・本HPは「リンクフリー」です。
・各記事のタイトルの横にカテゴリーが表示されてます。
・全てのカテゴリーの記事は、直接コメントを書き込む事ができます。
(2007/8/23変更:各記事の下にある「コメント」という文字の部分をクリック)
開始日:2004/8/20〜
最新の更新:2009/9/23(記事追加)
リンク集はコチラ

0
2009/9/23
いわゆる「浜松まつり」という名前で、全国的にも報道される機会もあって知られているのは、平成の市町村大合併前の、旧浜松市の中心部にある町内の町内会・自治会が、毎年5月の連休(3.4・5日)に、初子の産まれた家庭からの出費で、遠州浜の海岸で大凧を揚げて、凧糸を切り合うという喧嘩凧や、上に小学生高学年ぐらいの子供が12〜15人程乗れる屋台山車に子供乗せて、お囃子笛や大小の太鼓を演奏しながら、各町内で屋台山車を引回して、同時に初子が産まれたとか新築した家などの各所で、祭り専用のラッパの演奏に合わせて「ヤイショ!ヤイショ!」と声を上げながら町内の旗を中心に「おしくら饅頭」の様に、足踏みしながら互いに押し合いながら跳ねているという「練り」と呼ばれるイベントが、夜遅くまで続き、最終日には、浜松市街中心部まで各町内から屋台が合流して、行政ではなく市民中心の祭りとしては、規模的にも壮観で、けっこう観光客も来たりします。
上記の5月の「祭」は、旧浜松市の中心部だけの行事ですが、時期がずれますが8月後半〜9月頃にかけて、旧浜松の中心部まではとても出て行けない周辺の旧市町村でも、各町内会・自治会単位で、町内にある神社の秋祭りとして、似たような(小規模の)祭が行われます。
お囃子の曲(の内容)が町内毎に微妙に違う処も面白い点です。
(元々は旧浜松市も5月ではなく、秋にやっていたのでは?と思われますが、観光資源化の為に5月になったのでは?と推察しますが)
私の住んでる旧浜北市(現浜北区)では、凧揚げは6月頃に、行政も絡んで浜北区内の全町内会・自治会で2日間行われるのですが(凧は旧浜松市より小ぶりの「ぶか凧」という畳2畳程のものですが)、屋台山車の引回しや、「練り」を初子が産まれたとか新築した家などで行う【本番】は、あくまで各町内会・自治会単位で日程もバラバラですが、あくまで「秋」に行われます。
更に、私の住んでいる「本沢合」という町内は、東西南北の町内会の上に一つの自治会、約400世帯の住民で構成され、祭の主に実務を遂行する若連(本沢合では「本組連」と呼んでますが)は任意参加で40名程で、お囃子に参加する子供(これも子供会が参加希望を集めた任意)の人数も50名といった、ささやかで小規模なものですが、祭のメニューは1通り揃っていて(花火の打ち上げもありますし)、参加している私自身にとっては、充実しつつもハードな日程です。
今年も私は、「本組連」の中で、お囃子班(子供にお囃子を教えたり子供をまとめたりする班)の責任者という事で、1カ月・週3回の事前練習と本番・準備・後片付けに至るまで、小さな組織とはいえ、上手くいった事や(とにかく無事終った事)、上手くいかなかった事(周囲と上手く付き合えない子供の事など)、色々ありまして、先週の金・土・日・月は、体力と気力を使い果たした気分です。(好きでやってる事ではありますが)
自分の子供達も、こういう「地域」で育ったというのを、将来、宝にして欲しいと思って、私も頑張りましたが、今年は慣れて来た為か「力の配分」が上手くいき、火曜日に仕事が全く出来ないという事態は避けられました。
毎年、確実に年はとっていくので、こういうメリハリの付け方のスキルは、向上させつづけねばと、痛感いたしました。
また、来年が楽しみです。

0
2009/9/8
先週末に奥さんから会社に失踪の届けのあった、同期入社で同じ年でもあった(結婚前は社員寮の隣りの部屋で、一緒に遊びに行ったり、つきあってた彼女を奪われもした)会社同僚の、M君を、会社の近くの森林公園で、昨日に地元の消防団の人達が、遺体で発見したと、今朝の朝礼で話され、黙祷を捧げました。
森林公園内の、高い吊り橋の脇で放置された彼の車が発見されたのが昨日で、今日は社員総出で山狩りをするなどと話していたのですが、間に合いませんでした。
彼も私と同じく、会社内での転属が多く、新築の家を建てたとたんに、設計部署から海外現地法人に移動になり(仕方なく新築の家は他人に10年契約で貸し出し)、3年もしないうちに日本に戻って来たあと、しばらく物流センター(倉庫番)みたいな事をしていた後に、花形の営業部門の管理課に返り咲いて、2ヵ月も経っていない出来事でした。
営業部門の管理課に来てからは、席が近くなった事もあり、よく顔は合わしていたのですが、彼の結婚前・海外に行く前みたいな交友関係は途切れてしまっていた事もあり、ろくに言葉を交わしたり挨拶すらしていませんでした。
今更言っても詮無き事ですが、彼の面相は、以前とは全く別人の様に暗く気弱な感じになっていたのに、一緒に(私自身も鬱病で今も通っている)精神科に行こうとすら、声をかけなかった事が悔やまれます。
何の役にも立てなくて「友人」だったなどとは口が裂けても言えないでしょうが、今は唯、本人の冥福と、家族(子供は居なかったと思いますが)の心の傷が一刻も早く癒える事を願います。
私自身は、妻も2人の子供も両親も居て、まだ決して死ぬことはできぬ身なので、どこまでも「遠く」まで、生き抜いて行こうと思ってますし、薬の助けもあり鬱病特有の衝動にもいい加減に慣れて来ましたが、(それだけでなく)今後は同じ事を繰り返さず、周囲の人の限界の叫びに気が付いてあげられる人間に成りたいと思いました。

