海と云えば日本海。
明治維新より前は、日本において海といえば、やはり日本海であった。日本海は大陸に向けて開かれており、博多や境港など日本海側の港湾都市こそが、世界に向けての出入り口であった。
もちろん太平洋岸にも航路はあったが、それは実質、江戸時代からといってよく、江戸と大阪を結ぶものであった。江戸が発達したからこそ開かれた航路であった。
つまり江戸以前は、圧倒的に日本海側の航路が中心で、最近の研究では縄文時代からすでに東北と九州まで航路が開かれていたらしい。もちろん江戸時代以前にも、瀬戸内海や灘と紀州を繋ぐ航路はあったが、江戸までは届いていなかった。
東京の原住民である私には、いささかピンとこないが、表題の本によるとイカとえいば、日本海のスルメイカだそうだ。イカなんて、どの海でも獲れると思っていたが、どうも違うらしい。
食べ物に好き嫌いがない私は、イカは嫌いでもないが、特段好きなわけでもない。それほど頻繁に食べているわけでもなかったが、このルポタージュを読んで、改めて日本人のイカ好きに感心した。
ちなみにこの取材は昭和60年前後に行われている。2〜3人乗りの小さなイカ釣り漁船に乗り込み、船酔いに悩まされながらも、イカ釣りの現場を体験する。それを日本海沿岸の各地の漁港で繰り返し、挙句に船員手帳を取って一ヶ月以上大型のイカ釣り漁船にまで乗り込む。
まさに迫真の取材であり、今から30年前の日本海のイカ釣りが如何に行われていたかが良く分る。イカなら日本海のスルメイカと断言する著者が、最後に訪れたイカの乾燥工場で見たのは、遠く海外で釣られたイカが、工場で干物になって日本各地へ搬送する場面であることが印象深い。
私にとって、海といえば太平洋なのだが、長い日本の歴史を考えると、大陸への連絡口であった日本海こそが、日本の海であったのだろう。まさか、イカ釣りのルポを読んで、そのことを認識させられるとは思わなかった。
もっとも日本海と命名したのはロシア人であり、これはこれで別の歴史的意義がある。昨今、この日本海という名称が気に食わず、東海と名称変更を強行しようとしているオバカ国家がある。
日本という国は、マルコ・ポーロの黄金伝説で西欧に知られた国だが、単なる伝説ではない。16世紀においてヨーロッパの銀価格を大きく変動させるほど、銀の輸出で歴史に名を残した国でもある。
その影響の大きさからポルトガル、スペイン、ロシア、フランス、イギリス、オランダといった国々が、遠く日本を目指して渡航してきた。それゆえ、日本列島と大陸の間の内海を、日本海と呼んだ。
現代文明が西欧文明を基調としている以上、彼等の価値観が名称にも影響を与えるのは当然なのだ。ヨーロッパの人たちは、コリアの東を目指して海を渡ってきたのではない。あくまで日本を目指して、はるばる海を越えてやってきた。
それゆえ、日本海という名称には、歴史的意義がある。もちろん、日本にとっても、古来より大陸への海の道として、また国内流通の基幹航路として、日本海は大事な存在であった。
そのことをイカ釣りのルポから思い知らされるとは思わなかった。歴史的意義をもつ日本海という名称を大事にしたいものです。

1