ご存知の方も多いと思います。スウェーデンの児童文学作家ウルフ・スタルクの絵本です。
おじいちゃんのいない少年ベッラと、天涯孤独のニルスさんが、つかの間の「おじいさんと孫」を愉しむ数ヶ月のお話です。「死」を描きながら湿っぽくなく、かといって軽くもなく、切ない余韻がいつまでも胸に残る名作です。
誰かに何かを訴えるとき、どういう伝え方が一番効果的かと考えます。
自分と同じようなことを考えている人が相手なら、伝え方はさして問題になりません。少しの言葉で容易に伝えることができるからです。でも、自分が伝えたいことを考えたこともないような人を相手にすると、伝え方がとても大切になります。理路整然と論理を組み立てても、相手がそれを納得して受け入れてくれるかどうかわかりませんし、ただ感情に訴えても、理解してもらえるとは限りません。
人間が何かを「わかる」というとき、まず頭で分かっていることが必要ですが、理屈の上で理解できるというだけでなく、心の底から共感できる部分がないと、本当の理解とは言えません。
見知らぬ誰かにこんなふうに何かを伝えるのは、とても難しいことですが、優れた文学作品は、これを難なくやってのけます。本を開いたとたんに、私たちは異世界へいざなわれ、そこで色々な出来事を経験します。そして、本を閉じて現実に戻ってきたときにはもう、心の中にいつのまにか作者のメッセージが沁み込んでいるのです。
同じ作品を読んでも、「沁み込み具合」は人によってさまざまで、これが読書の面白いところだと思うのですが、それ以前にまず、どんな「しみこませ具合」を目指すかが、作家によってさまざまです。
スタルクの場合、この「しみこませ具合」が絶妙なのです。
深すぎもせず浅すぎもせず、堅すぎもせず柔らかすぎもせず、なんともいえないあんばいで、心にじんわりしみこんできます。
この作品には、そこかしこに良い場面があるのですが、久しぶりに開いた昨日は、16ページのニルスさんの言葉がとりわけ胸に沁みました。短いお話なので、勿体なくて抜き出してしまうことができません。ぜひ手にとってご覧下さい。個性的なヘグルンドの絵も、甘すぎもせず辛すぎもせず、スタルクの独特な雰囲気とうまく溶け合っています。
その他のスタルク作品と、「死」を扱ったもう1作品をご紹介しておきます。
『シロクマたちのダンス』は、両親の離婚に揺れる少年ラッセの物語。夫婦、親子、自我の確立、学校教育など、様々なテーマについて考えさせられます。もちろんスタルクの語り口は健在です。
『うそつきの天才』には、短編2編が入っていますが、スウェーデンではまだ発表されていないのだそうです。スタルクの少年時代を彷彿とさせる表題作が特に好きです。
『おねえちゃんは天使』は、ママのおなかの中で死んでしまった「おねえちゃん」への憧れから、女装して近所を歩き回ってしまうウルフ少年の愉快で切ないお話。ウルフは『おじいちゃんの口笛』にも登場します。主人公ベッラの親友です。
『海がきこえる』は、ドイツの作家ツェーベルトの処女作で、もともとは、小学校教員資格試験に提出するために書いたものなのだそうです。訳者あとがきから少し引用させて頂きます。
「この物語には、双子の兄の死に直面するまでの10歳の少女の驚き、とまどい、葛藤が、自然に率直に表現されています。たえがたい心のいたみにうちひしがれながら、ふとかいまみる自然のたとえようもない美しさ・・・。それを作者はみずみずしい感性でとらえています。」心の中を潮風が吹き抜けていくような作品でした。
『おじいちゃんの口笛』 ウルフ・スタルク作 アンナ・ヘグルンド絵 菱木晃子訳
(ほるぷ出版)
『シロクマたちのダンス』 ウルフ・スタルク 菱木晃子訳 (偕成社)
『うそつきの天才』 ウルフ・スタルク 菱木晃子訳 (小峰書店)
『おねえちゃんは天使』 ウルフ・スタルク作 アンナ・ヘグルンド絵
菱木晃子訳 (ほるぷ出版)
『海がきこえる』 ジークリット・ツェーベルト 津川園子訳 伊東寛絵
(佑学社)