3
2009/9/1
掲題の問題(大勝した民主党と、現状維持の日本共産党の違い)は、マスコミによる2大政党選択という課題設定や、世論のリーディングの問題では、決して(確実に・絶対に)ありません。
そういう見方は、多くの国民が各党のマニフェフトを、普及してきたインターネット等だけでなく、選挙広報等でも良く読み、比較した上で、多少の欠点があろうとも政権を何処に託そうか熟慮の上で選択した国民に対する、愚弄でしかありません。(これを「愚民主義」と言い、「民主主義」の正に対極に位置する、政治家としては最もタブーとするべき考え方であるというのが、私の持論です。
(仮に)いくら良い政策を掲げていたとしても、幅の広い多くの国民が、(単なる野党に留まらず)政権の一翼であれ任せても良いと思えるだけの、多様性や、それに伴う活力を内包し、それを体現した度量のある(幅広い国民性とも合致した)政党だと、国民の目からは映っておらず、相変わらず「金太郎飴」みたいな(党首から一党員に至るまで話し方まで一緒みたいな)政党としか受け止められていないと、「市場原理主義」を押し進めてきた自公政権に拒否を突き付けた国民からも、(未だ)受け皿には成れるだけの政党には成長していないと、謙虚に国民の審判として受け止めるべきであるし、そうでなくては未来の無い(現状維持か先細りの)政党でしか、有り得ないでしょう。
例えば、日本共産党の諸党員には、土台(経済的立場)に(仮に)大きな差異を内包していない故に分派も有り得ないという説が正しかったと【仮定】しても、(実際には学者研究者から中小業者から大から小までの企業に勤める労働者・無産層どころか、職にありついてさえいない生活保護対象者や、年金生活者に至るまで様々いる訳ですが)、日本共産党が敢えて公式には定めない具体的な未来社会像(青写真論)にまで、もしも議論を深めるとしたならば、色々な議論は出て来る筈です。
例えば、今や、経済学でも話題に挙がる、ベーシックインカム制度(就労意志や能力・機会によらない社会全構成員に保証する基本所得制度で現在の条件付給付型福祉の代替案)に、労働に応じた所得を上乗せするという未来像もあれば、もしくは、ジョン・E・ローマ―がかつて提唱した様な、企業が投資を行う際に発行する株式を貨幣では無く全国民に均等に配分したクーポンの取得によってしか行えない(つまり資本の所有権を分散化させ利潤はクーポンを持つ国民が何処の企業に投資を行ったかによって決まる)いわゆる「市場社会主義」という選択肢もありうるし、単に「福祉国家路線」を目指すと言っても、何をもって「公正(正義)」と見なし得るかにすいては、突き詰めていけば、各論有り得る筈です。
(各々の立場や経験によって違い得る)それらを掲げて、党内で政策論争が活発に起きてくれば、自ずと「金太郎飴」ではなくなる筈だし、赤旗紙面にも(夢の有る)論争の場が持たれても良い筈でしょう。
更に望むべくは、日本共産党の【党首】の選挙が(各段階で少数意見は淘汰される)5段階の間接選挙(支部総会・地区党会議・県党会議・党大会・党大会で被選出された中央委員による互選)によって、常に(サクラですら)対立候補が立つ事さえなく、単なる信任投票になっているという現状も、各段階を全て無くせとまでは言わぬまでも、せめて【党首】ぐらいは、対立候補が所信を述べ合って、【全党員選挙】にするぐらいの、対外的にも「華」のある、多様性をアピールできる制度には、出来ないものであろうか?
そういう、党内の幅の広さや、多様性をアピールできてこそ、始めて多様な意見を持つ国民からも、国民自身が持つ多様性をも包み込む、包容力のある政党として(金太郎飴ではない)、国民の変革への意思の「受け皿」足り得るのではないであろうか?
こういう一党員に過ぎぬ私の様な意見も、党大会の度に出される(…最近では、何処が決議に反映されたかも解らず、おざなりになっている様にも見える)一部の党員しか入手さえしない「討論報」ではなく、国民にも開かれた公の場で堂々と行われる事のメリットは、秘密結社の戦時中の様な時代認識で「公安に突けこまれる」などという、今や本質的な問題とは思えぬ括弧付き「デメリット」などよりも、はるかに大きな意義が有る様に(私には)思えるのですが、そうは感じぬ人も多いのだろうか?と、溜息をつきつつ見ていた、今回の選挙の開票報道でありました。
まぁ(私の意見は)、少なくとも身近な党員の何人かは、あからさまに理解を拒んだりして、あ〜あ道は遠いはと、感じたりしている、この頃です。

