2017/4/28  22:39

きれいごと  政治
「日曜赤旗」を購読しているが別に「日本共産党」を支持しているわけではない。あくまで同じ町内に住む者の付き合いだ。今号は「黄金週間」の合併号だそうでタブロイド判で40ページと分厚い。

日本共産党も戦後すぐの「革命」路線は、放棄しているはものの、やはりどんなに少数意見の代弁者にしても、どんなに天邪鬼の筆者を以て解釈してもその主義主張は、“きれいごと”の域を出ない。最近は、だいぶ物分かり?が良くなってきたので、やっと日付の西暦のあとに「平成29年」と入れるようになった。「天皇退位」問題を“忖度”してのことなのか。

 しんぶん赤旗 日曜版 05月07日号の見出し抜粋
◇沖縄辺野古護岸着工に抗議 井筒和幸
◇憲法9条こそが人類の未来 半藤一利
◇北朝鮮情勢、軍事的選択肢支持を反対 小池晃
◇テロ等準備罪反対
◇森友問題追及
◇豊洲市場移転反対

日本共産党は、基本的にはあくまで反権力・反米だから4年半も高い支持率の「安倍晋三政権」でもその政策には批判せざるを得ない。日曜赤旗も見出しだけで中身をよく読んでいないから軽々に批判しても仕方ない。

憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼」などは、古今東西の歴史に見れば島国日本の理想と願望にしか過ぎないので、この“まえ文”だけでも筆者は基本的に憲法改正に賛成。09条1項は賛成するが2項は可笑しい。中国・ロシア・北朝鮮など独裁国家に「話し合い外交」など通用しないのは素人でも判り切ったこと。話し合い外交が成功しているなら北朝鮮の拉致被害者などとっくに救出されているし、北方領土も返還されている。

核兵器開発・保持が国是!の北朝鮮を放棄していたら何れ韓国も保持するし、日本も保持せざるを得なくなる。こんな簡単な世界情勢もない。22時からNHKBSの国際報道を見てから寝る習性が着いた。

添付は「花菜ガーデン」のマグノリア。

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2017/4/21  18:50

お役所仕事02  身辺些事
一年半ほど前(2015/10/12)「父系祖先」なる記事をブログに書いた。父系祖先は全く知らなかったので、戸籍謄本の読解と父系の従兄の妻からの伝聞の内容だった。父系の祖母の名は読めず、古文書入門で読み解いた。崩し字で役所も読めなかっただろう。多分「はま」と読む。

そのとき戦死した実父は「5男」という事実を知ったが、謄本からも窺えないので2男・3男・4男などは知るべくもない。なにしろ祖父の生日さえ解らない。死去したのが大正02・1913年(38歳)だ。伯父と実父は15歳位の開きがある。この2男・3男・4男の生死の証明が無ければ「特別弔慰金」受給の資格がないことが神奈川県庁から問われた。難儀なことである。

 戸籍謄本祖父の死の記述は大正弐年実父もまた父の顔を知らず
    平成24年
 一寸木(ちょっき)といふ屋号の店の娘とぞ祖母も昭和を待てずに死にき
    平成24年

昨日は平塚市役所へ出頭! 今日は成田市役所への長電話だった。生死も解らない名前も知らない父系の伯父三人の戸籍(除籍)謄本を取得するには、父系祖父母の戸主を辿らなければならないことになった。昭和44年に死去している伯父の戸籍は「平塚市」に無かった。あとは昔の「千葉県香取郡下総町」にあると思うのでここへ750円の小為替を同封して、先ず戸主の戸籍を調査、そこから第二段階で父系の6人(3人だと思っていた)の死亡戸籍を揃えることになる。

伯父は昭和44年まで歯科医だった。伝聞だが祖父は「小田原警察署」の署長だった。祖父の出身地は今の成田市、千葉県香取郡下総町だった。だが経緯は解らないが神奈川県小田原へ転居したらしい。だから戸籍は小田原市かも知れない。そうなると成田市役所へ戸籍謄本を請求しても“空振り”になる可能性も十分に考えられ、さらに難儀なことになる。もう面倒だと思えば、そこで国家は給付しなくても済むことになる。

