伊賀篤のブログ

(ペンネーム=勉強不足のJCP党員、便所の住人)開設:2004/8/20〜

 
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投稿者:伊賀篤
●拍手コメントを頂きました。ありがとうございます。

*********************************
2013/6/24 8:55
私も18歳からJCPのメンバーですが革命は大衆が行うもの=大衆運動の発展が大事だと思っています
「人民的議会主義」と方針決定にあたって単一の文言で提案するのではなく「A Bプラン」を選択できる状態で提案して中央委員が判断できるようにすべきだと思っています
また党内の選挙において(特に中央)も複数の立候補者を選挙で選べるようにすることが必要と考えています
またブログを参考にさせて頂きます
投稿者:伊賀篤
●一時しのぎ様【2】

(承前)

フランス社会党や(一時はユーロコミュニズムの旗手とされた事もある)フランス共産党や(国内の民族問題すら等閑視する)イギリス労働党の腐敗は、やはり世界史的に見て(私が)思うに…ソ連という存在(それが最大の反面教師で有る事までは解っていても)からの「桎梏」から脱しきれていない…つまり単に反対に走っただけで左翼本来の任務を自覚した「新機軸」を打ち出せなかった理論的・思想的な停滞が大きな原因でしょう。
(これは全く現在の日本共産党にも該当するだけでなく、ソ連崩壊前には両党間で関係改善までしていますが…苦笑)

まぁ、その意味で、このコメント欄の親記事のテーマである「レーニン」の創ったソ連の悪影響は、それに直接は与しなかった、社会主義インターナショナルの諸党にまで、負の呪縛となり桎梏となり、つまりは「反対」だけで本質的な意味での発展を停滞させ超克させなかったという意味では、それは非常に大きかったと言えるでしょうね。
(社会主義インターナショナル内でも、特別に日本社会党だけ?は、直接関与しなかったとまでは言えない罪科もありますが)

そういう意味では、その左翼が再生を図るには、そういった歴史を断ち切り、権力観についての原点に立ち戻って、それが決して永遠に無謬なままでは有り得ないという意味で、民衆が主権者として自覚して学び対話し権力を動かすという、本来の左翼的な人権や民主主義が目指すものに立脚した「新しい左翼」として、一時しのぎ様の言われる「上下対立」において、資本主義批判と資本主義超克を担えるだけの、根本的な理論の再構築が必要なのではないかと思います。

同時に、それは(逆説的ではありますが)現在の右翼(自民党)が反省を失い暴走をしかねない情勢(周囲では劣化右翼とも言うべき在特会などによる反韓デモなどの伸長)に対抗し、バランスを保つという意味でも必要な事ではないかと(私は)愚考したりしています。

まぁ、私も…

> 左翼=平和主義、右翼=軍国主義

…という、一時しのぎ様の言う「ステレオタイプ」は、現実には当て嵌らない…(好戦的な自称「左翼」も居れば、一般の自衛隊員さんの多くの様に平和と共存を指向する優れた自称「右翼」も居るのは知っているので)…とは思っていますので、その点は同意します。
投稿者:伊賀篤
●一時しのぎ様【1】

> 一種の階級闘争化(99%vs1%デモ)しているわけですよね。今や世界は、左右というより上下の対立かと

確かに、フランス革命当時の「定義」に従った「左右」という位置付けは、現代の世界では(特に左の堕落により)陳腐化しており、本来は左が受け持つべき課題を右が受け持ったりする現象もあったりしますが、まぁ今でもドイツ(左翼党)やら台湾(民進党)やらは、あくまで比較的にですが健全な(本来的な)左の部類かと…(苦笑)

まぁ資本主義が(これ以上は民衆の幸福に寄与しないという意味で)末期的な状況を呈し、階級対立が激化しているからこそ、早く左翼が(フランス革命的な定義での)本来の姿に再生する必要があるのですが…
TAMO2様の弁では(ある意味で逆説的に)、腐った左翼が消えても誰も困らないが、右翼が暴走すると世界が破滅する…とツイッターで述べていましたが、それは資本主義保守右翼の暴走を止められるだけの、対抗軸的(ある意味では相補的)存在としての新しい左翼の登場の必要性も示唆している訳でもあると感じました。

