6月25日
あと三日後、また外出となる。この頃、わずかに時間の歩みの速くなったことを感ずる。
読書を禁止された。
さりとて、航法その他、休み時間に読もうなどという気持はさらさらない。生活の面白くなさを、いまさらのように感ずる。
つまらぬ禁止をして、いったいなにになるのか。ばからしさを、わざわざ感銘させるようなものだ。
人間がある生活に入る。最初、それがいかに悪いかを感ずる。そして、どうすべきかにつき悩む。しかし、ある生活が動かしがたく、永続的に強力さを示すとき、没法子的感情が生まれ、受動的生活に陥ってゆく。その時、どういうことになるだろうか。具体的にはっきり言おう。軍隊で没法子的受動性以上に出られぬとしたら、その結果はどうか。
それは生活全般の受動化、いわば、どうでもなれ、という心理状態になる。そして拘束が強ければ強いほど、投げやりな気分も強くなる。そしてそのような態度が1年、2年とつづいたならば、その結果はどうだろう。
よしその人間が、かつてその人を歓待した社会に帰ったとしても果して彼は、(外部の自由な生活に復帰したとしても)、拘束を受けない前に、彼の生活全般に満ちていた真面目な積極的生活態度を取り戻すことが、できるであろうか。(略)
Krieg(戦争)の大なるVerwandlung(変容)のなかに、多くのものが亡びる。
それはやむを得ない。社会的に、否、世界史そのものの性格上、やむを得ぬ犠牲であろう。
しかし、一個の人間が、無価値なる虫けらのように押し潰されてゆく事実は、はたして必然であった、だけですむのだろうか。
おれは、かかる事態は必然であったと思う。
日本の興亡。そのゆえの犠牲、やむをえざる歴史の捨て石、ということは真実だ。
しかもその事実を、現在の生活の中に、そして自分自身と、おれの知友の身に迫った事態として考えるとき、いったい我々は、いかにこれを考えたらよいのであろうか。はたして必然性の認識だけで、我々は満足しうるであろうか。
もちろん、それだからとて、我々は死の危機がきても、あるいは平気かもしれない。しかし一体現在、おれの思考を迫る世界史の運命と、個人の運命は、どのようにして一致せられるものなのであろうか。(略)
ゆえにある人々のように、おれには恨むなどということはできないのだ。
いったい、恨むといっても、誰を恨むのだ。世界史を恨みとおすためには、我々は死ぬほかはない。
そして我々は、恨み得ぬ以上、忍耐して生き、そして意味をつくりださねばならないではないか。
日本は危機にある。それは言うまでもない。それを克服しうるかどうかは疑問である。しかしたとえ明日は亡びるにしても、明日の没落の鐘が鳴るまでは、我々は戦わねばならない。(略)
そしてたとえ現代日本が、実に文化的に貧困であろうとも、また健全なるよき社会でなかろうとも、欺瞞と不明朗の塊であろうとも、我々日本人は、日本という島国を離れては、歴史的世界を持ちえぬ人間であり、我々はこの地盤が悪かろうとも、しかもそれ以外に我々の地盤はなく、いわば我々は、我々の土壌しか耕せぬ人間であると考える以上、おれは泣言を言ってはならない。
ミゼラブルな結果は判っていても、とにかく忍耐して生き、強く積極的に生きねばならない。人生は苦しいものなのだ。(略)
我々はKrise(危機)に生れたのだ。我々の世紀は最初からdunkel(暗鬱)なものを予定された。我々はSchon ist die Jugend(青春は美わし)!などとは言えない。
人生は辛い。嘆きの淵だ。すくなくとも現代において。
しかも嘆きの淵だからとて、逃れられぬところに、また人生の苦しさがある。そしてそうである以上、我々はなんとかして強く生きる道、あるいは、とにかく生を意味づける道を発見せねばならないのだ。
死は、けっして遠くない。いまでも我々は、死に迫られている。そしてその死をふり払って、生に赴き得るかどうか、これがこれからの生き方なのだ。
これがWeg zum leben(生への途)となるか、Weg zum Tod(死への途)となるか、すべてはこれからなのだ。
どうせいつも眠いのだ。いっそ、眠いならば睡眠7時間でやってゆくのがましである。
では6月25日よさようなら。今日は考えたくなった。貧困だから、これが現在のレベルである。
7月13日
(略)
すべてを栄あらしめること、かつて去年のいまごろ、実践とは時代の課題を自己の課題として、なんらかの方法により、その解決に進むことであると考えた。
だが我々はいま、その方法を選択する余裕がない。すべての人々が、直接、戦争を切り抜けるという方向に沿って、もっとも一時的表面的な解決に努力せねばならなくなった。原理の根本的な意志理論的な探求さえも脅威され否定されている。
そして現代人はいしじるしく制限された生活をし、その義務の遂行を求められねばならないのだ。自由の欠乏には大なる寂しさを感ずる。それがひしひしと、社会のあらゆる層に波及してゆく。時代の運命なのだ。(略)
先日の班長会議で、外国書を読む者への攻撃があった。なるほど根拠はある。しかし結局、攻撃者は、そういう展望がいかに根深く、かつまた人間の本性そのものに基づく要求であるかを知らぬ人間だったことをバクロしたにすぎぬ。
おれは読むぞ。そんなことでヘコタレルものか。
同時にT先生の「我々は、あまりに本にたよりすぎる」という御言葉を忘れてはならない。
現在の生活を生きると同時に、そのRealitat(実相)を把握することが不可欠である。
無理かも知れぬが、素材にじかにぶつかってゆくということはやむを得ない。
新しい方法には常に混乱がつきまとう。そこに一心に生きるとき、ほんものがつかめると楽観しよう。
7月14日
この日記も終った。
おれの貧弱なる精神生活が生みだした最初のFrucht(果実)である。混乱と無秩序のみ。
Moi, cette confusion et anarchie, c'est moi.(私、この混乱と無秩序、それこそ私だ)
おれは依然として前と同じ林尹夫。
おれを強くひきつけるのは、近代社会とはなにか、そのヨーロッパ的形態と日本の近代化、そしてロシア社会の近代化。バラバラではあるが、ひとつの塊をなして迫る問題だ。
それへの努力からみれば、何事もひとつの素材たる以上の意味をもたぬ。
(略)
おれのような弱きハートの人間は、自己の弱さを直視することにより、弱いなりに強くなる道を求めてゆくのである。
人間は、本質的に弱さをになって生きている。しかも強くならんと意慾する。
弱き人間、才能なき人間。要するに平凡人は、その平凡の沼地より、強く、輝やかしい大空へ飛躍せんと熱望する。そこに平凡人の努力の真剣さがあるのだ。
おれは思う。おれがいちばん似合うのは、モスコーの街をハンティングをかぶって散歩したり、Bibliothek(図書館)にかよってWeltpolitik(国際政治)と、Weltwirtschaft(国際経済)の勉強をするか、あるいは日本の進行方向を、理論的にグングン勉強してゆく生活だ。
もし生あれば、おれはそれを実現させてみせるぞ。もし死んだら、すべては夢のまた夢にすぎなくなるが。
そしてこの日記も夢のみ大きく、悟らざる人間が、自己の大きな夢へ、渾身の努力をつくす過程の記録の第1篇たらしめてゆきたいと、俺は思う。(終り)