鳶のヤスが言う。
「監督さん、やっぱ高さってのは人間が原始的に感じる支配力の象徴ちゃうんかな」
言われてみれば、ホテルにしろマンションにしろ最上階はVIPルームで、それは城が街を見下ろせる昔から変わらない。強さが目指すのは頂上であり、ピラミッドの頂点である。
足がすくんでしまい私にとっては立っているのがやっとな高所の足場上で、話しながらも機敏に動く彼の仕事ぶりはまるで舞っているようで芸術的である。
日本一の高さってのが、わかりやすくていいやね、そう言って笑う彼の本命はアドマイヤ富士である。
「帰る家が定まらないってのは、男の浪漫だよねえ」
酒の席で愛妻家のケンジが熱っぽく語る。
毎晩最後まで付き合わずにそそくさと家に帰る奴の台詞じゃないなと私が笑うと、彼は真顔で答える。
「人間の生活なんて本能に反発しちゃうもんなんですよ。みんながやりたいことやったら大変でしょう」
確かに、犯人はいつも隣人にそんな人には見えなかったと言われるなと私が納得すると、例えが悪いよと彼は笑う。
パートナー(騎手)も路線も定まらずに使われている馬、ドリームパスポートは彼の解釈だとこうなるらしい。
「この馬に色んな騎手が乗ってるんじゃなくて、この馬が取っ替え引っ替え色んな騎手を乗せてるんですよ」
それは浪漫じゃなくて浮気性じゃないかと私は苦笑する。
「何かを好きな理由って、いつも失くしてから気付くのよね」
さっき出ていった客のテーブルを片付けながら、喫茶『憂夢』のオーナーの娘の早紀ちゃんが言う。
学校が早く終わったり休みの時に、お小遣稼ぎに店を手伝っているのだ。
スポーツ新聞の競馬欄を読み耽っていた私はその言葉で我にかえる。モーニングのアイスコーヒーの氷はすっかり溶けている。
珍しくなんか意味深だねえ、私が言うと、「『珍しく』は余計じゃないの?」と彼女は私の新聞を取り上げて睨む。
私がそれを取り返そうと手を伸ばすと、彼女はそうはさせまいと素早くそれを折り畳み棚になおしながら意地悪な口調で言う。
「珈琲一杯でダラダラと何時間も粘らないでいただけるかしら?」
「ああ、わかるよわかる。あれだろ?煙草をやめてから珈琲を飲むとなんか喪失感があって、ああ珈琲と煙草は二つで一つだったんだと気付くようなもんだ?」
私が慌てて言うと、「何なのよその例え」と彼女は苦笑した。
新聞を返して欲しくて今週はウオッカが出るんだぜと私は言った。早紀ちゃんは牝馬ながらにダービーを制したウオッカのファンだ。
「でも、騎手が変わったんでしょ」と彼女が言う。騎手なんて関係ないよと言おうとしてから私は思い直す。
「じゃああれだ、乗り替わってからウオッカではなく四位のウオッカを好きだったと気付くみたいな」
珍しく上手い例えかもねえ、彼女が言う。「『珍しく』は余計じゃないの?」新聞を諦めて水っぽい珈琲をすすりながら私は笑う。
「小さい男ほど負けん気は強いものですよ」
そう言うのはテキ屋のカズだ。カズは会うたびに女も職業も替わっているが、競馬の買い方だけはずっと変わらない。
それは「一番小さい馬の単勝一点買い」である。嘘か真実かは不明だが、たったこれだけの作戦で彼の馬券収支はずっとプラスだと豪語している。
「上のクラスにいる身体の小さい馬ってのはその時点で並大抵の根性じゃないんすよ」というのがその理屈だ。
だからといって彼は175cm程度はあり、さほど身体が小さいわけではない。ただ、学生時代に選ばれたバスケの県選抜チームでは一番小さかったらしい。
運動選手において小さいことは決定的なハンデであることをその頃に学んだと言う彼にとって、この馬券戦術は自身へのレクイエムなのだろう。
今回、彼の買うことになる馬はキャプテンベガになりそうだが、根性の走りは見られるだろうか?
レースに16頭の出走馬がいるなら、そこには少なくとも16の人生の比喩を内包しており、それは16篇の叙事詩となる。
時間もスペースもないので全ては無理だが、ここに書いた四つの想いはささやかなその一部である。
今年の毎日王冠は登録を見た瞬間から久々にドキドキしっぱなしだった。
年甲斐もなく。競馬に対して理想や過度な興奮を失って久しいのに。
確かにジーワン馬はウオッカ一頭だけかも知れないが、私の胸をうつ鐘の大きさは、ちょうど十年前にスーパーホース三頭がほんの一瞬交わったあの伝説の時と差がないほどである。
私にとっては、本当に素晴らしい面子が揃った。
このままいけば秋天はもっと面白いメンバーになりそうで、本当に楽しみだ。
毎日王冠
逃げ馬不在で開幕週とあれば意識は必然と前になるし多頭数でもありペースは案外流れるだろう。
逃げ馬が揃ったりペースメイカーが一頭はっきりした方が牽制でスローになる。
ここはチョウサンがハナで一団のミドルペースと読む。
サクラメガワンダー
18で内枠から前に行けばひょっとする。実際に一昨年も差がない競馬をした。ただし精神力不足で輸送は苦手。
スーパーホーネット
充実期を過ぎてはいるが、条件はいい。非根幹の瞬発力勝負に特化してちょうど末期のエイシンプレストンのよう。
▲ウオッカ
後ろから無理矢理な競馬を強要されてもカッ飛んでくる。負けて本番がデフォだが。
△キャプテンベガ
集中力ある馬の中で最も内を引けたのはラッキー。開幕週でもあり前目で叩き合い。
◎アドマイヤフジ
休み明けフレッシュ状態で府中18はいいだろう。川田の前掛かりな騎乗もこの馬のしぶとさを引き出すツボで、闘争心に任せて流れ込む。
アグネストレジャー
休み明け格上げでいきなりこの面子は厳しい。しかし経験としては活きるだろう。
オースミグラスワン
蛯名でもありウオッカの近くから無理な競馬を強要されそう。質が軽過ぎる。
ハイアーゲーム
条件としては悪くないがマイル付近のレースにもマンネリしてきた感じ。
カンパニー
状態さえ抜群なら突き抜けられるが。
リキッドノーツ
中山の方が向く。重になれば。
エリモハリアー
函館ならこの面子でも。
フィールドベアー
小回り向き。集中状態だが故障懸念。
○ドリームパスポート
京都16の次に向く条件。まともなら突き抜ける。三浦が初めて跨がる名馬をどのように御すのか見物。
チョウサン
昨年の新鮮さなし。マンネリに弱く一変できないダンスインザダーク。
トーセンキャプテン
集中状態に突入してさあこれからという時にすぐ一息入れることになったのは減点。外枠も体力不足で合わない。資質は四歳屈指でここ食い下がれば本番でも。
サンライズマックス
同条件の重賞をモノにしているように舞台は悪くない。もう少し弱い相手の混戦向きだが。