1
2009/6/12
いや、まぁ、前回宣言した【禁煙】は、未だにちゃんと続いていますよ(笑)
これは別に私の意思が強くて、(まだある非常に強い喫煙)衝動を押さえ込んでいる訳でも何でも無く、単に経済的に生活が成り立たなくなりつつあるという危機感に、押さえ込まれているという状態であって、自分自身でも「望ましい」状態が実現しているのか、解らなくなりつつありますが、ここまで来たら意地でもヤケクソでも、少なくとも経済状態が回復する(手取りで3倍に戻る?)までは、続けてやりますとも。ええ、もう。これも現状を追認しかしてこなかった私自身のツケか…(苦笑)
あと現状追認と言えば、前回の記事からの間に起こった出来事として、私の勤務先の会社の大口の得意先(?でもないか…損してたから)でもあった、GMの破綻というか、日本で言う民事再生法の適用がありましたね…
我が社も、地方新聞の経済欄で「3億4千万の債権が焦げ付きか?」などと大袈裟に書かれてしまいましたが、幸いな事に、債務の大部分は、GM本体が韓国や中国で50%程を出資している、GMグループの中でも健全な部門だったり、北米GM本体向けでも、旧GMとして整理される工場や車種ではなく、新GMに組み込まれる予定の工場へ納入した機械だったりしたので、殆どは回収できるだろうと、営業の担当課長は、楽観的に語ってくれましたが…
でも、以前にも書きましたが、GMの設備投資の効率(費用対効果)は、明かにトヨタ関連に我が社が納入している機械の3分の1程度(逆に言えば同じ性能の機械が3倍のコスト高)であり、これの大部分の原因は、無意味な程に固定化し膨大化したGM独自の「設備仕様」と、そこに書かれた指定メーカー部品の使用を「規則」として強制するという、硬直した現状を追認してきた事も、今回の破綻の一因は有る気がします。
(だから私には、今後の立て直しも容易だとは思われないのですが)
我が社でも、何処か価値中立的な無難な立場を取りつつ(それがカッコ良いとでも思っているのか)、現状追認しかしない、無思想という名の「思想」の持ち主の比率が、多い(もちろん残念ながら私自身の一部の面も含めて)からこそ、出口の無い低空飛行を続けているのでしょう。
このブログのタイトルでもある私の昔の筆名に出て来る「某政治団体」もそう。
自分達の現状を直視し、今までの自分達の全てを疑うぐらいの気持ちで、現状追認を改めねば、その功罪は自分達に帰ってくるだけでなく、善良であるだけでも、周囲にとっても迷惑になる事さえあると認識しないとね。
個人的な面に限ってさえ、超えなきゃならない課題を考えると、気が重くなる事もありますが、そこは前向きに少しずつでも、前進していきたいと思う処であります。
現状を追認せず、新しい状態なり規範なりを産み出す為に、がんばっている人達も、世に多数居る事は確かなのですから…
(ただまぁ、どちらが前か?については、意見の分かれる処だというだけで…)

