2010/1/22

(無題)  ポプラ通信
お知らせ

ポプラ通信の配信を終了し、新たに塾に関しては別のブログを立ち上げました。
この田舎暮らし日記は匿名性の高いプライベートなモノでしたが、今回塾の集客も考え真面目に個人名も出し営業目的も兼ねたブログにしようと考えています。
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2010/1/19

1Q84  日常生活
今日、女房が図書館から“1Q84”のBook1とBook2を借りてきた。

数年前一時流行ったモノを捨てる技術だのシンプルに生きる技術だのの本の影響で
今は殆どの本は買わずに図書館で借りて読んでいる。この本も随分前に予約して
やっと今日受け取った。

まだ35ページまでしか読んでいないが相変わらずの春樹節に接して楽しい。
この2冊を読了したらBook3位は買ってもイイような気がする。実際我が家には大量の
本があるが殆どが10年くらい前までに古本屋で買ったモノか新刊本だったモノだ。
当分の間、久しぶりの春樹小説で楽しめそうだ。
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2010/1/13

チラシ配り  ポプラ通信
最近ポスティングをしている。夜、家庭用のプリンターで150枚ぼどB5版の紙に印刷し翌日配る毎日だ。昨日は道行く中学生小学生にも直接手渡しで配った。昔はこれが苦手だったが最近は楽しくなって来た。一般企業で言えば営業だろう。当塾のような看板も出さず始めて間もなく無名な塾は多くの人に認知して貰わなければ始まらない。

また夜ネットで全国の塾を検索しどのようなスタイルでやっているのか参考にしている。昨年4月に始めてウチとほぼ同じ程度の塾や5年目くらいで塾生が100人になりそうな所や意外と他塾の動向を見るのも面白い。

2006年に別府で塾を開業し、この時は看板も作ったが、広報活動は新聞に折込広告を入れたり割高になるが新聞に広告記事を載せたりしたが全く生徒が集まらず頓挫していた。それが昨年、再度挑戦する気になり、このチラシ配りも、もう少しで1年になる。
当面、チラシ配りは必要と思う。3月に新聞折込チラシを入れるつもりだ。以前作った看板は今とは塾名も違うし、看板も何時かは必要だろうが住居兼教室なので他塾のように宣伝文句をデカデカとガラスに張ったりはしたくは無く、まあ自分の路線と言うものがあるだろうから少しずつ進化して行けば良いと考えている。萩市の松下村塾を見学して来たがウチの寺子屋も実際あんな外見なので木の看板が似合うのかも知れない。
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2010/1/11

名物 年賀  ポプラ通信
昨年、寺子屋をやり始めて初お中元を頂いたので、お礼としてほぼ同額に当たるだろう金額のクッキーを差し上げることにした。母校北大の生協でも買えるし、顔も名前も知らない学部の先輩が開業したケーキ屋さんのオリジナル商品なのでそのお店“きのとや”でも購入できる。札幌農学校と言う名のクッキーを他の塾生にも配った。こちらは1個500円くらい。

さてその保護者からまたお歳暮も頂いたのだが他のご家庭からも心のこもった頂き物を貰うことも多くなったので年始に一律同じささやかな年賀を配ることにした。これを当塾の名物にしようと考えている。1月は下の写真のゴーフルまたはキャラメル。
8月はクッキーと年2回塾生に配ろうと思う。

クリックすると元のサイズで表示します

左:クラーク博士のゴーフル(上野風月堂) 右:新渡戸稲造のキャラメル
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2010/1/7

合格  ポプラ通信
今日、中学受験の合格発表があり。
当塾より合格者が出た。

大分県には中高一貫の私立が長いこと1校しかなかったが今は何校かの私立と新設の県立に6年一貫があるが、首都圏や関西のように良い私立の中高一貫が少なく選択の機会が極めて少ない。多くの人は公立の中学から公立の高校へと進む。私立の高校に進学するのは県立高校に落ちた人と言うのが多くの地方の実態だろう。

さて当塾の初めての合格者は私立岩田中学に入学することになった。
この学校は昔は男子校だったが今は共学になっている。
昨春、理Vに唯一、大分県から合格者を出したのがこの高校である。

我が塾は昨年本格的に開業したのだが当初は中学受験生を受け入れる予定はななかったのだが、まだ塾生も少ないこともあり教えることにした。ただ中学受験の指導は過去に一度しか経験がなく自信はなかったが、入試直前までシツコク過去問を繰り返し解いたのが良かったのだと思っている。

明日から配布するチラシにはさっそく合格指導実績の欄に岩田中学と印刷できる。
やっとで首都圏で教えていた頃の実績ではなく、当地での合格実績を挙げることが出来た。
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2009/10/29

読書  日常生活
昨夜遅く、図書館で借りていた本を読了した。

“珊瑚”・・・新田次郎 著

なんとも物悲しい小説だった。海や風の記述はスゴイと思った。
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2009/10/23