年間5万円の国債×5年=25万円の取得には、だいぶ時間がかかる。問題は金額の多寡ではない。こうまでしないと国は動かないこと。当時は国は簡単に市民を徴兵したことを言いたい。政治家や官僚や軍人だけではない。メディアも“聖戦”を煽ったことを言いたい。筆者には当分死ねないことになった。

本日6月号の短歌の原稿がどっさり届いた。一週間ほどブログは休載です。

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2017/4/19  20:49

お役所仕事  身辺些事
昨年07月、戦没者特別弔慰金の請求書を提出した。昭和20年、34歳で戦病死した実父の弔慰金。この請求は、既に10カ月を経過しているから、そろそろ年間5万円の国債(すぐ現金化は無理だろうと思う)が届くのかと構えていたが、やはり“お役所仕事”だった。市区町村の次の県庁に留まっていた。そこから厚労省・財務省に回り、承認されればそこからすぐに元へ戻ってくる手筈と思っていた。甘かった。

どうもお役所仕事は、つまりは書類主義、戦死した実父は「五男」と戸籍にある。この目で長男の伯父は知っている。この人は昭和44年に死んでいるが、この伯父と2男・3男・4男の伯父・伯母の除籍(死亡の戸籍)謄本が必要との由。つまり弔慰金を貰う資格者が筆者の私だけだということ。

戦死した実父は末っ子でも大正元年生だから今、生きていれば105歳。その兄弟など110歳代だろう。実父の戸籍からも伺えなければ、明治時代末期のこと生後すぐ亡くなって成長したとも思えない。長男の伯父と実父の間に、三人の兄弟があったことなど全くも知らないし名前も知らない。

◇昨年07月揃えた書類
@請求書A請求者本人の戸籍謄本B母親の除籍謄本C戦没者(実父)の戦没記録のある戸籍謄本D請求者と戦没者の関係の解る戸籍謄本Eマイナンバー・住民票F本人確認(免許証)

◇書類の経路
請求書提出→市区町村→神奈川県(戦没者の都道府県・千葉県)→厚生労働省→財務省→厚生労働省→県庁→市区町村→請求者本人の居住する郵便局

徴兵された多くの一般市民は、数カ月の訓練で戦場へ送られ310万人も死んだのだ。例えば昭和19年の「インパール作戦」など指揮して部下を6万人も死なせた「牟田口廉也」などは「陸軍中将」、戦後は多大な軍人恩給を手にした違いない。戦死した者の家族は、現実に多くの苦難を乗り越えて今があるだろうし、無かった者も多い筈。

明日はまた市役所へ行って5人の除籍謄本の請求の按配を訊くことになる。これから5年間、頑張って生きねばならないのはこれも結構タイヘンだ。筆者が早々に死ねばそこで“ジ・エンド”だ。戦死者を父に持つとこれはこれで面倒だ。そんなことは忘れろ、という人も居る。そうはいかないのだ。

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2017/4/15  21:54

エッセイの昭和10  昭和史
昭和40年前後、筆者の20歳前後は、松本清張、水上勉、黒岩重吾などのいわゆる「社会派推理小説」に没頭していた。それまでになかった今の新書版に当たる「カッパノベルス」の作品群で松本清張はベストセラー作家になった。「点と線」「眼の壁」は、衝撃的だった。清張作品の初期のものは殆ど読んだ気がする。ただ自分の人間性の問題だと思うが、推理小説は、導入部の殺人事件の謎が提示されると結末もすぐ読んでしまうので、いわば「中抜き」の読書になってしまったのが悪い癖で、これは邪道。

そこから文学性!の高い石川達三・川端康成・三島由紀夫の作品を読むようになったのだと思う。川端・三島はこの際、割愛。捨てないで所持していた石川作品はおおむね新潮・角川文庫。今ではすっかり黄ばんでいて、しかも8ポイント仕様だから今では、殆んど読めないが21冊あった。

記憶に残るのは『人間の壁』で文庫三冊、教育労働争議を通し女性教員が成長してゆく話。『骨肉の倫理』は、兄弟姉妹の遺産相続の話。『充たされた生活』は新劇女優の恋愛の話。『傷だらけの山河』は、実在だった東武・西武鉄道の創業者の対立をモデルにしていたと思う。石川作品は、その、多くが映画化されている。映画で記憶するのは『金環蝕』で昭和40年前後の自民党の総裁争いが中心。