0
2009/5/3
ええとぉ…このブログも前回の更新が去年の8月だから、9カ月間も放置してきた事になります。
個人的には、落ち込む事もあれば、達成感の感じる事も少しはあったりと、色々ありましたが、私は元気に過ごしておりましたので、ご心配をかけた方々には深くお詫び申し上げます。
ただ、インターネットは業務以外で接する事が、全くと言って良い程に、完全に途絶えておりました。(おかげで、ここの管理者ログインパスワードすらわすれかけておりました)
何故インターネットから離れていたのか、自分でも理由は解りません。このごろ、ぼちぼち再開しようという気分になった理由もまた解りません。ですから読者の方には、長〜い長〜い目で見て頂ければ幸いです。
さて前回の更新(昨年の8月)から、何が最も大きく変わったかと言って、サブプライムローン問題から波及して、実体経済(特に自動車・電機産業など)の、極端な短期間での悪化が、挙げられます。
私の勤め先である工作機械業界などは、特に自動車産業への依存度が高く、業界団体(日工会)などから入って来る情報では、前年同月比で業界全体の受注額が、マイナス70%とか言っていたら、あれよあれよという間に、とうとう90%マイナスなどと、最大手ならともかく中堅と目される我が社など、正に存亡の危機の中で、めっきり少なくなった商談を、なんとか受注に結び付けようと、営業にも関連する我が部署も、必死になって取り組んで来たワケであります。
経営陣は経営陣で、まず全職場での残業禁止(残業代ゼロ化)を始まりとして、請負契約・派遣社員の全員【切り捨て】、臨時休業日を設定してその日数分の基本給の切り下げ、春闘(?)では、今度は臨時休業日以外でも、基本給の20%近い引き下げなどを、組合と「協議」の末に断行してきました。
おかげで、私自身の給与、も総支給額で半額、手取り(住宅ローンとかの天引き後)で、約3分の1に減らされて、妻がパートに出ても全く生活が成り立つか否か?見通しが立たなくなっております。
それでも、かろうじて求人のある介護職の初任給に比べれば、マシなのは確かなので、他に特殊技能も開発してこなかった私は、今の職場にしがみ付いて、会社の経営改善に向けて出来るだけの事(サービス出勤も含めて)を、していくしか無いのですが…(このGWも16連休も貰っても、その分給料は減るし、全く有り難く無い)
唯一、2週間の休みの活用法として思いついたのは、【禁煙】の断行で、禁断症状が最も厳しい2週間を、多少は注意力が散漫になっても許される休日に重ねるという事ですが、意志の固さは【豆腐】以下の私の事ですので、これが「けっこう」苦しい…
医者にニコニコして体には良いですからね(笑)などと言われると、体に悪い事が大好きな私は(オイオイ)、癪にさわって…「そんな良いものじゃなくて、今はとにかく金が無いからだけだ!!。もし余命数日だとか、明日処刑されるなんて事になったら、カートン単位で買ってきて、体中の穴という穴の全てで煙草を吸ってやる」…などと言ってやりたくなります。
(八つ当たり)
そういえば、今日は憲法記念日、生存権の問題について、NHKで湯浅誠氏が深い議論をしていましたね。
(労働市場に参入できない労働者の存在は、彼らはモノでは無いので、結局、より多くの社会的コストを要するという意味から言っても、新自由主義経済の言う「効率性」からは何か大きなものが抜け落ちているとか何とか…)
対談相手は、経済評論家の内橋克人氏で、なぜか法学的な意味での「生存権」の歴史的地位などについては、造詣も深かった様に思ったのですが、現状のオールタナティブとなると急に抽象的になってしまって、湯浅氏のリアリズムと少し対照的でしたね。
煙草吸ってた私に生存権などと偉そうな事を語る資格があるかどうかは、さておくとして…(自爆)

3
2008/8/28
前回の記事「産まれて一万五千日目」で書いた、地域の自治会傘下の「本組連=旧若連」内で、責任者を降りる云々の話は無くなりなした。(続けて「お囃子班」にて責任を持ってやっていくっていう事です。)
ちょっと前回は愚痴っぽくなってしまって、反省をしています。
私が、守る事が出来るかどうか「不安」だった責任者としての約束というのは、実は何か問題が起きたときに自分一人で背負い込むのではなくて、必ず皆の意見を聞いたりして都度解決に当たるという、出来て当然の簡単な事だったのですが、どうも心理的に不安定な部分があって、一種のパニック状態に陥ると、人の言う事を聞く事が普段以上に下手糞になってしまう様です。(この年になっても私は…苦笑)
人間関係一般が不得意なのは、実は(自分の子供を始めとした)他の誰でもなく、私自身の問題だと痛感した次第なんですが、もう社会人として長年やっている以上は、その事の結果自分自身で引受けていくしかないので、それは仕方ない事としても、私の遺伝子のせいで自分の息子も同じ道(もしくはもっと大変な道)を進むのだろうかと思うと、非常に心配です。
近年では、私の様に対人関係における発達に顕著な問題のある人に対して、医師からアスペルガー症候群という、知的障害の伴わない自閉症の一種として診断される事も多い様なのですが、その前に…卵が先か鶏が先かという様な問題ではありますが、私の鬱病の薬代も馬鹿にならないという経済的な問題もあって、これはいつか解決したいなと思っております。
(もう薬も3年以上続けてますが…いつか)
今日は、4週間に一度、精神科医に行く日なので、有給休暇を半日分だけ使って、家に帰って来たのですが、少し時間が空いたのでブログに先日の鬱記事の顛末でも書いておこうと思った次第です。
まぁ、義務感だけだろうが、または好きでやっているのであろうが、仕事は何とか出力できていはするので、まぁ元気と言っても良いのではないでしょうか?
(自分でも良く解りませんが多分)

