中学の卒業式がありました。
式次第は、「開式の辞・国歌斉唱・卒業証書授与・校長式辞・PTA会長祝辞・在校生送辞・卒業生答辞・国歌斉唱・閉式の辞」でした。
愛知県では、私の子ども時代から、卒業式や入学式で『君が代』を歌い、日の丸を揚げることは当たり前になっています。幼い頃から歌うのが当たり前だった『君が代』の歴史的意味を知ってから、私はこの歌を歌えなくなりました。いつも歌わずに立っています。
子どもたちは、かつての私と同じように、歌うのが当たり前で、大きな声で歌わないと叱られる環境で育ちましたから、私は彼らにこの歌にどんな問題があるのかということだけ話しています。
子どもの卒業式を迎えることは、親にとって、大きな喜びです。穏やかに晴れた朝、晴れやかな気持ちで学校へ出かけたのですが、体育館での卒業式は、とても悲しい式でした。
はじめに、「一同ご起立ください」という声に合わせて全員が立ったのですが、はっとして、一瞬親からため息がもれるほど、子どもたちは全員が揃っていました。これまで何度も卒業式に出席してきましたから、こういうときに全員が揃うように練習させられるのは知っていますが、それにしてもこれほどすばやく音も立てずに約300人が立ち上がるというのは、恐ろしいことでした。たいていは、少し椅子がガタンと鳴ったり、なんとなく「ガタガタ」したような音が混じるものなのに、本当に衣擦れの音しかしないのです。
こんなふうに揃わせられるには、どれほど練習をさせられたことだろうかと思いました。式の間に、子どもたちは何度も立ったり座ったりしましたが、その度に同じ驚きを感じずにはいられませんでした。座っている間も、全員背筋をピンと伸ばし、真正面を向いています。ですから、真ん中に座っている生徒以外は、話している人が見えないはずです。それでも、全員みじろぎもせずに、真正面を向いて座っているのです。「涙が出ても鼻水がたれても拭いてはいけない」と言われていると聞き、ため息混じりに「ばかなことだねえ」と笑ったのですが、この光景を見て、先生は冗談ではなく、本気でそう言ったのだろうと思いました。
3月に入ってから毎日卒業式の練習ばかりさせられていました。給食は先月末で終わっているので、授業は4時間で終わる予定でした。家庭への予定表では、毎日2時間ずつ練習が入っていたのですが、子どもたちには、3月1日は、3時間練習をして4時間目に学級の時間を取ることになったと連絡があったそうです。ところが、実際に学校へ行ってみると、練習は3時間では終わらず、4時間目まで延び、それでも終わらずに1,2年生の給食が始まってもまだ続き、ようやく1時10分前に終わったのだそうです。そして「遅くなったから1時5分までに学校を出るように」と指示があったのだと言います。疲れきって帰宅した子どもは、先生たちがいつも生徒ばかり責めることには慣れているので、多くは望まないとしても、せめて「時間だけは守ってほしい」と言いながら、痛む腰をさすっていました。
卒業式後に受験を控えたこの時期は、家庭でも体調管理に気をつかいます。体育館は冷えるので、長時間の練習で風邪を引かせないようにという配慮は、当然あってしかるべきだと思います。上の子のときは、毎日1時間ほど練習があり、1時間ほど自習があり、その間に公立高校受験者の面接の練習が行われ、あとの1時間は学級活動に充てられるという具合で、みんな緊張感の中にも最後の中学生生活を楽しもうという気持ちもある、名残惜しい良い時期でした。
ところが、今回は、2日目も練習を4時間目の途中までさせられ、途中休憩は5分しか与えられませんでした。その間身じろぎもせず背筋を伸ばしていなければならないのはもちろんですが、下を向いていた生徒が「下を向くとはなにごとだ!あんたはここにいる全員を裏切っていることになるんだ!」と言われたり、隣の子と少し話していた生徒が体育館の隅に連れて行かれ、「出て行け!この空間におるな!」といつまでも大声で怒鳴られたりするのを聞いていなければならないのですから、(直接叱られている子の辛さは言うまでもなく)、子どもたちには苦痛に満ちた時間だったことでしょう。歌の練習を繰り返しさせられるのですが、先生の注意は「後ろまで気持ちが届いてないぞ!届いとるのは声だけだ!」といった類のものですし、「きみたちはばかだから」「あんたたちはまぬけだから」などとののしられ、普通に歩いているだけで「だらだらするな!そんなことじゃ全員高校になんか入れんよ!」と言われなければなりません。