愉しかりし年月』は、エッセイではなく小説。丁寧に読んだ記憶がない(四六判・上製本、新潮社 1969・昭和44年発行、8ポイント25字×23行×2段組×258頁)。小さい活字で二段組の様式は今では殆どない。新聞小説で長編だったからか。単行本も50年を経過すると印刷のインキのムラが無視できなくなり読みづらい。
人物点描』(四六判、布クロスの上製本、新潮社 1972・昭和47年発行、9ポイント×42字×20行×328頁)。この本は、布クロスの函入で初版。いささか価値がありそう。ここに著わされる人物は45人、軍人、教員、俳優、経済人、作家、女性、歴史上の人物と多彩。人間観察、人間描写も丁寧で社会派の作家と称される所以。こうした巧みさは全ての作品に及んでいる。

昭和10年、第一回・芥川賞受賞者、昭和60年、79歳で死去。墓所は神奈川県平塚市の「那由陀の郷」というが事実なのか後日、確かめたい。

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2017/4/14  22:25

監視社会  身辺世相
年齢を重ねると感知力が衰え、記憶力が衰え、好き嫌いが多くなり、多くの事件・事故は頭上を通り!過ぎて行く。これは個人的興味だが、経済に縁がない分、政治・外交が気になる。有体に言えば、筆者などインターネット時代の検索好きのオジサンということで、その範囲の趣味になる。

新聞もテレビ報道もましてNHKに代表されるが正義と理想を逸脱できないから、実態と現実が大事なのにテレビ画面に量・質が収まらなければ、報道はそこまでだ。他国が日本の悪口を言っても、日本は新聞、テレビであからさまな悪口は言えない。天邪鬼の筆者は、ここが目の付け処、嘘っぽい正義論をすぐ嗅ぎ出すことに集中する。今はいわゆる「共謀罪」の問題。これほど理想と現実が日本列島では噛み合わないことはない。

民進党や共産党などの野党は「『共謀罪』の捜査によって監視社会を招く」と廃案を訴えているらしいが、もうすっかり監視カメラ・防犯カメラによって多くの事件の犯人が検挙されていることは忘れている。だいぶ前にオウム真理教の「サリン事件」などあったことをもうすっかり忘れている。日本の警察はサリンという化学兵器も知らなかった。日本には外国ならば当たり前の有事立法やスパイ防止法などが無い。この程度の法律は、当たり前だろう。共産党はともかく綺麗ごとばかり言う最大野党「民進党」は瓦解寸前。

アメリカとロシアの代理戦争は、今、中東のシリア。国の為政者が国民を殺していて難民がヨーロッパへ押し寄せて、その数が500万人。北朝鮮が崩壊して難民が日本海側に押し寄せることも有り得ることも想定されている。北朝鮮がシリアに化学兵器を輸出していたことも十分に想像される。

スマートフォン全盛の時代、監視社会などと言ってもあまり意味はないような気がする。昔は小さな共同体構造でプライバシーが無かった。個人情報保護とかで自画像さえ規制されても、多分殆どが何らか手段で把握されているように思う。個人情報が筒抜けになっても、日本では広告宣伝の被害だけだ。

桜の開花も満開も東京が最初だったが、何だかどこかおかしい。拙宅の近くの金目川堤は今日が満開、まだ全然散っていない。

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2017/4/11  21:03

昭和の名優  映画TV
第二日曜日は短歌の例会、江東区豊洲まで出掛けた。最近は、魚市場で豊洲が脚光を浴びている。豊洲が化学物質に汚染され、築地市場は安全であるというのは、どうやら小池百合子ファンのメディアの報道が“全体の空気”が醸成している。ベンゼンを含む地下水で魚を洗うわけではなし、築地では市場の無い午後は、鼠とゴキブリが跋扈しているらしい。どちらが清潔かは判ろうと言うもの。いずれ「豊洲市」場は正式に決定されるだろう。

 葬式無用戒名不要の遺書残し静かに消えゆく昭和の名優

筆者の私の9首の中の一首。これは先頃亡くなった「神山繁(こうやましげる)」を追悼したものだが、この俳優は「名優ではない」と言われてしまった。テレビ朝日の番組制作の現場を担当しておられた方の感想だから説得力は抜群。確かに演技だけを見れば名優とは言い難い。だから「昭和の俳優」乃至は「神山繁」と固有名詞にすれば良かったことになる。筆者の“名優の”尺度は別の処にある。それは後述する英語力だ。名優の物差しではないが、英会話のできない私には、これも立派な理由。更にツマラナイ理由だが、筆者と頭の禿げ具合が似ていること。