0
2008/8/24
今日は、私が産まれて丁度、一万五千日目に当たります。
(どうやって調べたかと言うと、表計算ソフトのエクセルなどで、例えば「DATEDIF」関数などを使って、今日の日付けと誕生日のシリアル値の差を求めれば、簡単に判るんです。便利ですねパソコンって…)
41歳になって、1カ月弱を過ぎると、誰でも(どんな馬鹿でも)この日を迎えます。
私にとっては、人生の折り返し点の様な気持ちを持って、この日を迎えたのですが、最低の一日でした。(これまでの人生を象徴するような)
会社では、監督職研修というものがあって、自分の管理職としての適性の無さを痛感しましたし、会社が終ってからの地域での自治会傘下にある「本組連=旧若連」という組織では、私は責任者としては(恐らく普通の人にとっては)簡単な約束も出来ないということは如何なものかという事で、責任者を降りる事になりました。
まぁ、それだけの事と言えば、それだけの事であり、それでも私が個人的に負っている家族の一員としての責任や、会社での責任が無くなった訳でも無く、これからも逃げる事無く、人生を継続していかなければならない事には変わりは無いので、特に何があったという訳でも無いのですが、一万五千日目経っても変えられない自分自身に、正直にいえば「あ〜あ」という感じを持ってしまったのは事実です。
まぁ自分は自分で、これからも頑張るしか無いとは思い決意はしているので、久しぶりの更新記事が愚痴っぽくなってしまった事には御容赦下さい。
こんな閑古鳥の鳴いたブログを閲覧してくれた人には、どうか幸せな毎日の「誕生日」であります様に…

0
2008/5/1
前記事のコメント欄で御紹介を頂いた映画を、近所に最近出来たシネコンまで、今日は一人で見に行きましたので、まとまらないながらも感想など…
***********************************
【作品名】大いなる陰謀(原題:LIONS for LAMBS)
【監督】ロバート・レッドフォード
【配給】20世紀フォックス映画(2007…日本では現在公開中)
【ジャンル】映画(社会派)
【一言】
一言で言えば、色々と考えさせられる問題を扱った映画で、面白いという表現は適切では無いかもしれないけど、良い映画だと思いました。
この映画は、現在のアメリカ社会の幾つかの断面と、その孕んでいる問題点を写実的に描写すると同時に、観客に【自らの選択と責任】を考えて欲しいといったメッセージを送る事に、テーマがあると私には思われました。
だから、ドラマ自体がメインとは言えないのでは?と考え、上記のジャンル分けが難しく、何と表現したもんか悩んだ末に「社会派」などという中途半端な何だかわからない表現になってしまいました。(苦笑…私の語彙の乏しさが…)
やる気を失ったヘタレ・ボンボン大学生といった登場人物も出て来るのですが、これが何処かの誰か(って自分か?)を見ている様で「情けなく」はありましたが、お綺麗な信念とやらの為に自分自身は安全な場所から人殺しを正義などと言いくるめ、戦死を尊い犠牲などと美化できる厚顔無恥の共和党議員(という設定の登場人物)に比べりゃ、人間としては多少はマシか…と思いました。(だから良いというのとは違うけど)
戦地で散った2人についても、教育ローンの負債に縛られた未来か、それとも現代社会で最も生々しい現実と向き合う立場の志願兵になるか(引き換えに教育ローンはチャラになる)かという「選択」をしたわけです。
今のアメリカの貧困層やマイノリティーにとっては、教育を受ける「自由」の実現の為ですら、そういった「選択肢」を迫られるというのは、決して【フェア】な社会とは思われないけれども、それでも「選択」をした以上は兵士として殺し殺される結果を引受けざるを得ない。
何も選択しない事だって、結局は「何も行動しない」という選択をしている事だし、口先だけで不平を言う者としての謗りは引受けねばならない。
民主主義という制度は、そういう各構成員の「選択と責任」の積み重ねによって成り立っており、大衆自身に政治の責任を問う事が可能なのが、民主主義の最大の長所だというのは、別のSF小説からの援用なのですが(笑)、やはり自分の属する社会の問題を「自分の問題」として引き取る処から変革というのは始まっていくのだなぁ〜…とワケが解らなくなりつつも一人で納得したりと、まとまらないながら色々と考えてしまいました。(苦笑)
う〜ん結局。アメリカの戦争を支えているのは、アメリカ国内外のアンフェアな社会構造だって事で…
ところで、この「大いなる陰謀」って邦題はなんだかな〜
原題”LIONS for LAMBS”の方が良いんではなかろうか?
【補足】
公式サイト(↓)
http://movies.foxjapan.com/ooinaru/