これが行事のたびに繰り返されるのですから、子どもたちには、こういうことしか言えない先生たちだとわかっているわけですが、それにしても、受験が近づき、少なからずプレッシャーを感じる時期になってもまだ、無神経にこんな言葉を投げつける先生があってよいものだろうかと怒りを禁じ得ませんでした。
その後も連日卒業式の練習が続き、高校入試の面接の練習をする時間も取ってもらえず、家に帰って昼食をとった後、(希望者は)再び学校へ出かけなければなりませんでした。
たった1時間ほどの式のために、どうしてこれほど練習ばかりさせられるのかとかわいそうに思っていましたが、式に行ってみて、激しい憤りに駆られました。
校長先生が式辞を述べるために壇上に上がられたときは、「あなたは大切な子どもたちに何ということをしてくれたのか!」という思いでいっぱいで、話を聞く気もしなかったのですが、途中から少しほとぼりが冷め、式辞が耳に入ってきました。すると、驚いたことに、これから色々な変化が起こり、社会はさらに変わっていくことだろうが、いつまでも変らないのは「人の心」だと思う、それを大事にしてほしい、今は残念ながら毎日新聞やニュースで恐ろしい事件が報じられている、それは心の貧しさやおごりから起きているのだ、きみたちは謙虚さや人への思いやりを忘れず、他人をだいじにしていってほしい、と言っておられるのです。
この学校で、先生たちがどんなに謙虚さを忘れて子どもたちの心を踏みにじっているか、当然のことながら、まったくわかっておられないのでしょう。生徒ではなく、ご自身と先生方にこそ伝えて頂きたい内容でした。
子どもたちが『仰げば尊し』を歌ったときも、私はやるせない気持ちでした。選択の余地なく歌わされているのですが、この歌の意味を分かって歌っているのだろうか。何もわからずにただ歌っているだけのほうが幸せだろうと思いました。
体育館での卒業式が1時間ほどで終わった後、クラスごとに学級卒業式が行われました。学級卒業式の企画運営は、すべて生徒たちに任されています。ここで、生徒たちは一人一人、担任の先生から卒業証書を受け取ります。担任の先生は、若い女の先生でした。高圧的な先生の多かった学年で、できるだけ生徒の気持ちを汲み取ろうと努力してくださった方でした。ご苦労も多かったことでしょうが、おかげで、子どもたちは楽しい1年間を過ごせたようです。先生から卒業証書をもらったあと、クラスメートに一言ずつあいさつし、合唱コンクールで歌った歌をみんなで歌い、代表者が保護者にお礼の言葉を言ってくれた後、先生に一言ずつお礼を言いました。子どもたちの言葉はどれも本心からのもので、笑いあり涙ありの心温まる式でした。自分も泣いていた女の子に「泣くな!」と言われながら泣いておられた先生のお言葉も、子どもたちへの愛情が感じられる心からのもので、これに救われて家路についたのでした。
私は軍隊やカルト教団に子どもを入れたつもりはありませんが、実際には、それに近い恐ろしい教育が行われていると感じたことが多々ありました。それについて、先生と話をしたいと思っても、まったく「言葉が通じない」のです。中学の先生と本気で話をしようとして、こういう感じを持たれた親御さんは少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。
私が内申書制度をなくさなければならないと真剣に考え始めたのは、先生方の常軌を逸した傲慢さに接し、愕然としてからです。なぜここまで人間が──しかも子どもの教育に携わる職業を選択した人たちが──傲慢になってしまうのかと考えると、どうしても内申書制度の問題に行き着きます。
のんびりペースになるかと思いますが、これから少しずつ、私が実際に見聞きした学校での出来事について、書いていきたいと思います。