「名優」と言っても、主演級の三船敏郎、高倉健などは、先ず対象外。脇役でも悪役としても名高い存在感のある男優(女優も)を評価する。だからこの基準ならば大物過ぎるので、志村喬や大滝秀治など「助演」クラスの俳優も対象外だ。現在活躍している俳優も除外。昨年「個性派俳優」として8人をこのブログで記述した。

1小池朝雄、2成田三樹夫、3佐藤慶、4山形勲、5天本英世、6潮健児、7伊藤雄之助、8沼田曜一。

神山は、小池朝雄とは文学座脱退・劇団「雲」設立には統一行動した。長い俳優生活だから高倉健、宇津井健、仲代達矢、いかりや長介などと深い付き合いがあった。市川崑、岡本喜八などの監督に重用されたから映画は、重い役は無いが名優といっていい。

神山は1929・昭和03年生。終戦の年、日本軍海軍の主計将校を養成する海軍経理学校に入学した。ここで短期だがイギリス英語を徹底的にたたき込まれたらしい。だから戦後、俳優にならない前は、GHQの通訳も経験した。2007年放送のNHK「英語でしゃべらナイト」に最高齢で出演し、高い英会話能力を披露したという。神山繁は、高倉健や松田優作が出演した1989年のアメリカ映画「ブラック・レイン」出演は、英語力が買われてのキャスティングだった。(ブログ「斜め上からこんにちは」参照)

◇代表作
TV映画「ザ・ガードマン」(1965─1971)
岡本喜八監督「日本のいちばん長い日」(1967)
山本薩夫監督「華麗なる一族」(1974)
アメリカ映画「ブラック・レイン」(1989)

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2017/4/8  22:22

御用・反御用新聞  身辺世相
昨日、アメリカが中東・シリアの軍事基地へ巡航ミサイルを発射して攻撃とNHKが報じていたので、今日の朝刊はどういう按配になるのか、興味があった。“湘南の外交評論家”を自認するから世界の軍事情勢はこれからどう推移するのか、これは不謹慎だが興味津津だ。筆者の定期購読新聞は「産経新聞」と「日曜赤旗」、産経は、安倍晋三政権に味方する“御用新聞”と言われているが、反御用新聞もあるから、どちらかに与すると「片手落ち」になる。そこで買いたくもないが、珍しいことに朝日新聞をコンビニで求めてきた。明日の「桜花賞」の馬券を買いたいので「日刊スポーツ」と共に序に買ったようなもの。

基本的に産経は夕刊がない。朝日は夕刊があるからこれを報じていたに相違ない。しかしどんな新聞でも夕刊は取らない家庭もあるから今朝の報道は、シリアへのミサイル攻撃は大きく報道されると期待した。そこで少しく比較した。

◇産経新聞 1〜5頁。
・見出し 横置き、白抜き、縦4p×横29p。「米、シリア軍事基地攻撃」
◇朝日新聞 1〜4頁
・見出し 縦置き、白抜き、縦20p×横2・5p。「シリア軍にミサイル攻撃」
1面 朝日は「日本 米の決意支持」「ロシアが侵略と批判」「米中会談」「北朝鮮へ圧力」、産経は「化学兵器に対抗」「米中会談」「トランプ氏が中国・習近平に誇示」「首相アメリカの決意支持」。
2面 朝日は「米国、突然の単独攻撃」、産経は「北朝鮮への警告」。
3面 産経は「「米ロ改善は絶望」、朝日は「日本苦肉の支持」
4面 産経は「目算狂ったプーチン政権」、朝日は政界反応。
5面 産経は「シリア攻撃、トルコは歓迎」、朝日は「広告」。

やはり朝日は、基本的に反米・反体制・反安倍政権の主義・主張だということが見出しの微妙な配置で解る。元々独裁政権のロシア・中国・北朝鮮に“甘い”ということは歴史的なもの。二つの新聞に共通していることは、シリア難民が500万人もトルコ経由で欧州へ逃げ出していることを特に強調していない。中東難民などは、日本は対岸の火事だろう。また中国・習近平の反応も特に報じていない。これはメディアの情報不足だ。