0
投稿者: 勉強不足のJCP党員(伊賀篤)
詳細ページ -
コメント(4) |
トラックバック(2)
2008/4/20
…ではないかと思うのですが、儲からない仕事が多く会社の先行きが不安な事もあり、休日も仕事の事を考えてしまい、気分転換が上手くいかない事が多い最近です。
(休日など…仕事をしていないせいで、かえって落ち着かないという)
経験上、これはイケナイ。
仕事の事が常に頭を離れず、気分転換も上手くいかないワーカーホリック的な状態というのは、一時的に能率が向上している状態があったとしても、一方で解消されない疲労やストレスというものが必ずあって、次第に仕事に対する集中力や創造的な発想というものが損なわれていき、最後には机の前で脂汗をダラダラ流すだけで全く仕事が出来なくなってしまうのがオチである。
良い休日を過ごす事は、仕事についても視点を変えたり発想を広げたりする上でも意義のある事であり、今日は「気合を入れて」休日らしい事をしようと、丁度息子の8歳の誕生日でもあった事だし、我が家からは20km程離れている浜松市の中心部の繁華街まで、家族で遊びに行ってきました。
(まぁ先日もディズニーランドに行ったんだけどさ)
我が家のある浜松市浜北区という場所は、ありていに言えば田舎で、良く言っても郊外の住宅地という所なので、のんびり過ごすには良い場所かもしれないが、逆に言えば刺激になる様な事は少なく、何となく「気合を入れて」休日らしい事をしようという気分にはそぐわない気がします。(どこか変な気もしますが…苦笑)
浜松の中心部にある「浜松こども館」なる行政の作った(私に言わせればピントが少しズレてるような)施設まで出かけて「力一杯」遊んできました。
浜松でも有名なケーキ屋まで足を伸ばし誕生日ケーキを買って帰ってきた6時頃には、疲労もあって明日からの仕事は大丈夫か?って感じでしたが、薬によらず自然に眠くなってきた事を見ても精神的には良い気分転換にはなった様です。
思えば、私が自動車の免許を持って居た頃は、よく(毎週といって良いほど)街中とか遠くの街までとか出かけていたものでしたが、免許を失ってからは出不精になっていたようです。
さすがに毎週だとキツイとは思いますが、これからは(時々でも)出歩く事は、良いかなと思った次第です。
私の父からは、私の息子に誕生日プレゼントとして、天体望遠鏡なぞを買っていただいた事もあり、星空観察にでも今度は行くか…

0
投稿者: 勉強不足のJCP党員(伊賀篤)
詳細ページ -
コメント(4) |
トラックバック(0)
2008/4/9
先日の記事でも触れた・・・
「 労働搾取の厚生理論序説」岩波書店:吉原直毅(著)
・・・について、Amzonで私が書いたレビューを、こちらでも保存と宣伝・・・(といっても本ブログは閑古鳥が鳴いてますが)・・・の意味で、再掲しておきます。
800字という制限もあって内容の紹介だけで終わってる気もするけど・・・アマゾンのサイトに掲載した拙文も、少しだけ編集を加えて手直ししておきました。
******************(転載はじめ)******************
「搾取」という概念を現代的に蘇らせる名著, 2008/4/6
By 伊賀篤 "勉強不足のJCP党員" (静岡県浜松市)
本著は、まず従来のマルクス主義陣営内では当然の前提とされてきた労働価値の価格への論理的先行性、つまり労働価値学説と、より今日的な経済モデル下での「搾取」概念の維持(頑健性)が、実はトレードオフの関係である事が示される。逆に市場によって決まる「価格」情報を元に「搾取」の定式を再定義するのであれば、正の利潤の存在と搾取の存在の同値関係すなわち「マルクスの基本定理」が、旧来の「搾取」の定式では成立しない事が示されるより一般的な凸錘生産経済といったモデル下であっても成立する事が示され、現在でも尚「搾取」という概念が基本的に有効である事を4章までで数理的に明らかにしている。
また、5章では物的資本財の不均等な所有による社会の「階級」への分解と「搾取」の関係を示す「階級ー搾取対応原理」が、やはり新しい価格情報に依存した労働搾取の定式では、一般的な経済モデル下でも頑健である事が示されるが、しかしそれは一般に個人間で労働スキルが等しく所得や余暇への選好が等しい場合という限界も示される。それでもこの原理が「社会関係の再生産に関しての市場経済メカニズムが内在する一特性を明瞭にした」という位置付けは充分に説得的である。
こうした考察を元に、この本の最後では「労働搾取の公理」から議論されるべき搾取の定式について限定した上で、これら「労働搾取」に関する議論が資本主義経済に対する規範的特徴付けの為のものであって、その可能性に関して「自由な発展への機会の不平等」という独創的な搾取論を展開して終っている。
今日、格差社会化などでマルクスの議論が再評価される事が多いが、マルクスの議論を今日的な経済学のフレームワークにおいて如何に再構築されるべきかについて、本著ほどに体系的に議論された本は無く、その意味で数理的マルクス主義に関する歴史の中で、1970年代の置塩・森嶋らの議論の後で、久しぶりに特筆すべき成果を挙げたと位置付けされるであろう一冊と思われる。
******************(転載終わり)******************
私自身、数式は「おいおい」にでも追える様になりたいな・・・と思っている所ですが(笑)、叙述的展開を追うだけでも劇的な構成の本だと思いました。
お買い求めの際は、近くの書店か下記Amazonのサイトで(↓)
http://www.amazon.co.jp/gp/product//4000099140/ref=cm_rv_thx_view

