実際に経験してみなければ分らないことって、けっこう多いと思う。
大学時代、私が駐車場でバイトをしていた渋谷のホテルには、しばしば芸能人が訪れた。単に打合せでホテルを使う場合もあるが、困るのは近くの映画館での顔見世であった。
その映画館には駐車場がないため、一番近いのがバイト先のホテルの駐車場であった。そんな時はホテルの側から、私等バイトにも連絡があり、ファンに見つからないよう裏口を案内してあげる。
こんな時、芸能人の素顔というか、素の振る舞いから人となりが分ることがある。湘南をイメージさせる某人気俳優なんて傲慢そのもので、私等バイトのスタッフなんて人としてみてなかった。
一方、普段悪口、罵詈雑言を撒き散らす某お笑い芸人は、こちらが驚くほど腰が低く、温厚にして寛容。手配が悪い付け人を穏やかに諌め、あたふたする私等ホテル関係者にすら気をつかう様に驚かされた。
もっとも、私は当時から芸能音痴なところがあり、芸能人がやってきても気がつかないことも多かった。気がつかないのは、素顔の彼等が驚くほど普通の人であったからだ。
もう時効だと思うので書いてしまうが、駐車場に女性ドライバーが白いスポーツカーに乗って現れた。私の誘導に従いスムーズに車庫に入れる。切り返しなしの上手な運転で、思わず私が感心していたらトイレから戻ってきたバイト仲間のMが「あれ、岡江久美子じゃん。サイン貰っておけば良かったな」と呟くので、そこで気がつく様であった。
車の運転もそうだが、ドアを開けてからの振る舞いもエレガントな人だなァと思ってはいたが、まさか芸能人だとは思わなかった。実を言うと、顔をあまり見ていなくて、ただ運転も含めて立ち振る舞いが綺麗な人だとだけ認識していただけだった。
なんで、こんなこと書くかといえば、芸能人って運転下手な人多かったから。マネージャーに運転させるのも相応の理由があるようです。要するに自己中心的な人が多かったのでしょう。
そんな私たちが緊張するのが、人気の芸能人が近くの映画館で顔見世をやった時です。人気者だけにファンが押し寄せて、他のホテル利用者に不便を強要させてしまうことがある。
それを避けるために裏口を使ったり、ファンを騙すための偽装に手を貸したりと苦労が絶えなかった。なかでも悪名高かったのは、ジャニーズ系のアイドルが顔見世に来た時です。
いや、アイドル本人ではなく、そのファンが怖い。十代から二十代と思える女性たちが、もの凄い勢いで押し寄せてくる。警備員の怒声なんぞものともせず、ただひたすら押し寄せてくる。
当初、ホテルの支配人から少年隊が来るので、注意して対応するようにと言われた時は、女の子のファンなんて・・・と軽くみていた。押し寄せてくるなら大歓迎ですよ、なんて軽口叩いていたのだが、いざその現実を目の前にすると、こちらがパニックになった。
幸い、素早く裏口に彼等を連れ出してファンと切り離すことには成功したが、その後始末が大変だった。捨てられたパンフレットやら花束やらゴミの処理も大変だったが、再び現われることを期待して残っているファンを追い出すのが大変だった。
私個人の感想としては、女暴走族の集会よりもジャニーズファンの居座りのほうが怖かった。なにせ、こちらの話なんぞ聞く耳もたない。「ヒガシは何時来るの?隠しても無駄よ。教えなさいよ!」と迫ってくる瞳には狂気が感じ取れて、思わず後ずさりしてしまった。
結局、他の車の通行を妨げると警察呼ぶよと脅かし、強引に駐車場から排除したが、その時の彼女等の態度の悪さは、センター街のチーマーよりも酷かった。弁当の残飯を撒き散らすなど陰湿に性質が悪かった。以来、ジャニーズ系のファンと聞くだけで偏見を抱くようになった。
余談だが、その後数時間してから少年隊の面々が密かに戻ってきた。ファンがいないことを確認してから、先に車を出して、リネンの配送用トラックの陰で彼等を向かい入れた。
その時、ヒガシと呼ばれたほっそりした青年が「お騒がせしてスイマセンでした。これ、皆さんでどうぞ」とお菓子を差し入れてくれた。
バイト仲間と、お菓子程度じゃ割りに合わないよなァと言いつつも、そう悪い気はしなかった。後で聞くと、ジャニーズ系のタレントさんたちは、かなり躾が厳しいらしく、他のホテルのスタッフに聞いても、そう悪い話は聞かなかった。要はそのファンの一部に悪質な(よく言っても熱狂的な)連中がいるだけなのだろう。
若い女の子たちが沢山来るなら大歓迎です、なんて軽口叩いたが、まったくもって冗談ではなく、うんざりするほど大変だった。
あんな連中にさえ、笑顔を振りまくタレントさんは大変な仕事なんだと実感できた一日でしたね。

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