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イスラエルの民は、約束の地に入って新しい歴史の段階を迎えるまでの40年間、荒れ野に留っていなくてはなりませんでした(申命記・民族記)。
当時責任ある立場にいた父たちの世代が完全に交替するまでに40年が必要だったのです。
しかし、ほかのところ(士師記)には、かつて身に受けた助け、救いは往々にして40年の間しか心に刻んでおけなかった、と記されております。心に刻んでおくことがなくなったとき、太平は終りを告げたのです。
ですから、40年というのは常に大きな区切り目を意味しております。暗い時代が終り、新しく明るい未来への見通しが開けるのか、あるいは忘れることの危険、その結果に対する警告であるのかは別として、40年の歳月は人間の意識に重大な影響を及ぼしておるのであります。こうした両面について熟慮することは無意味なことではありません。
われわれのもとで新しい世代が政治の責任をとれるだけに成長してまいりました。若い人たちにかつて起ったことの責任はありません。しかし、(その後の)歴史のなかでそうした出来事から生じてきたことに対しては責任があります。
われわれ年長者は若者に対し、夢を実現する義務は負っておりません。われわれの義務は率直さであります。心に刻みつづけるということがきわめて重要なのはなぜか、このことを若い人びとが理解できるよう手助けせねばならないのです。ユートピア的な救済論に逃避したり、道徳的に傲慢不遜になったりすることなく、歴史の真実を冷静かつ公平に見つめることができるよう、若い人びとの助力をしたいと考えるのであります。
人間は何をしかねないのか──これをわれわれは自らの歴史から学びます。でありますから、われわれは今や別種の、よりよい人間になったなどと思い上がってはなりません。
道徳に究極の完成はありえません──いかなる人間にとっても、また、いかなる土地においてもそうであります。われわれは人間として学んでまいりました。これからも人間として危険に曝されつづけるでありましょう。しかし、われわれにはこうした危険を乗り越えていくだけの力がそなわっております。
ヒトラーはいつも、偏見と敵意と憎悪とをかきたてつづけることに腐心しておりました。
若い人たちにお願いしたい。
他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。
ロシア人やアメリカ人、
ユダヤ人やトルコ人、
オールタナティヴを唱える人びとや保守主義者、
黒人や白人、
これらの人たちに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。
若い人たちは、たがいに敵対するのではなく、たがいに手をとり合って生きていくことを学んでいただきたい。
民主的に選ばれたわれわれ政治家にもこのことを肝に銘じさせてくれる諸君であってほしい。そして範をしめしてほしい。
自由を尊重しよう。
平和のために尽力しよう。
公正をよりどころにしよう。
正義については内面の規範に従おう。
今日5月8日にさいし、能うかぎり真実を直視しようではありませんか(拍手)。
(永井清彦訳)
『荒れ野の40年 ヴァイツゼッカー大統領演説全文』
岩波ブックレットNo.55