埼玉の河又という岩場。
関東ではかなりメジャーな岩場で、中級者までにはちょうど良くアプローチも楽、いろいろなタイプのラインが揃っているイイ岩場。
ここで11を打ち込んで腕を磨き、初めての12aもこの岩場やった。毎週のように通った思い出のある岩場。
そして今週末に登攀禁止になった。
元々小さな鍾乳洞があり、だいぶ昔に一度登攀禁止になったんやけど、その後グレーな感じで解禁。
そして今回グラウンドフォールでヘリが出動する事態になり、そのまま登攀禁止の立て札が立てられたとのこと。
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河又について(JFAのHP)
前に書いたに城ヶ崎の問題も新たな方向へ。
下降用のFIXとか外したみたい。こっちで言えば三崎の降り口を更に悪くしたような感じのとこ。
初心者お断りっち感じやね。悪くないと思う。でもまぁ、日本を代表するエリアなんで、寂しいのも事実。
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城ヶ崎のボルト撤去(JFAのHP)
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城ヶ崎の注意事項(JFAの注意事項)
双方、怪我が原因でこういう風になったみたい。
怪我をした方は不運やったというしかない。
そして、こういった怪我は大抵
「自己責任」という言葉で片づけられる。
でも最近思うに、この言葉は、登り手個人に対してだけ使う言葉やないんやないか、と。
例えば何か問題ありそうな場面に出くわして、注意せずに見過ごしたとする。
そこで重大事故で岩場が禁止になったら、誰の責任になるのか。
個人の怪我は個人の責任やけど、怪我した人だけ責めても意味がない。注意できんかった人だけを責めても意味がない。
例えばその岩場に通う人達でいいコミュニティーを作っていって、注意しやすい環境にするとか、大きく言えばクライマー社会全体がもっとフォローできる体制にならんとね。
「自己責任」っち、そういうことやないんですかね。
個人の行動の責任を個人が負うのは、何もクライミングに限ったことじゃなく社会生活でも同じこと。
ただ、その行動が後にどう影響していくか、ということを考えると、個人の話じゃ済まなくなる。
それも含めて「自己」がどう対応していくか。
この段階では、もう「自己」が個人ではなく、集団になってくる。
つまり
「自己=クライマー社会」。
この自己が自衛も自浄もせずに漫然と過ごして消滅していくのなら、それは自己の責任っちゅうわけや。
そんな不全な集団(自己)のままなら、いっそ潰れても構わん。
うちらは今も昔も、ジムから岩場から全部自前なんで、殆ど影響はない。
今まで通り、気のあった仲間で登っていくだけ。
なんかね。
なぁんもせんと、ブームだとかなんだとか言って人だけ増やして、認知度だけ上げて権利だけ主張しとれば世話ねぇわな。
話が逸れたかもやけど、そんなことを最近(というか、ずっと)思っとります。
ってなわけで、JFAの活動に今後も期待し、やっと今年度会費を納めてきますた(遅)
他人が整備した岩場で何も考えずに、グレードがどうだとかだけ気にして、タダ漫然と登っとるソコのアナタ。
いつでもそのままでいいんですかい?
そろそろ頭使って動いていこうや。
東北のいろいろなエリアも、問題がないわけやないんよ。
(ソコとかアソコとか)

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