> それは日本に限られませんか?
(中略)
> 30年以上前のミッテランや向坂逸郎の話でさえがこの通りなのですから、先にサヨクの方から腐ってきたんじゃないですか

日本の場合の右翼と左翼の歴史についてはTAMO2さんの上程される予定の本(一時しのぎ様も一部の草稿を御読みだそうですが)に詳細がありますが、それらが(同じ問題に関して同時期に発生したという意味で)同根だった明治の自由民権運動から、大正デモクラシーの頃までは、比較的に日本オリジナルの見るべき思想も発達したのですが、世界列強による帝国主義戦争期に入ると、左はマルクス主義一色に毒され、右は各民族の共栄という理想を失っていきます。それが第2次大戦後に、右翼は一定の反省の下でハト派も含む保守本流の自民党として再生されますが(今や自民党の中でもハト派は絶滅危惧種ですが…苦笑)、左翼には【本質的】な意味での反省や自己検討が無かった事が(そのまま腐敗した事が)、現在の左右のパワーバランスの極端な偏りになったかと…
(そういう意味で「先に」腐ったのは左翼というのは、日本の戦後を見る限りでは正しいでしょう)

(つづく)
投稿者:一時しのぎ
>これは、右も左も有って良い(むしろ双方に一理は有るのだから双方が有るのが当然な)健全な社会においては、むしろ良い傾向とも言える気がします。

先に申し上げた仏英伊の右派について。内向き志向とでもいう主張の色が濃いですよね。アメリカの右派クリスチャンは、イスラム復古主義者同様の、物理的に抹殺するほかは無い【物質】wですが、ヨーロッパの右派は、不況を背景に移民へ矛先を向ける意味と、グローバリズムという名のアメリカナイズへの反発心を感じます。つまり、アメリカナイズドがヨーロッパの伝統や文化や良き生活習慣を破壊するとでも思う。

本来なら、アメリカナイズへの反発の受け皿は、いわゆる左派であったのに、20年前に冷戦崩壊(=自壊)したため、そのうえEUが米露に次ぐ第三極として勢力を誇るを期待するも、肥大化により構成員間での格差が生じる副作用に悩まされ(だからユーロ通貨危機が発生する)、グローバルに対するローカルという意味をも含んだ伝統への回帰が、ヨーロッパ右派(ジリノフスキーを抱えるロシアもそういう面がある)の正体ではないかと。概して申さば「単なる反米&反EU」とも。

もはや、20世紀の主義主張の分け方である左右という位置付けではなくなったのかもしれません。そして、アメリカ自身も勝ち負けの両者に分裂して、一種の階級闘争化(99%vs1%デモ)しているわけですよね。今や世界は、左右というより上下の対立かとwww。

>左翼と右翼では、掲げる主張は真っ向から対立する事が、現実的には殆どなのですが…

それは日本に限られませんか?フランスで社会党のミッテランが大統領になって、そのうえフランス共産党から入閣しても、核兵器を手放しませんよね。フランス社会党は、北チョン手先の非武装中立バカの日本社会党と同じ、社会主義インターナショナルに加盟しているんですよ。イギリスの労働党もしかり。アメリカに同調して中東へ参戦を決断したブレアは何者でしたか?

あげく、日共が武装闘争を志向した過去があったり、向坂逸郎に至っては、軍備を持ってワルシャワ条約機構に加入する事を示唆する発言をしたとか。左翼=平和主義、右翼=軍国主義というステレオタイプじゃないでしょう。

伊賀さん、30年以上前のミッテランや向坂逸郎の話でさえがこの通りなのですから、先にサヨクの方から腐ってきたんじゃないですか(そのうえ、腐敗は現在も進行しているw)。
投稿者:伊賀篤
●一時しのぎ様−B

> 形而上学的に論を起こされるのであれば、伊賀さんの立場でも勝負できると思います。

御評価ありがとうございます。まぁ私も…単に理屈に関する戦闘力には(少しは)自負もありますが、せっかく世に問うのであれば、出来るだけですが1次資料(例えば経済的な統計データ等なら手にも入りやすい)や、既に(一定は)世に認められた先人の具体的な記述の原典などへの参照を盛り込みつつ、自論を強化したいとは思っています。

> 論の趣旨を一言でまとめたという印象です。

そうですね。(苦笑)
このタイトルに続き、章立てや構成までは(現時点でも)考えられますが、TAMO2さんの本の様に…「指導という名の欲望」…みたいなセンスある名前は、出版人では無い私には思いつきません。

