<ケモノ道にワナを張る>
D 権力には一種のケモノ道みたいなものがあるわけでしょう。ほっといたって、そこを通るところがいくつもある。それを長年、立ち会ってきたのが政治記者であって、くだらん政治家が口走ったファクトよりもケモノ道にワナを張る記者が必要なんだ。政治記者というのは権力の狩人だよ、ある意味で。その想像力が全く貧困だね。
A それは政治報道に積み重ねが必要だ、ある種の政治記者にキャリアが必要だということと、不可分だと思う。推論、仮説をもつといっても、めったやたらといい加減なことを夢想するわけではなくて、過去に彼がどういう行動パターンをとったのか、というようなことをずっと積み重ねて、きちんと持っているかどうか。
ところが、現実の政治記者は、過去を振り返るということは忌み嫌われる。現に起きていること、明日起きることをとにかくキミら書け、だれがどう言ったかという話をとにかく取ってこい、それに翻弄される。しかし、十年前に中曽根がどういうことを言って、そのときに彼はどういうスタンスをとったのか。「切っ先に届く」といって佐藤栄作のところへ走ったときに、彼はどういう経緯で行ったのかということをぼくら自身が知っているか知らないかでは全然違うと思うんです。
E 縦軸不在なんだ、流れがないんですよ。
B 同時にぼくは読みだと思うんですね。1つの事実、あるいは1つの現象というものをどういうふうに読むか。たとえば、田辺・春日会談というのが一方であって、一方で自民党の動きがある。これは切り離した話としてあるはずがないわけです。
また先日、警察庁人事があったでしょう。あのなかのポイントは、神奈川県警の本部長が辞職したということです。
A いま新聞社のへたなところは、情報のクロスの仕方なんだ。政治記者もみんな自分がとってきた情報は政界と同じ格好で、あいつどこまで情報を知っているかなというのを、お互いになかなか出し合わない。
D 情報交換やっても、若い派閥担当が「わが派は」と言う(笑)。殴りつけてやろうかと思うけどね(笑)。
B それで「わが派」の情報を軽視されたら怒り出したりなんかして(笑)・・・。昔から、大派閥の担当記者はいたんだけども、最近は、マン・ツー・マンという感じで、派閥のなかでも、なんとか系というのができちゃって、どんどん細分化されている。
D 田中派のキャップだったりするんだから(笑)。
C そもそもいまの新聞は、だれがトップになるかということに対して力を入れすぎなんじゃないですか。宮沢がなろうが、竹下がなろうが、安倍がなろうが、たいした違いがない。むしろもっといまの政治で関心を持たなければいけないのは、たとえば株価操作、あるいは旧国鉄用地払い下げによる膨大な利益がいかに政治をむしばんでいるかだ。そういうことに全然関心がいかないで、トップがだれになるかということだけに政治部の95%の勢力を費やしてしまっている。むしろ見逃している5%のほうで政治は変質していっていると思うんですけどね。そこのところをだれも大して追っかけない。
A いまの話は多少極論かなとも思う。その5%の部分というのは何も政治部だけではなくて、新聞社あげてやっているテーマなんです。政権交代期というのは、政治部はまさに政界部にならざるをえない面もあるからね。
B それは、そのとおりだと思う。にもかかわらず、ぼくはいまの問題提起が非常に貴重だと思うんですね。それを貴重だと思うほど実は我々の仕事というのは隘路に入り込んでいるんではないですか。つまり、根本的に発想を変えてみる必要がある。それをそのまま実際にやっちゃったら、これは商売にならないという側面があることを百も承知の上で、そういう考え方、つまりトップ選びはどうってことない話ではないかという発想の転換が必要なんではないですか。
(以下略)
