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    <title>光あるうちに</title>
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    <description>光あるうちに</description>
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    <dc:date>2009-11-25T18:30:37+09:00</dc:date>
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    <title>イエスが歩まれたように</title>
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    <description>今日のみことば

「神の内にいつもいると言う人は、イエスが歩まれたように自らも歩まなければなりません。」第一ヨハネ2−6(新共同訳)

今朝、この箇所を読んで、イエスが歩まれたように自らも歩むなどできるわけがないと思った。

人を憎まないで、人を裁かないで、神に裁きを委ねることくらいはできるけれど、罪人の為にご自身の命さえ差し出されたように、迫害さえも嫌わないで、大胆に神の道を宣べ伝えていくことなど、私には勇気がなくてできないと思った。

けれど、神様に、このみことばの意味を尋ねたところ、教えられたのは...</description>
    <dc:date>2009-11-19T23:49:00+09:00</dc:date>
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    <title>赦しときよめ</title>
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    <description>今日のみことば

「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」第一ヨハネ1の9

私たちは自分で自分の内側の醜いものをどうにかしようとするから苦しいのです。自分で自分の内面を善いものに改善することなどできません。もしかしたら、表面的には、または、上辺だけは、綺麗に見せかけ装うことはできるかもしれません。しかし、内側の深いところに隠れている汚いものは依然として残ったままです。

今日のみことばは鋭く心をえぐられました。...</description>
    <dc:date>2009-11-18T09:47:00+09:00</dc:date>
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    <title>律法学者の義に勝る義</title>
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    <description>今日のみことば

「神のことばにつけ足してはならない。
神が、あなたを責めないように、
あなたがまやかし者とされないように。」箴言30−5

「もし、あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさるものでないなら、あなたがたは決して天の御国に、はいれません。」マタイ5−20

聖書を曲解したり、オブラートに包んだり、優しい味に味付けを薄めたりしてはならないと思った。人間に都合の良いように、聖書を解釈してはならないと、身が引き締まる思いがした。

「天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれ...</description>
    <dc:date>2009-11-16T18:34:00+09:00</dc:date>
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    <title>神との親密な関係を守る為</title>
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    <description>神様と風通し良く居る為には

私と神の間に何の隠し事もないようにしなければならない

自分独りで痛みや傷や怒りを握り締めないで

全ての思いを十字架の元に降ろす

全てを打ち明け

全てを告白する

神と自分の親密な関係を阻むのは

人間側が独りで問題を抱え込んでしまうことによる

どんな小さな痛みや傷も恨みも怒りも

思い煩いも心配も

そのままにしておかないで

キリストの十字架に持って行くのが良い

イエス様に常に真ん中にいていただく為に

全ての妨げを神の御手にお渡ししよう
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    <dc:date>2009-10-31T17:51:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blue.ap.teacup.com/masako/457.html">
    <title>痛みも罪も十字架に</title>
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    <description>私が受けた傷も痛みも苦しみも

何もかも十字架の元に降ろせば癒される

私が犯したどんな罪でも

十字架の元に降ろせば赦される

十字架には罪を潔める力がある

イエス様が私たちの身代わりに

罪を引き受けてくださったからだ

神様は、私たちのどんな問題でも

十字架の血潮で解決できないものはない

そう教えてくださった
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    <dc:date>2009-10-31T08:39:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blue.ap.teacup.com/masako/456.html">
    <title>いつも一緒にいたいです</title>
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    <description>イエス様、朝も昼も夜も

いつも一緒にいたいです

あなたにしがみついていたいです

すべての縛りから解放して

あなただけにつながっていられますように

朝も昼も夜も

いつもあなたと一緒にいられますように
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    <dc:date>2009-10-31T08:18:00+09:00</dc:date>
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    <title>何が一番大切？</title>
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    <description>何が一番大切なの

それは心の真ん中にイエス様が居てくださること

それ以上に大切なことはない

イエス様が私の中心に座っていてくださるなら

何が起こっも大丈夫

イエス様さえ居てくださったら

私は大丈夫
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    <dc:date>2009-10-30T11:33:00+09:00</dc:date>
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    <title>救いは神様だけ</title>
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    <description>荒れ果てた私の心を救うのは

神様しかいない

詩篇55に私の心を映し出すかのようなフレーズを発見

「私に御心を留め、私に答えてください。

私は苦しんで、心にうめき、

泣きわめいています。(55の2)

私が、神に呼ばわると、

主は私を救ってくださる。

夕、朝、真昼、私は嘆き、うめく。

すると、主は私の声を聞いてくださる。(55の16、17)

あなたの重荷を主に委ねよ。

主は、あなたのことを心配してくださる。(55の22)
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    <dc:date>2009-10-28T22:20:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blue.ap.teacup.com/masako/453.html">
    <title>悔い改めて、全てを委ねます</title>
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    <description>私は幼い頃に受けた傷によって

凄く歪んだ物の見方をするようになったり

親を恨んだり

自分に自信が持てなくて

自己肯定できなかたり

自分を責めてばかりいて

罪の中にころげ回り

のたうち回っていました

これらの全ての罪を赦して

全ての罪から潔めてください

完全な愛と必要は

神様からのみ与えられることを信じます

全ての理解と受容と承認は

神様からのみ受けとれることを信じます

私が神様の位置に自分を置いて

物事を裁いたり

判断したりすることがないように

守ってください

子供達や主人や友人や母を

コン...</description>
    <dc:date>2009-10-28T16:02:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blue.ap.teacup.com/masako/452.html">
    <title>人を赦さないなら自分も赦されず</title>
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    <description>「人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません」(マタイ6の15)

私たちが人を赦すのは並大抵なことではない。赦したくない人を赦すことができるようになるには神の助けが必要だ。

しかし、もし、自分が、自分自身の罪を本当に嫌と言う程、とことん知り抜いていたら、そして、悔い改めて、神からの赦しを受け取っていたら、感謝のあまり、誰かの罪を赦さないでおくことなどできはしない。

誰かを赦せないのは、自身の罪に気がついていないか、認めたくないかのどちらかだ。自分は赦せない誰かよりは、まし...</description>
    <dc:date>2009-10-25T09:00:00+09:00</dc:date>
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