> 新しい左派に対しては新しい右派

これは、右も左も有って良い(むしろ双方に一理は有るのだから双方が有るのが当然な)健全な社会においては、むしろ良い傾向とも言える気がします。

これは次のココ(私の「表」のブログ)の記事のテーマにしようと思ってますが、日本は(特に)左翼も駄目ですけど、右翼のレベルも低すぎます。
左翼を自称する私が、健全なナショナリズム(クニを愛する心)というか右翼の有り方を問うというというのも、TOMO2さんの昔の口癖では無いですが「転倒」していますが、権力の有り方としては(避けようが無く)権力の正当化という意味で保守的にならざるを得ない右翼的な権力的善政(民衆の為になる政策)と、それ(権力)が(時には強権的であっても善政で有り得たとしても)決して永遠に無謬なままでは有り得ないという意味で民衆が主権者として自覚して学び対話し権力を動かすという左翼的な人権や民主主義が目指すものは、決して互いに(絶対的という意味では)排他的では無く、相補的なもの(一つのモノの両面)だと思います。

まぁ、現象面だけ見れば、左翼と右翼では、掲げる主張は真っ向から対立する事が、現実的には殆どなのですが…
投稿者:伊賀篤
●一時しのぎ様−A

ちなみに私自身は、現代では「売春」という高リスク高リターンな事が多い行為について、それ(収入に比してでも高い金を出してでも女性と関係したい男性の存在を前提にした)を見越して、債務などへの連帯保証人などにして金を貸す金貸し(サラ金などの民間金融業者)が存在しない社会やら、それ(売春)で補わなければ埋められない程の男女性間での社会的・現実的な所得格差が無い社会…(前者は恐らく資本主義では無く、後者は資本主義に留まったままでも相当の歴史的な努力の蓄積を要するでしょう)…を【仮に】想定するならば、身体障がい者にとって切実な「性」の問題を解決する手段として、必ずしも(私は)フェミニストには怒られそうですが、決して「職業に貴賤は無い」の言葉通りに【醜業】として(封建的な価値観などで)貶められる行為では無いとは思っていますが、残念ながら(遠い未来社会はともかく)強制的な死という最大の人権侵害が前提とされる「戦場」における性とは、そういった美しい美化が許される問題では無いとは思います。
そういう価値判断は、例え客観的な歴史を学ぶ上でも、不要な存在では無いと(私は)思います。

まぁ、この話題はココまでにしましょう…(苦笑)

最近、キンピーブログでも、そういった「弱者」への視点や、現代的で社会的な「公正」という規範理論に関して、当時の事情も感情も不正義も超越した、無神経な発言を見て、私も辟易としていますし。

一時しのぎ様は、私の知る限りでは人情に溢れる方ですから、例えば所得の格差問題に関してでも、本人の責任に帰す事が不可能な社会的「弱者」への視点もありますし、そういう人権センスという以前に、人間的かつ感情的な配慮の無い人では決して無いのですが、世の中には(自分の無知を)自覚せざる無恥というか無責任も絶えず、それへの無力に(少々ですが)憑りつかれ、私は(キンピーブログで今回に限っては)コメントする気にもならなかった後なので、少し精神衛生上は(今は)避けたい話題です…(苦笑)
投稿者:伊賀篤
●一時しのぎ様−@

> 秦郁彦氏

氏の慰安婦問題に関する書物としては、まずは下記でしょう(私も図書館で読みました)…

慰安婦と戦場の性 (新潮選書): 秦 郁彦
http://www.amazon.co.jp/%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E3%81%A8%E6%88%A6%E5%A0%B4%E3%81%AE%E6%80%A7-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E9%81%B8%E6%9B%B8-%E7%A7%A6-%E9%83%81%E5%BD%A6/dp/4106005654/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1368860048&sr=1-1

…まぁ、私自身は、儒教的な文化が強い朝鮮(日本もですが)の前時代において、例え物理的な暴力が皆無だと仮定しても、封建的・儒教的な価値観からは偏見(醜業)と見なされる事が多い「売春」という行為に、当時でも社会的な分別が付く年に成長していた娘が、貧困から(社会的貧困に付け込んで)親に売られたのでも無い限り、喜んで生殖器官が使用不能になるまで酷使される高リスクの仕事に就くとは考え難く、そういった「弱者」への視点や配慮における現代的(例えばロールズの正義論における格差原理)な「公正」の概念からすれば、歴史家としては単なる事実だけでなく積極的な価値判断をも伴うべきという点で、上記の本は物足りなくはありましたが、氏が学究の徒としての一種の(価値判断を交えまいとする)誠実さ?みたいなモノは感じましたし、それはそれで私は【評価】もします。

