今日の朝日新聞朝刊に「外す?『ジェンダー』残す?──用語巡り火花」という囲み記事があり、来年度改定予定の男女共同参画基本計画に「ジェンダー」という言葉を残すかどうかで、猪口男女共同参画担当相と山谷えり子内閣府政務官が対立していると出ています。
猪口大臣は記者会見で「ジェンダー」を使いたいと明言したそうですが、山谷政務官は「計画策定時にジェンダーを定義しなかったため過激な性教育など教育現場で混乱が起きている」と「慎重な考えを示した」そうです。
猪口さんはこれに対して、「過激な性教育などは男女共同参画行政の目指すところとは全く異なる。一方で社会的性別で平等機会が奪われる事態を解決するためにもジェンダーの平等は追求していかなければならない」と言ったそうです。
山谷さんが政務官就任前に事務局長を務めていた自民党の「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」は「ジェンダーフリーの名の下に過激な性教育が行われている」として改定後の計画に「ジェンダー」を使わないよう安倍官房長官に要望するなどしているそうです。
この記事を読んで、『過激な性教育』って何だろう?と考える人がどれくらいいるだろうかと思いました。
「過激な性教育」と攻撃されているものが、実際は、障害のある子どもたちに「本当に必要な大切な性教育」なのだとわかる人はとても少ないだろうと思います。
私は下の記事を読むまで、障害のある子どもたちにとって性を理解するのがどんなに難しく、親御さんや先生がどんなに大変な努力をなさっているか、知りませんでした。
障害児の性 どう教えるか、学校切実(毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/mori/archive/news/2005/05/20050509ddm004040089000c.html
私の知っている中学の先生が「自主性を育てる」というときは、「先生が決めたことに進んで取り組む訓練をさせる」という意味でした。
「公正な教科書採択を求める」請願は、「扶桑社の教科書を採択しやすくするための」請願で、首相の「適切な」判断は、「ブッシュ大統領の機嫌を損ねず、自分の意見を押し通す」判断です。
言葉はどういう風にでも本質を覆い隠すことができますが、「本当に必要で大切な性教育」が「過激な性教育」と誤った呼び方をされるだけでなく、当たり前のようにこの言葉が使われてしまうと、ますます真実が隠されることになります。
「こころとからだの学習」裁判のHPはこちらです。
http://www.koko-kara-saiban.com/index.html
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http://blue.ap.teacup.com/paletoutseul/79.html