アメリカからの求職者  ポプラ通信
昨日、本来昼間来るはずの郵便物が夕方ポストに投函されていた。
封筒を見るとUSAのスタンプ。宛名は日本語。

中にはいかにもグーグルで英語を翻訳しましたと言う感じの訳の分らない日本語
と正確な英語の文章が計2通入っていた。

今現在APUの留学生の人に英会話や仏語の講師をやってもらっているが、なにしろ
レギュラーの講義でこのような講座を希望する中学生や高校生はいない。
夏休み期間中の仏語講座は帰省中の東京の女学生が受講してくれて上手く行った。
語学講師はAPUの留学生で充分なので、今回の応募に関してはお断りのメールでも
出そうと考えている。

まだまだ生徒数は少ないが、ボチボチ講師の問い合わせもあるし、何とか
進学塾として形になって来たかなと感じている。
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2009/10/18

読書  日常生活
金曜日に図書館で借りてきた本を2冊、昨日読了した。
何だか久しぶりに小説を読んだ気がする。

“帰還セズ”・・・・吉村昭 著
“不倫と南米”・・・吉本ばなな 著

“帰還セズ”は短編集でこのタイトルのものだけを読んだ。同じタイトルの本が別の
作者も書いているので借りるときに一度間違ってしまった。これは70代のヨット乗りから推薦されたもので他には新田次郎の“珊瑚”も薦めてくれた。

吉本ばななの本は書棚にあるのを偶然見つけて借りてみた。これも面白かった。
この本を書くために出版社の人たちとアルゼンチンを旅したようで、この旅シリーズが
他に何冊か出ている。
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2009/9/23

ボロのヨット  日常生活
先日、ハーバーの旧艇庫の大掃除をした折、FJとモスの2艇が捨てられる運命になった。モスは学生時代、帆走する姿を見たことがあり、難しいフネだとは知っていたが
小さく、デッキの色も木目調でキチンとした船台に収まっていた。

捨てられる運命を辿ったものはマストやセイル、その他の艤装品も多数あった。しかし、このモスは福岡から借りたもので、欲しいなら売るよとHチャンは言っていたが
なんのことはなく最初から捨てる予定だったようだ。朝の散歩で船台に収まったモスを眺めていたが、ある朝、マスト類とモスの金属製の立派な船台がなくなった。艇庫の裏で飲み屋を営むオヤジさんの話しでは夜のうちに盗まれたそうだ。

そのモスは今、ウチのガレージに収まっている。一人でも楽に移動出来るほど軽い艇だった。小さなヨットを手造りしようかなと最近考えていたので試作第1号艇としては充分だと思う。

しかし、フネを粗末にする人たちには呆れる。シーマンシップのカケラもない。来年までに、このフネを乗れる状態にし、キレイな風景の海で帆走しようと思う。
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2009/9/1

海の記憶  日常生活
土曜日の昼に港に集合して4人でハウステンボスに向かう。何度か休憩ををして4時ころには着いた。佐世保の近所のパーキングエリアで佐世保バーバーを食べてみたが、大きさもデカかったが値段も高かった。670円。

ヨットレースの参加料が3000円。これでハウステンボスに入場。ここの入場料はもう少し高いような気がする。レセプションパーティーは4000円だったので不参加。皆で風呂と食い放題に行く。カニの食い放題を食べて3800円。なんだよ、それならレースのレセプションに出た方が良かった。

昔、一緒に回航をしたことがある、ファーストマリーンの関口さんが来ていたので挨拶をしに行く。懐かしい。もう15年ほど前のことだ。スキッパーズミーティングの時、470の高木さんらしき人が居た。

翌朝5時ころから園内を散策。美しい公園と言うか庭園があったので暫し休憩。マイケルジャクソンもここでリラックスしたと言う立て看板があった。門の所には何とか大学
と言う表示。そのうち調べてみよう。

レースはスタートは良かったのだが、何しろ船齢は古いしハイテク艇ではないので途中から少しずつ順位を下げた。まあ、しょうがない。

フィニッシュ後、デスマストした艇がいたので一応、救助に向かう。

ハーバーに帰り表彰式には出ずに大分本社のファミレスで食事。ハウステンボスに一度戻りちょっとした土産(ハンカチ)をお弟子さんたちに買い帰路に就く。帰りの車内は非常に盛り上がった。車中、レース結果の用紙を見ているとコンテッサYの名前があった。われわれの方が順位は上だった。

今日の朝の散歩でスパビーチから普段見かけないフネが入港しようとしていたので、漁師のおやじとの話を早めに切り上げ埠頭に向かう。神鷹丸(しんようまる)。乗船している学生さんと舫を取ったあと少し話すと、これは東京水産大のフネだそうだ。何だか
練習船のような気がしたが、やはりそうだった。
竹瓦温泉には是非行ってノンビリして行って下さいと言って港を後にした。
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