(続く)
投稿者:一時しのぎ
>そうですねぇ。これは現実的な「戦略」の問題になりますが、

実際に論を売り物として上梓するとなるとですが、慰安婦やライダンハンなどの「一つの問題」に拘泥すると(伊賀さんの性格上、ここで前に進まなくなってしまう可能性がある)、それにのみ関わった論だけをまとめることになり、それは秦郁彦氏みたいな政治の実務を経験して、学究生活も送った経験もある、ネットワークとアーカイブと時間を備えた専門家でないと、左右両派世界各国を首肯させるだけの内容は上梓できないと思います(なお当方は秦氏の見解に同意します)。政治や外交の実務などで得られるけれども、ネット上では入手できない一次情報を得ることは、伊賀さんの立場上、不可能です。

しかし、形而上学的に論を起こされるのであれば、伊賀さんの立場でも勝負できると思います。ご存知でしょうが、JBプレスとかBLOGOSとか、ネットメディアのアルファブロガーやコメンテーターみたいに。

>【これからの左翼の 超克すべき課題と 展望−未来社会に向けた政治・経済・文化】

タイトルというよりは、論の趣旨を一言でまとめたという印象です。ですので、サブタイトルとして使えると思います。

>赤と緑の有るべき「共生」と「発展」と「統一」の仕方は、

ある意味、西欧(特にEU)の現況こそ、伊賀さんの展望を先取りしたとも思えます。しかし、フランスの国民戦線、イギリスの独立党、イタリアの諸右派(有名なのがベルルスコーニが率いたフォルツアイタリア)や北部同盟など、赤ではなく緑を掲げる、新しい左派に対しては新しい右派(ただし主張は復古主義あるいは新保守ではない旧来の保守)が勢力を伸ばしているわけで、共通するのは汎ヨーロッパという、ワンネイションワンワールド的ユートピアよりも、旧来の国家≒地域に収斂しようとする動きなわけで、その点は伊賀さんの地域(=基礎自治体?)志向と、同じ方向を向いていると思います(同じベクトルではない)。
投稿者:伊賀篤
●一時しのぎ様−3(蛇足)

ところで、とりあえず次回の本ブログのテーマですが(もう月末まで日程が無い事もあり)、一時しのぎ様と「裏」の日記で話した「地方分権やクニの形」といったテーマ(例の幕藩体制案)と、また本ブログの別の記事に付けて頂いたコメントで話した、人間の創った組織へのフェティッシュ的な愛情(右派的な人士の心情)の持つ、積極的な可能性について(組織への愛情の有り方について)などに、少し絞って考えているのですが、一時しのぎ様としては、それを御海容して頂けますでしょうか?
投稿者:伊賀篤
●一時しのぎ様−2

ただ、もし本を上程するなら…と私も考えて、本のタイトル(題名)みたいな事は、もう考えたりしました…(笑)

題して…

【これからの左翼の 超克すべき課題と 展望−未来社会に向けた政治・経済・文化】

…う〜ん…自分で言っておいて…売れそうに無いタイトルだな〜(苦笑)
代々木小夜さんからだったら、一発で駄目出しを喰らいそう…

だからこそ、代々木小夜さんみたいな方からの、編集的なアドバイスは、私などにとっては、得難い【力】となる可能性もあるというのは、一時しのぎ様の、御指摘の通りだとも思います。(苦笑)

> マルキストからエコロジストへの変容?に関する論

面白い議論を紹介して頂き、ありがとうございます。
私も、緑と赤の関係については個人的に考えてみる事は多く、緑には…赤が(歴史的に殆ど)失った「共生」や「愛」の理念が未だ活発に生きているのに対して、未来社会への具体的展望という(多くの赤では教条的になっているとは云え)点で、弱点もあるなどと、何とか折中的な運動が築けないかと考えていました。
(私が親近感を感じる、台湾の【左派】は、緑をシンボル・カラーにしていますしね)

まぁ…赤・青・黄の3原色から言えば、緑は「青」と「黄」の中間色ですから、そこに「赤」を混ぜると、彩色的には「黒」になってしまいますし、発光色なら「白」になってしまいますが…(笑)

まぁ、左翼にせよ右翼にせよ、何でも「白」か「黒」かを明確にしたがる傾向(感触)を感じる私としては、それ(人類の未来に向けた展望)が、その「白」と「黒」の中間によって象徴されるのは、何かしら(歴史的)必然的なものを感じたりします。

赤と緑の有るべき「共生」と「発展」と「統一」の仕方は、これから…もっと深めて考える余地があるでしょう。

いつか(もっと先に)、本ブログでもテーマにしたいです。
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