0
2008/4/6
一昨日の金曜日の夜から、夜行バスに乗って「東京ディズニーランド」まで妻と子供2人を連れて、日帰り(?厳密には帰って来たのは今朝の未明なのですが)の強行軍で出かけてきました。
とにかく行列に次ぐ行列で、とにかく疲れました!!
結局アトラクションには8種類ほどに乗りましたが、話には聞いてましたが…あんなに行列に並ぶとは、崩壊したソ連型社会主義の崩壊末期もかくやという感じで、もう当分は人ごみには出かけたくないと思うほどでした。
まぁ、楽しくなかったかというと、子供と一日中遊んで過ごすのも久しぶりでしたし、これでもかと言うほどの米国風の派手で賑やかな雰囲気にも「たまに」であれば充分に楽しかったです。(アトラクションよりもパレードを見ていた時のほうが良かったですね)
ひとごみには(私もその一人だったのですが)、やはりバスツアーとかで遠方から来たと思われる地方出身者や、外国の人(特に中国人?)が多く見られました。
あと私が発見したのは、人間は本当に疲れると、場所なんかお構い無しに寝られるものだと云う事でした。
行きのバスでは、狭くて寝づらいとか言っていたのに、帰りのバスでは爆睡でした。
朝8時の入場直後には、上の娘が腹が痛くなったと救護室に少し御世話になったり、夕食前には今度は妻が疲労と乗り物酔いで再度しばらく救護室の御世話になったりしましたが、とりあえず全員が疲れながらも体力の限界まで遊び倒して、無事に帰ってこれたのは良かったです。
バスで後ろの座席には中学生の女の子が2人・子供だけで来ていたので、子供がもう少し大きくなったら子供だけで行くんだろうな〜っと思うと、こんな行事も子供がまだ小さい今の内だけなんだろうと考え、一度はこんな行事が有ってもよかったと、ささやかな達成感?も有ります。
また行く機会があるか否かは解りませんが、今度行くときは泊まりでノンビリ行きたいなと思いました。
【余談】
ネット書店のアマゾン(Amazon)で、カスタマーレビューを書きました。
オススメの本です。(↓)
http://www.amazon.co.jp/%E5%8A%B4%E5%83%8D%E6%90%BE%E5%8F%96%E3%81%AE%E5%8E%9A%E7%94%9F%E7%90%86%E8%AB%96%E5%BA%8F%E8%AA%AC-%E4%B8%80%E6%A9%8B%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E7%B5%8C%E6%B8%88%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%8F%A2%E6%9B%B8-55-%E5%90%89%E5%8E%9F-%E7%9B%B4%E6%AF%85/dp/4000099140/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=books&qid=1207471902&sr=8-2

0
投稿者: 勉強不足のJCP党員(伊賀篤)
詳細ページ -
コメント(0) |
トラックバック(0)
2008/3/28
今日は、私としては珍しく、仕事上での怒れる事に我慢の限界を超え、社内メールであからさまに喧嘩を売るような文章を書き、役員や部課長を巻き込む様に配信先に加え、送信してきました。
怒った事自体は後悔していません。自分だけ楽をして真面目に努力している人間が割を食うような…人を舐めた様な態度に対しては、それも仕方ないなどと受け入れているだけの姿勢では、むしろ人間として怒らない事の方が問題があると思いますし…
具体的には…まぁ、景気も良くない中で、会社としてコストダウンの為の方針を出して、皆もその方針に完全に納得している訳では無くても、忙しい中で余分な手間をかけても、その方針に添った検討や対応をしているにも関わらず、ウチの会社の設計部署が独断で社内指示文書も公然と無視して、新規設計をしなくてもよいという理由から、従来の図面でそのまま手配をかけたといった問題でした。
更に、その自分達が楽をしたいが為の方針変更のツケを、ウチの部署(営業技術)の事務処理として回して寄越そうとしている事が判った時に、我慢が限界を超えてしまいまして(苦笑)、その問題で設計が勝手に方針変更するのであれば、その予算は一切認めないし、書類を回されても受け付けない旨を書いたメールを、部署の意志として発信しました。
まぁ、そのメールを見たウチの部長は来期から設計に移動する事もあってか、ため息をついていましたし、同僚達も「気持ちは判るけどね…」と苦笑ぎみでしたし、怒るべき時には怒るのが正しいと自分に言い聞かせている自分自身も、産まれつき気が小さい事もあって手が震えておりましたが(笑)、家に帰ってビールも飲んでリラックスしてみると、もう少し「言い方」については考えた方が、こちらの言いたい事が伝わったかな?…などと考えてしまいました。
言葉は、いつも「一言足りない」か、「一言多い」かなんだよなぁ〜
まあ、明日は休日だけど少し今後の仕事の事もあるし段取り(フォロー?)しに行くか…
(ヘタレかしらん?)