そういう筆者も基本的には「対岸の火事」でミサイルの詳しいことを知らない。大陸間弾道ミサイル、巡航ミサイル、迎撃ミサイルもよく知らない。ニュースワイドは見ないのだが、今日は「ひるおび」でこのニュースを少し理解した。小池百合子も籠池某も霞んでしまったのがテレビワイドの実態。

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2017/4/6  22:38

エッセイの昭和09  昭和史
対談 天皇日本史』(山崎正和 文藝春秋 昭和49年11月刊行 四六判、9ポイント43字×17行×248頁)は、著者が39歳の作品。
柔らかい個人主義の誕生』(山崎正和 中央公論社 昭和59年05月刊行 四六判 9ポイント43字×15行×214頁)。

著者は昭和09年生、現在83歳。京都大学文学部卒、劇作家・評論家・大阪大学教授・文化功労者。前記・後記いずれも活版印刷で印刷されていて、後記の著書は正直に言って買っただけの本。当時は筆者にとり、旧仮名表記なので「消費社会の美学」のサブタイトルにしても難解で、目次を見ただけの本だった。前記の本は、繰り返し読んだが、今、司馬遼太郎との対談は、今更ながら歴代の主な天皇の再確認で興味深い。著者の39歳の時だから、取り上げられた9人以外の天皇はおろかいわゆる“天皇制”に通じていたと思う。翌年昭和50年は昭和天皇が訪米している。

司馬遼太郎の指摘は、大久保利通が暗殺されていなければ、陸軍の山縣有朋が重きをなす事はなかった筈で、日露戦争後の日本の体制は違ったものになっていたと指摘する。つまり政治家と軍人の差異だ。つまり近代化の普遍性を云う大久保が暗殺されたことで、小粒の山縣有朋が台頭、軍部の専横を招いたとの指摘。司馬遼太郎は、晩年大日本帝国陸軍の「統帥権」を追及して止まなかった。終戦間際の本土決戦という無謀な作戦で満洲から日本本土に引き上げていて結論として“九死に一生”を得ていたのが事実。

昭和49年は、筆者の私には06月に30歳代に突入した頃で、江東区深川の小さな公団住宅に住んで居た。印刷現場は、写真植字が普及しつつあったが、まだ活版印刷が主流。個人向けのワープロが普及してくるのは昭和50年代半ばのこと。出版は百科事典・文学全集・美術全集などが花盛り。これらも活版印刷が主体。印刷会社は、正規の社員、臨時工、その仕事だけを引き受ける“投げ”もあった。文学全集などを製版すれば、現場は膨大な鉛の原版が生まれる。重版なら複製版も必要、一定期間その仕事だけを引き受ける「流れの職人」が居た。それを意味も知らず“投げ”と呼んでいた。建設現場の大工さんの感覚か。彼らは、仕事はできるが、酒とギャンブルが好きだった。

03月にルバング島で小野田寛郎少尉が発見され帰国。08月に米ニクソンが辞任。10月には立花隆の「田中金脈の研究」が出てほどなく辞任に追い込まれた。衝撃的だったのは08月の東京丸ノ内の「三菱重工爆破事件」で白昼、多くの人間が巻きまれた。当時は、再び生まれ故郷の神奈川県平塚市に居住することになるとは思わなかったが、平塚市の県営住宅で「ピアノ殺人事件」が起きた。騒音に敏感だったとは言え次女・長女・母親の順で三人を刃物で殺害した事件は記憶に残る。その死刑囚はまだ執行されていないらしい。

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2017/4/3  22:45

エッセイの昭和08  昭和史
日本人の意識構造』(会田雄次 講談社発行 四六判・上製本 9ポイント×42字×18行×224頁)は、昭和45年11月30日発行で、偶然だろうが三島由紀夫が割腹自殺した日。これを購入したのは、翌46年で14刷、この時点で単純だが7万部を売り上げたのか。同じく活版印刷だが、平成元年にも講談社現代新書でも発行されているから計、数十万部に達しているに違いない。

