚きと戸惑いを隠し切れない様です。
安倍首相の辞任の要因の一つに自身の「健康問題」が挙げられています。(持病の「潰瘍性大腸炎」と思われますが、現在の段階では不明。)
与謝野官房長官の会見の中でも「大変厳しい状況だった。」とあることから、これまでの「政治とカネ」を巡る与党・政権内のスキャンダルと相まっていたことは否定出来ないでしょう。
しかし、何よりも大きな要因は首相自身も会見の中で語っていたように、民主党の小沢代表がインド洋での海上自衛隊の補給活動継続協議への首相側からの党首討論呼びかけに応じなかったことが挙げられるでしょう。
小沢代表は、党首討論をあくまでも『国会論戦』で行おうとする姿勢を貫き、安倍首相が自らの求心力低下に歯止めがかからなくなっていることを悟ったと見るのが自然と思われます。
11月1日に期限が切れるテロ対策特別措置法に代わる新法案は、小沢代表の「アメリカ軍の活動に対して自衛隊が支援するのは明白な集団自衛権の行使」という見解により、民主党等の野党から反対の立場を突き付けられています。
(私としては、小沢氏は自民党幹事長時代も、新進党党首時代にも集団的自衛権の行使にはそれ程反対のスタンスを採っていなかったと認識しているので、多少なりとも疑問があるのですが。小沢氏の政権奪取の戦略と見るべきなのでしょうか?)
安倍首相は、著書『美しい国へ』(文藝春秋)の中で、第4章に「日米同盟の構図」と題して、テロ事件以後のアメリカの安全保障体制の在り方や、合衆国の民主主義や保守の定義、そこから我が国自衛隊の「戦力なき軍隊」としての矛盾に触れています。
敗戦後の日本が占領軍のマッカーサー最高司令官から、「戦争の放棄」つまり憲法9条の条項を与えられた経緯について、「国家主権の発動としての戦争」「紛争を解決する手段としての戦争」はもとより、「自国の安全を守るための戦争」まで放棄させようとしていたと指摘。その背後に存在したGHQ内のニューディーラー(マルクス主義の亜流・フランクフルト学派の流れを汲んでいたとされる)の憲法前文が独立国としての要件を欠如させたとも述べています。
敗戦後間もない1953年、まだ全国民のほとんどが親しい友人や知人、家族を戦火で失っており、戦争に対するアレルギーが濃厚だった当時、国会の自衛隊創設をめぐる質疑の中で「戦力を持つの軍隊にはいたさない」という有名な『戦力なき軍隊』の答弁を行います。
これ以後、自衛隊もしくは憲法9条、集団自衛権の行使といった安全保障問題が、国内を左右勢力に分裂させる重要な政局問題へとシフトして行く事は周知の通りです。
1960年の日米安保闘争は、再統一後の日本社会党に率いられた革新勢力に一定の支持を与え、「再軍備=反動」という色眼鏡で見られる国内世論は確実に形成されて行きました。当時首相であった岸信介こそが、安倍首相の実の祖父です。
自民党が憲法改正を党是として掲げていたのは紛れもない事実ですが、岸政権の後の池田内閣は「所得倍増計画」の下で、日本の経済大国化というテクニカルな問題に終始するあまり、日本と諸外国との関係は貿易収支でよってのみ判断されるという状況を加速させてしまった感も否めないのです。
これは、その後の田中角栄内閣の『日本列島改造論』で飽和点に達します。官僚ブレーンの頭脳を結集した(当時西ドイツから帰国したばかりの武村正義氏も加わっていました)『日本列島改造論』は、しかし地方の発展とインフラ整備に力点を置いていたものの、我が国を取り巻くシビアな国際情勢(ソビエトや中共、民主カンプチア等の国際共産主義の台頭)や安全保障には一瞥もせず、結果「今そこにある危機」を見抜けないという愚を犯してしまったのです。それは言うまでもなく、1970年代当時「周囲を海で囲まれて安全な」(石橋政嗣日本社会党元委員長・「非武装中立論」)はずの日本に不法上陸侵入した北朝鮮工作員による日本人拉致事件です。
『美しい国』とは、他国の主権侵害に毅然として立ち向かい、自国民の生命と安全を守り抜くという至極当たり前の姿勢に他なりません。そういった意味では、PKO五原則の正当性を主張し、海外(戦闘地域)での民間組織による復興支援のリスクに言及していた安倍首相の国家・防衛論には大いに共感し得るものがあります。
社会民主主義の祖・ベルンシュタインは、国民の果たす義務の優先順位の最高位に国家防衛体制を唱えました。安全保障政策は、決して政局や与野党間の駆け引きによって議論されるものではありません。自国民の生命・安全・人権を守り、守って守って守り抜く!という強い姿勢があったからこそ、アメリカはレーガンのスター・ウォーズ計画を支持し、結果巨大軍事費による財政圧迫で「仮想敵国」ソ連は崩壊しました。
この歴史的事実を「闘う政治家」として訴えた安倍首相の『美しい国へ』は今こそ改めて多くの国民に読み返してもらいたい一冊だと思います。