0
2008/3/14
このブログの更新も、ここ2ヶ月程サボっていましたが、仕事をこなすので精一杯だったというのが正直な所で、仕事が終わって家に帰っても、晩飯&晩酌をして寝るだけという変化に乏しい毎日を送っていました。
それでも何か出来事は有るもので、この2ヶ月で起きた事を箇条書きにしてみると・・・
1)中学高校時代の同級生で、本当に数少なかった友人の一人が亡くなった。
2)親父が再度・少量だが下血をした。(入院はしなくて済んだ)
3)娘が塾に通い始めた。(体験コースで本人が気に入ったそうで・・・出費が・・・)
4)息子からニンテンドーDSを取り上げた。(かわいそうだけど医師の薦めにより)
5)隣の県の茶臼山という所にあるスキー場へ、子供を橇滑りに連れて行った。
6)娘が自転車に乗れる様になる。(補助輪無し)
7)息子が補助輪付きの自転車を親父に買ってもらい乗れる様になる。
8)とある経済学会誌をネット書店で購入して読み途中
9)経済学の専門書を著者から贈って頂いた(読み途中・感想は後日)
10)会社で主事に昇進するという内示を受ける
11)会社で来期の部署編成が発表され、自部署は人数半減で仕事は倍化?
12)会社で春闘が始まり、ボーナスは去年から半減か?(未妥結)
・・・どれも書き始めたら、ブログの記事が各々1本出来そうな事なんですけど、現状に付いていくのが精一杯といった所で、ネットにアクセスする機会も久しぶりといった感じで、情け無い事ではあります。
一番悲しかったのは、上記の(1)番で、私には本当に友人が少ないのですが、私の結婚式&披露宴で私側の唯一の友人代表として実行委員までやって頂いたN君・・・結婚後は連絡を取りあう事もなく過ごしていたのですが、先週末に突然の訃報を聞きました。死因は血液内科関連との事、関連があるかは不明ですが中部電力浜岡原子力発電所に勤めていた事・・・「友人」などとおこがましく呼ばせて頂いていたにも関わらず、私は彼の事を何も知らなかったんだなぁ・・・皮肉っぽい笑顔にもう会えないと思うと寂しいです。
一番嬉しかった事は、上記の(9)番ですね。著者から直接御著書を贈呈されるというのは私には初めての経験ですし、まぁ私などにも気にかけて頂いている方も居るという事で、あまり上手く展開しているとは言い難い会社での苦労も吹き飛ぶ思いです。
・・・と言っても、専門的な数式の所で理解を超える部分は、軽く斜めに読み飛ばして(笑)、叙述的な表現部分やグラフを中心に読み進む事になりそうですが・・・(苦笑)
私もねぇ・・・雨の日と月曜日は常に気分が鬱になる・・・などというカーペンターズの曲みたいな事を言ってないで、どうせ同じカーペンターズならば「Top of the world」でも口ずさみながら、日常と変化を乗り切って精一杯生きていきたいですね。

0
2008/1/10
新年も10日目ですから、今更「あけましておめでとう」でも有りませんが、今年も宜しく御願い致します。
(仕事で忙しくて更新が遅れて…と弁解)
仕事は、去年の暮れに2物件について予算書を出して(これは利益が出そう)、もう1件が年明けへの持ち越しだったのですが、それも昨日には終わり、少し一息つけそうだと思ったら、急に短納期のリピート物件が舞い込んだりしていますが、おかげで今日あたりになって、やっと正月ボケは消えました。(笑)
この正月は、1日だけ隣の県の山奥(東栄町)で一人暮らしで寝たきりになっている祖母への見舞いに行ったぐらいで(正月はヘルパーさんも休みなので)、特に行事も行わずに家で過ごしていましたが、その山奥(東栄町)には温泉も有ったというオマケが付いて、それが子供達も喜んでくれたイベントだったぐらいでしょうか…
あと、今年は私の2番目の妹が姪っ子達2人を連れて里帰りしてきましたが、ウチの子供達と年も近く、4人も子供が居ると賑やかなもので、私(5人兄弟)の幼い時の様で楽しく過ごせました。
この2番目の妹は美容師の資格も持っているのですが、今は子供がまだ小さい為に旦那の稼ぎと内職だけで生計をやりくりしていて、更に旦那は会社の総務部に在籍しているので残業代も稼げず、妹自身も1個0.5円の内職とかをしていると聞くと、ウチ以上に経済的に苦しいのが察せられて、ついでにそれを背景とした家庭内トラブルで殺伐とした状況も漏れ聞くのですが、今は頑張ってもらいたいと祈るぐらいしか出来ません。
(う〜ん、姪っ子達は元気に育っている事が救いでしょうか)
ところで我が家は、明日が給料日というのを当て込んで、先週の末にも漫画喫茶に【家族で!】4時間も滞在したという、教育上にも問題のあるトンデモナイ散財をしてしまいましたが(苦笑)、これからは少しでも貯金が出来る様に節制に勤めねばなりません。
まぁ節制も、あんまり切り詰め過ぎると家庭内の雰囲気もギスギスしたものになりがちなんで、やりすぎには気が乗らないのですが、今年の自分の抱負としては極めて庶民的になりますが「貯金」といった所ですかね。
(でも月に一度ぐらいは飲みに行きたい…)
まぁ、残業や休日出勤も、出来るだけ有り難いと思って頑張って稼ごう!
金融不安やら原油高騰など、景気の見通しも明るくない今年ですが、皆様におかれましても経済的に何とかやっていかれます事を願います。

0
1 2 3 4 5 | 《前のページ |
次のページ》