単行本の方は、だいぶ古くなっていて製本もガタガタになっているが、印刷の按配も少し雑な部分が散見できる。つまり印刷の圧力が一定しておらず薄く擦れた部分が多く見苦しい。とにかく大いに売れたので“なりふり構って”はおられず印刷したのが解る。この年、『日本人とユダヤ人』がベストセラーになっているから、どちらが先か解らないが、日本の高度成長が一段落したとき、改めて日本を見直す時期になっていたのかも知れない。戦後25年目のこと。だが主要な主張の「内向きの文化」「察する文化」の論考は、昭和40・41年のことだから日本人論の先駆的指摘だと言うことが解る。

日本人が子どもを守る姿勢は前に抱き寄せ、抱きしめてうずくまる防御姿勢だ。アメリカ人は子どもを後ろへはねめける。そして敵と対面し「仁王立ち」になる。守備動作までもさかさまになっていることから推すと、日本人の物の考え方の根本がさかさまではないか。(表紙裏引用)
平和を守るという場合、日本人は現状維持が基本で放っておいたら国は平和で、悪い奴の魔手を拒否・遮断することがいちばん肝腎。ヨーロッパ人にとっては、平和というものは、外部の状況に応じて、主体的に外部に働きかけることで自然に存在するものではなく建設するものが歴史と実態。日本の平和は「ある」、ヨーロッパは「作る」ということになる。
襖は、それ自体障壁としての物理的能力はない。著者は和辻哲郎博士(風土)の定義を借りて説く。襖という障害物が機能することが可能するのは「それを私用している団体の成員の間に、それを障害物・へだてとして尊重するという約束が暗黙のうちに成立し、その約束が十分守られているということを前提とするかぎりにおいてである」。(P94)

会田雄次氏は、大東亜戦争のビルマ戦線の生き残り。中隊(基本は100人)長・小隊長を入れて20人がマラリアと赤痢に罹患しつつ捕虜となり生き残った。会田氏は1997年81歳で死去しているが平成20年頃、産経新聞「正論」に多くの論考をのこしている。そこでは軍上層部より、若い下級将校や下士官兵に精神病質のいわゆる軍国主義の心酔体質者が多く存在したと告白している。要するに四字熟語の世界、神州不滅・忠君愛国・滅私奉公・忠勇無双を信じ切っていることだった。彼らは基本的に善人だったとも言う。

今も日本には「思いやり」と「察し」の国。最近は“忖度”という言葉がメディアを賑わしている。善人で正義と理想を声高に叫ぶ人は多い。戦前、質素・倹約を旨とし、膨大な軍の機密費には無頓着、好色を嫌い尽忠愛国の陸軍大将にして総理大臣が居た。たしか東條英機と言った。

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2017/4/1  22:58

更新125  パソコン
一昨日より少し前から、メール送受信がエラー表示、インターネットエクスプローラーがエラー表示が出るようになり何だか「変だ」と思っていたら昨日朝、全てが繋がらなくなった。筆者の私のブログは、ヤフーニュースやウェブのウィキペディアの閲覧などを引用、勝手な解釈と拝借で成立?しているからこれはニュースソースが断たれることになる。

これはエライことになったと富士通のノートパソコンを持参、ノジマ電器へ相談に行った。懇意にしていた店員は、昨年07月に退社、もう一人は東海大学の学生のアルバイトでこれも就職で退社。パソコンに詳しい(当たり前)店員に訊いた。画面下部の「電波」のマークをクリック、シリアル番号を入力するという難問。自宅へ戻ったら固定電話が不通になっていた。NTTの113が通じない。ソフトバンクのスマホからNTTへは簡単に通じない。

結論として光ケーブル基のモデムの電源アダプタコードの劣化だった。これはレンタルだった。慌てふためいたが、今日午後、NTTが来てくれコードを交換、電話も通じて、メール・インターネットもすぐに回復した。固定電話も繋がらないのは、NTTの方ですぐ解るらしい。モデムの機器は10年経過していた。大山鳴動鼠一匹、一日半で全てが回復した。ルーターは、二つのパソコン、固定電話が繋がっている。これもレンタルなのか、2階のノートパソコンへの無線LUNは、有料なのは知っていた。

頁作成も怠ると作業を忘れていく年齢、一念発起、昨日午後は、久し振りにホームページビルダーを使用。「長谷観音・鎌倉文学館」のページを作成した。短歌会の画像カット撮影のため、本年01・03月、鎌倉長谷を訪問、建造物を中心に撮影した。これをまとめたもの。

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